第14話 Armyボーイズ
『ライフ』の存在を知ってから、もう3ヶ月に差し掛かろうとしていた。ライフの安全性や可能性を模索しながら、ソナーを使い綿密に回収プランを建て、ようやく最初のライフ回収の旅が目前と迫っていた。
そんな政府と自治区の代表たちを尻目に、黙々と訓練に勤しむ者たちがいた。
正体不明の敵といつの日か宇宙で戦うことになるかもしれない、との懸念を常に抱いてきたビリー将軍は、オムニ・ジェネシスが石つぶてに襲われたあの日から、ずっと牙を研ぎ続けてきた。
副将軍のヒュン・サブと共に、必要な業務以外は専らカオスファイターのシュミレーターにつきっきりであった。彼らの目的は、戦闘AIの可能性の強化である。
「187戦187勝0敗。」
シミュレーターから出て来たビリー将軍は、険しい顔をしていた。
「ビリー将軍、あなたが強すぎますよ。」
ヒュン・サブ副将軍は呆れた顔をしてビリー将軍に水を手渡した。
「問題はそういうことではない。AIの自動操縦は、人に勝らなければならない。私にこれほど凌駕されては、使い物にならん。」
「それはAIの方が可哀そうってもんでしょう。」
ヒュンサブは苦笑いをする。
「あのゾアンの広大な軍事設備を見ろ。テクノロジーの差はさておいて、軍のサイズとしてはハルモニア中を合わせれば我々の数百倍の規模はあるであろう。数の差は容易に埋まるものではない。仮に私が銃を持っていたとしても、10人の命を顧みない者たちに襲われたらひとたまりもない。人間は、体力も集中力も限界があり、ミスだってする。」
「宇宙大戦大会予選で、生き残った1人で3チームを全滅させたビリー将軍が言うと、まったく説得力がありませんなあ。」
「あれは、彼らが油断し、欲張って我先にとキルを稼ごうとした結果だ。コンビネーションがバラバラで、チームの利点を全て潰していた。彼らが最初からチームワークを駆使していれば、私も一網打尽にされていただろう。」
ヒュンサブ副将軍は、これ以上あれこれ言うと止まらないだろうと考え、話をそらすことにした。
「で、もう187戦目、ということですか。こんなハイペースで戦うなんて度を越えてますよ。ご満足いかないのならば、カオスファイターの基本性能をあげますか?」
「バカなことを言ってはいかん。ハードが追いついていないのにソフトを変えてどうする?実際のカオスファイターができないことをさせたら、このシミュレーションはなんの意味も成さない。」
そりゃあそうだよね、とヒュン・サブ副将軍は納得し、それではどうしましょうかとビリー将軍に尋ねた。
「まず、大きな問題は処理速度の限界だ。センサーを駆使すれば、カオスファイターはそれこそ後ろに目でもついているように何にでも反応することができる。しかし・・ゲームのように仮想の・・・物理的存在だ。それゆえの・・・・・弾道計算、エスケープルートの演算・・方をさせるAIが必要なわけだが、膨大な量の情報を・・・相当な負荷になる。CPUがパンクし・・・・それだけではない、今の戦闘プログラムは・・・」
ヒュン・サブ副将軍は目をつぶってビリー将軍の長々とした演説をやり過ごした。ほとんどは寝ていて聞いていなかったので、終わった後に、とりあえず分かりましたと返事をした。
「こんなにもITが進化した時代なのに、まだ処理速度とかの心配しなくちゃなんないんですね…」
ヒュンサブは最初に聞こえていた言葉だけ覚えていたので、とりあえずそれで会話を間に合わせた。
「当たり前だ。速度と情報量、いつまでもついてくる厄介者だぞ。現在搭載されているAIは、予期せぬ突然の攻撃に対して脆い・・・処理できる情報の・・・オーバーすると・・・シャットダウン・・・・・何食わぬ・・・つにはそれが・・・・演算パニックを・・・致命的な弱・・・・」
ビリー将軍のウンチクはもはやヒュンサブ副将軍には心地よい子守歌となっていたが、ビリー将軍が喋り終わった瞬間に目を覚ますという特殊能力を身に着けていたので、さほど問題にはならなかった。
ビリー将軍は、AIの弱点を突くのが上手かった。例えば、コビー将軍の技に「ハイドショット」というのがある。
これは、煙幕弾を打ち、その煙幕から弾が出てくるという単純な戦法なのだが、AIというのは<最善の動き>をするので、煙幕弾を避ける際も最低限の動きで、<相手に対して反撃しやすく安全な位置>をとる。
これが逆に機体がどこに留まるかの予測性を生み、ビリー将軍の「ハイドショット」の格好の餌食となる。
「ハイドショット」をAIに学ばせても、その後の取るべき選択肢が多すぎて演算に時間がかかり、動きが鈍る。
AIは、人が感覚で行うてきとうな取捨選択を行うことができないからだ。
精神状態一つとっても行動が変わる人間には、多様性と意外性が生まれ、それが強みであり弱みでもある。
なかなか理想的に進行しないプログラムにビリー将軍は苛立ちを隠せなかった。けっきょく、未だ人間が操縦したほうがよいであろうという結論に達した。
午後のトレーニングが終了し、訓練兵たちが一同に集まる。
ビリー将軍は、整列する軍人たちの前を横切るように歩き始めた。
「ブライアンくん、AI004との戦闘、どういう結果が出ているかね。」
「サー!45戦38勝7敗であります!」
「うむ、7敗か。君のレベル判定は、A+のようだな。まずまずといったところだ。どのような状況で勝ち負けが決まったのか、自らの戦闘データを分析しなさい。」
「サー!イエス、サー!」
ビリー将軍はブライアンに一瞥も投げることなく歩き続ける。
「ダスワニくん、君の009との戦績は!?」
「サー、イエス、サー!48戦42勝6敗であります!」
ビリー将軍は目を見開いた。
「Sレベル・・・だな!けっこう!このまま精進したまえ!」
「サー!イエッサー!」
ビリー将軍は小さく頷くと、またしても歩きつづけた。そして一際身体の大きい兵士の前を通り過ぎる。
「マグワイアくん!君の007との成績は!」
「サー!!イエス!サー!28戦10勝18敗であります!」
ビリー将軍は、少し眉間に皺をよせる。
「D判定・・・だな。」
そういうと、足を止めた。
「マグワイアくん、きみはここにいる選りすぐりの兵と比べると、経験は浅い。しかし、きみは格闘技のチャンピオンと聞いた。だからこそ、その忍耐、反応速度、戦術、などのポテンシャルを見込んでこのチームへ招待した。」
ビリー将軍は横目でマグワイアの表情を見つめる。
「勝率は平凡。本来ならC判定の時点でこのチームにはふさわしくはない、が、これは経験のなさからで多めにみよう。しかし、それに被せて28戦という戦闘の少なさ。私の言いたいことが、わかるかな。」
「サー!イエス!サー!」
マグワイアの大声が響き渡る。コビー将軍はマグワイアを今度は正面から睨みつける。
「誰よりも多くの戦闘をこなせ!!勝率をあげろ!!B以上だ!このチームに残るための最低条件だ!」
「サー!!」
またしてもマグワイアの大声が響く。
「きみの格闘技の栄光は忘れなさい。もうそれは役に立ってはくれない。今のきみでは、人類は守れない。」
マグワイアは誇りと尊厳への攻撃に、その瞳の奥の光が少しにごったような気配があった。
「イエス、サー!!」
少しの間の後、今日一番の大きな声で返事をした。軍はその後、解散し、皆が帰路についた。
マグワイアが28戦しかできなかった理由は、慣れないシミュレーション装置のせいで、長時間プレーすると酔ってしまうからであった。しかし、それをビリー将軍に言うことは、そこに居残る資格を失うことと感じた。
確かに驕りがあったのかもしれない。一からやり直そう・・・
マグワイアは、吐き気と目まいからフラフラとした足取りで一人でシミュレーションルームへと戻っていった。
(それでも、俺はチャンピオンなんだ!)
酔い止めの薬を飲んで、シミュレーションを始める。
少し後で、ビリー将軍が190戦目を戦うためにシミュレーションルームを訪れるが、先客がいるのに気づく。その様子を少しだけ観察した後、何も言わずに部屋を出て行った。
口元が二ヤケていたことに、ビリー将軍自身気づいていなかったかもしれない。
……そして手には、酔い止めの薬が握られていた。
第15話『ノウ・ユア・エネミー』に続く
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