第84話 誰がために ④
静まり返った会場で、グレースはマイクの角度を調整した。
「…リスク、ですか?私も、何も人類が終わりを迎えてしまうことを望んでいるわけではありません。」
グレースは、言葉を選んで、慎重に語り始めた。
「ただ、賭けてみませんか?オムニ・ジェネシスは圧倒的な武力を有しているのでしょう。それを理解すれば、相手も矛を納めてくれるかもしれません。」
「次は、その話をしようとしていたところです、お嬢さん。」
ビリー将軍が続ける。
「先刻の戦いにて、一際大きく、しかも素早いブラックワームの個体が確認されています。あれは突然変異の異常個体だったのか、それとも新しい兵器なのか…我々のAI試算によると、現在予定されているスケジュールの通りにハルモニアの軍事施設を攻撃すれば、相手の戦力状況も踏まえて99.98%の勝率となっています。」
だったら、とグレースが言う前に、ビリー将軍が続ける。
「しかし日を置けば、ゾアンたちは軍事強化を、それこそ日進月歩のペースで進めていくことでしょう。話し合えば、時間稼ぎをされる可能性もある。今現在『ライフ』はハルモニアへ持って行かれてしまって回収も見込めない。エネルギー資源も限りがある。エネルギーが枯渇し始めていく我々と、軍事力をグングンと強化していくゾアン…」
「で、ですが、まだ武力には相当な差があるのではないですか…話し合うぐらいの余裕が…」
「その見込みが外れる代償が、人類絶滅です。」
「…」
「今、我々は勝利を目前に控えていると言っても良い状況です。ハルモニア侵略はオムニ・ジェネシスでも八割以上の支持を得ています。侵略後を見越して、多くの人々と巨額の資本が動きました。引き延ばすだけでも、多くの損失を生みます。」
(それと、ゾアンの存在を秘匿しながらお嬢さんの案を進めていくのは難しい。バレて信用を失えば、現行政府にとっても危険だ。)
ビリー将軍はこれを言うのは控えた。この場ではいらぬ摩擦を生む。
「通常、停戦交渉は互いの犠牲が多く戦力が拮抗している時、あるいは戦力的に分が悪いとみた時に始めるものです。もしこちらから折れるような申し出をすれば、ゾアンたちは我々が何らかの理由で窮地にいると勘違いし、尚更粘って戦うことでしょう。その可能性の方が圧倒的に高い。」
「……」
「…全ての軍事施設を占領した上で、降伏勧告を行いましょう。それで戦争は終わります。被害も最小限に食い止められます。圧倒的な武力の前に、向こうの方から降伏してくる可能性もありますね。貴方には、是非ともその後で活躍していただきたい。占領後に、ゾアンたちの権利を守るために奔走することを我々は止めはしません。」
グレースはずっと唇を噛み締めている。
「…私はただ、絶望に明け暮れている彼らを助けたくて。そうやって、教えられて育ってきたんです。父にも母にも。困っている人を助けるのに理屈なんていらないって。」
グレースの声は震えていた。
「…皆さんのお考えはよく分かりました。でも、忘れないでください。彼らには、私たちと同じ、家族がいて、愛する人がいて、同じように悲しんだり、喜んだりすることができるのです。」
会場はまた静けさに包まれる。
コズモが口を開く。
「…貴方の気持ちが分かるとは言わない。だが、かつて私も、愛する者たちのために戦い、奪い、この手を血で染めてきた。相手もそうだった。美化するつもりなどない。」
コズモが顔を上げてグレースと向き合う。
「人類の導き手となることを決めてから、この身はもはや私のものではない。人類のために使うと決めている。手を血で染めた私に、もはや誰が正しいとか、人間らしさの講釈を垂れる権利などない…それは、汚れていない貴方の特権だ。だがそれでも、私は人間を守る。せいぜい、そんなことでしか償えない男なのだ。」
コズモの有無を言わせぬ迫力に、グレースはもはや言葉が出なかった。
「………あ、あ、ありがとうございました。報告会は…以上となります。」
グレースはそのままサンティティに肩を支えられて退場した。
サンティティに一人にさせてくれと呟き、グレースは自室で一人、枕を濡らした。
第85話『導く者の資質』へと続く
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