第13話 フーコ VS マリアンヌ
一般人の関心事は秋空のごとく変わりやすいもので、『ライフ』の回収ミッションに着々と政府が準備を進めているある日、オムニジェネシス最大のアリーナ『オムニパンクラチオン』はかつてないほど人で溢れていた。
格闘大会『ジェネシスX』にて、メインイベンターのフーコは挑戦者を迎え撃っていた。こんな時期でのチャンピオン防衛戦が決まったのも、『ライフ』回収ミッションへの興奮が人々の血を騒がせているからかもしれない。
相手は第7区新チャンピオン、マリアンヌ・ワインクラ―ジョである。格闘界に彗星のように現れたマリアンヌは、しなやかさを利用した変幻自在な攻撃で敵の意表を突く戦法が得意なようだ。
一部のファンの間では、彼女の戦法は新たな格闘技の可能性として注目を浴びていた。第7自治区出身とあって、謎めいたキャラ設定も格闘界を盛り上げた。
そして何より、数十年で初めてフーコを倒すのではないかと噂される女性の到来が、格闘界を盛り上げてもいた。「そんなに私が敗れるのを見たいのか」とフーコは面白くはなかったが、久しぶりの骨のありそうな挑戦者で気持ちが昂っていた。
とはいえ、多少変則的な動きであれば、フーコの敵ではない。そんな相手とは嫌というほど戦ってきた。しかし、フーコは思いのほか苦戦を強いられていた。
(まだこの船内に、私とここまで渡り合える女性選手がいたなんて!)
ここ数十年のフーコは圧倒的なチャンピオンであり続け、フーコに挑戦してくるのもほぼ同じメンバーで固定されていた。ファンたちも、少々このパターンには飽きが来ていたようだった。
だからこそ、フーコは自身をさらに高みへと、男の大会に混じって実績を出していた。密かに引退を考えてもいたが、ここにきて、まさかの好敵手の到来である。
マリアンヌの過去の試合データは少ない。長年の間、謎の師匠の元でずっと一人で修行していたという情報だけが入っている。少ないが過去の試合では、変則的な蹴り技とカウンターで全ての試合でKOしている。
フーコはリズミカルに小さなステップを踏みながら、時折りリズムを乱して腰と肩の動きで常時フェイントをかける。顔は小刻みに小さなダッキングを繰り返し、手はピクピク動いている。
そうして徐々に近づいていくことで、カウンターのタイミングを読ませない。
一方のマリアンヌは重心は低くどっしりと構えているのだが、脚は小刻みに震えていて、上半身と手はどことなくゆらゆらしている。
フーコが近づくと、静かに足を擦るように後ろに下がる。その所作はとてもスムースで速く、上半身の高低のみならず、横へのブレもまったくないので、足元をみていなかったら下がったことに気づくのに時間がかかるほどだった。
(この動き・・・古武術か?なにかの文献で読んだことはあるが、実際に見るのは初めてだな。こんな構え方で動けるのか?ステップは踏めるのか?)
フーコはジャブを数発、遠目に打ちながら近づいていき、ほんの僅かリズムを崩して右を放つ。
タメを作るのは高レベルの攻防ではリスクがあるが、フーコのそれはタメだと思わせないほど絶妙なリズムの刻みだ。うまくタイミングをずらしたつもりだったが、マリアンヌはこれをスウェーバックでかわす。
また一歩引いて、こんどはゼロモーションの前蹴りを放つ。何回か繰り返し、マリアンヌに蹴りの軌道を覚えさせたタイミングで、前蹴りの初動作から腰の回転により膝上を旋回させてブラジリアンキックを放つも、マリアンヌは蹴りの方向にそうように首を捻じ曲げ、そのまま爬虫類のように瞬間的に四つん這いになりかわし、すぐさま追撃を防ぐべく、横に飛んだ。
フーコも同時に後ろに飛び、距離を取ったので、一旦は仕切り直しになる。
(信じられない動きだな。格闘技のセオリーにはないぞ。)
フーコはノーモーション右ストレートを放つ。タイミングを外したストレートだったが、実はそれはフェイントで、右ストレート終わりに伸ばした腕でマリアンヌの頬を軽く触り、手に注意を向けさせて本命の右ハイキックを放つ。これもブロックされ、おまけにしなやかな身体によりその衝撃のほとんどを吸収されたようだった。
フーコの足には、違和感が残った。
(インパクトの瞬間、普通なら身体を堅めて衝撃に備えながらブロッキングするものだが、この感触は・・・まるでよく伸びる餅でも蹴っているようだ。手応えがない。かくなる上は・・・)
フーコはゆらゆらした上半身ではなく、今度はそれを支える足元に注目する。足に注目したのを気取られたのか、今度はマリアンヌが動く。
フットワークにリズムがない。それはまるで忍び足を高速で行っているような、それでいて上半身がまったくブレないままで近づいてくる。意識が足に向いていたため、フーコの反応が一瞬遅れる。
あっという間にマリアンヌは間合いを詰めていた。
即座に間の前にせまったマリアンヌにショートフックを放つが、マリアンヌはこれを横蹴りのカウンターで返す。フックが宙を切ると同時に決まり、外足部の骨はフーコのみぞおちにめり込んだ。
フーコの耐性数値が大きくダウンする。スーツが重くなる。
「うぐっ!」
瞬く間に会場は大熱狂につつまれる。フーコは一気に距離を取る。しかしマリアンヌは例の足運びで一気に距離を詰めてくる。
パンチのコンビネーションで近づかせないようにし、軸足に十分体重の乗ったカーフキックを放つと、これを読んでいたのか、マリアンヌはこのカーフキックをキャッチする。
(カーフを取れるのか!?重心が低いからか!?)
たとえダメージを負っていたとしても、フーコが放つのカーフキックは並大抵の威力ではない。鞭のようにしなやかで速い。それをキャッチすることなど通常ならば不可能である。
それに、ローキックのように太ももの外側を蹴る蹴りをキャッチする選手もいることはいるが、最初から来ることを読めてないとなかなか掴めるものではない。
マリアンヌの身体を地面に落とす動作が異常に素早いため可能であった芸当であろう。
(まずい!この柔軟性とバネでもし寝技もできたら!?)
フーコはマリアンヌの柔軟性から、寝技を警戒していた。過去の試合では彼女の寝技を見ることはなかったが、柔軟な選手は寝技を得意とすることが多い。
フーコはそのまま片足タックルの体制に持って行かれてテイクダウンを許してしまう。すぐに両手でマリアンヌの身体を押して尻を引いて立ち上がろうとするが、すぐにマリアンヌは飛び跳ねて、横四方固めの体制に抑え込み立ち上がろうとするフーコを防いだ。
ポジションとしてはフーコは絶対的不利ではあるが、上を取られた瞬間、フーコはマリアンヌの寝技キャリアが短いことを悟った。柔術家に独特の圧がない。
フーコはエビのように尻を外へ出し、ハーフガード(下側から片足をひっかけた状態)の体勢を取ると、そのまま頭をマリアンヌの股のところまで持っていて、ディープハーフ(頭を相手の内太ももに置いて、両手両足でコアラのように相手の片脚にくっつく体勢)に持っていく。
対処法が分からないマリアンヌはただポコポコと頭を突っつくしかできない。フーコは身体を旋回させ、マリアンヌを転ばせ、今度は自分が上になる。
この時点で、マリアンヌは寝技がほぼほぼ素人だと確信する。フーコを押しのけようとする腕に片腕を回して、そのまま腕十字の体勢に入る。
しかし、腕が伸びきってもまったく間接を決めている感触がない。スーツのダメージ換算もほとんど入っていないようだった。
関節が柔らかい人間にはたまにあることだ。
フーコはわざと緩めて、マリアンヌが起き上がってくるのを待って、今度は三角締めに入る。これも、マリアンヌは対処の仕方をしらないので面白いように入る。
すると、マリアンヌの肩がゴキン、っと外れ、フーコは驚いて一瞬足の力を緩めてしまう。マリアンヌはすぐさま手で足を押しのけ三角絞めから逃げた。そして、すぐに間接をハメなおすのであった。
フーコは少し呆気に取られていた。
(自分からわざと肩を外したのか?こんな技術近代格闘技にはないぞ!?)
フーコは、せこいと言わんばかりにマリアンヌのことを恨めしそうにみるが、マリアンヌはニコニコとしてこれを返す。二人のやり取りをみて、会場の客からは、「おお~」と声が上がった。
しかし、マリアンヌが寝技をできないことを知ってからは、勝負は一瞬であった。フーコはさっきとはうってかわって大きく振って入っていき、距離をつめてケージの端まで押し込んで組み合いに持っていく戦法に切り替えた。
粘り強くテイクダウンを奪うと、すぐにバックに回り、最後はネイキッドチョークを極めて試合終了となった。
(相手の未熟な寝技に助けられたな。)
勝ち名乗りを受け、フーコはマリアンヌと握手を交わした。
『強かった』とか『またやろう』とかいつもそう声をかけるのであるが、負けたばかりのマリアンヌを見た瞬間に言葉を失った。
普通なら、負けた人間は影を纏い、リングからそのままフェードアウトするものだが、マリアンヌは遊び惚けて帰ってきた子供のように生き生きとしていた。
ましてや、寝技の攻防がなければどう転んでいたのか分からないような接戦だったのに、悔しいという感情がまるで出ていない。運動会の徒競走で負けた児童だってもっと悔しがるだろう。
(不思議な人だな。)
フーコの率直な印象だった。
「あの、フーコさん!!お願いがありマス!今度、ネワザ、教えてください!」
「えっ!?」
フーコは一瞬ギョっとしたが、マリアンヌの期待に胸を沸かせている乙女のような表情にを見て拍子抜けしてしまった。
「ああ・・・って、普通、負けたばかりの人が勝った人にそんなこと頼むのかね。」
「ダメですか・・?」
「いや、もちろん、来てもらっていいんだけれども・・・」
「ヤッター!」
マリアンヌは飛び跳ねて喜んだ。まるで自分が勝ったかのように。その様子をリングサイドで見ていた第7区代表のダーマッサーは笑っていた。
マリアンヌはダーマッサーのことをチラリと見ると、下を出してお茶目な様子で頭をぽりぽり掻いて、そのままリングを降りて帰ってしまった。
(本当、不思議な人だ。)
フーコは口元に笑みを浮かべ、マリアンヌの後ろ姿を見送った。お互いに不思議と、またすぐにどこかで出会うような気がしていた。
第14話 『Armyボーイズ』に続く
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