第83話 誰がために ③

 __なぜ我々を攻撃する…


 こちらが聞きたいぐらいだ、と考えた者たちは少なくなかったであろう。


 少なくとも、コズモは得体の知れない者に自ら攻撃を仕掛けることなど絶対にしない男だ。


 不意な訴えに多少の怒りを覚えた。


「まるで彼らは、我々がいきなり蹂躙をし始めたというような口ぶりではないか。本当に当たっているのかね?まだ言語を教えて日も浅い。勘違いではないかね。」


「はい、だからこそ、様々な手段を使って彼らの意図を理解しようとしました。しかし、結果的に、彼らは我々が先に攻撃をしかけたと思っているという結論に至ります。この誤解がどのようにして起こりえたのかはまだわかりません。しかし、このような誤解から今回の戦争が起こっているならば、先にこの誤解は解く必要があるのではないでしょうか。」


 勘の良い何人かは、グレースの意図に気づいて顔をしかめた。


「どうでしょう?ハルモニア侵略時期を延期し、先ずは真実を確認することを推奨しますが…」


 グレースはコズモの目を真っすぐ見据えて進言した。目があったコズモもグレースから一切目を反らさなかった。


 __最初からこれが言いたかったのかい?


 コズモは訝しそうな目をグレースに向ける。


「…そして時間の猶予ができたとして、その真実とやらが確認できて、君の言うところの誤解とやらが解けたとしたら、君はどういうことを提案するのかな?」


 コズモが尋ねる。


「それはその時、良識的な人類のあり方に従い、行動するのみでは・・・?」


 コズモはこれを聞くと、フッと笑って目を閉じて下を向き、「良識的な人類のあり方…か」とボソリとつぶやいた。


 グレースの表情に若干の不安が浮かぶ。


「いや、失敬、馬鹿にしたつもりはない。ブラストライトのお嬢さん、それは確かにごもっとも、な話であるのだが…すると、話し合いの結果、戦争を止めて、彼らに生存の援助をお願いする、という話になるのかな。」


 グレースは首を傾げた。


「はい、それは全くもって良識的な解決であると思いますが。」


 コズモは目を瞑り、軽く首を横に振ったように思えた。


「恐らく…無理であろうな。」


「…そんな、やってみなければ分からないではないですか!」


 グレースは目を見開いた。


「…随分と、ゾアンと仲良くなったのですね。それは素晴らしいことだと思います。そして、貴方も素晴らしい人間であることは、ここにいる誰もが認めることでしょう。しかし、あらゆる側面から考えて、無理があると言わざるを得ませんな。」


「ど、どうしてですか!?なんでそんなこと言い切れるのですか!」


「お嬢さん、私はあなたより遥かに多くのことを経験してきた人間だ…」


 コズモが先を続けようとすると、グレースがそれを遮るように喋り出す。


「歳なんて関係ありません!何が正しいのかが、大事なことです!」


 グレースは若さゆえに舐められるという扱いに納得するような手合いではない。

 馬鹿にされていると思い、今にも食ってかかりそうな顔でコズモを見据える。


 その様子をサンティティは心配そうに見つめている。


 コズモは、フーッとため息をつくと、フッと笑顔を作る。


「いや、そう怖い顔をして老人をいじめないでくれよ。私は、君がまだ政治や世の事情に疎いであろうという話をしたまで。君を馬鹿にしたわけじゃない。ええっとね、まあ、若い頃は私も理想論を追いかけたものさ、ははははは。今ではこんなに偉くなっちゃったよ。が、がははははは。」


 コズモがだらしなく笑う。いつぞやの人物のような笑い方だ。


 ステラはそれをみて額を押さえて頭を横に振った。


(笑って誤魔化そうとしてるの、バレバレですよ、船長。グレースさん、益々怒ってるじゃない。)


 少し、緊張していた場が和んだと思われたタイミングで、今度はビリー将軍が口を挟む。


「ここからは私が説明しよう。どうやらコズモ船長はお嬢さん、あなたが気に入ったようなので、ハッキリとは言えないようですからね。」


 コズモはちょっと不貞腐れたような目をビリー将軍に向ける。


「コズモ船長の言いたいこととは、つまり、こういうことだ。」


 グレースは今度はビリー将軍の方へ向き合う。真剣な眼差しだ。


「まずは、ゾアン側の話をしましょうか。少々譲歩して、仮にあなたの言っていたことが正しかったとしましょう。ゾアンは、我々が先に攻撃を仕掛けたと思っているが、それは誤解でしたと、あの三体を説得しようとするわけですね。」


 グレースは頷く。


「先ず、そもそもこれを信用してもらえるかどうか怪しいでしょうな。すでに先制攻撃を仕掛けたのはこちら側だと、ゾアンたちは信じきっているのでしょう。でも、彼らも我々もそれを証明する術を持たない。それに、彼らが貴方言うことを信じる、ということはあるかもしれない。しかし、彼らが我々のことを信用する道理はない。まあ、彼らが『人間のような生物』ならば、当然そうなると思います。」


 ビリー将軍の主張に、グレースが口を挟みそうになったが、これをビリー将軍が抑えるように喋り続ける。


「それでだ、仮に、百歩譲って、彼らが我々の主張を信じたとしましょう。しかし、あの三体は、ただの兵隊でしょう。前線に出てくるぐらいですから。そうなると、彼らが我々の話を信じようが、信じまいが、大きな影響力を生むとは考えにくい。この場での約束事は何の意味もなくなるでしょう。彼らにメッセージを託して、彼らをハルモニアへ送り返しますか?」


 ビリー将軍は目を細める。


「彼らをハルモニアに送って、それで彼らが自分らのリーダーに事情を説明して、それで向こう側が納得して使節団を送ってもらって交渉の場に来てもらう…都合の良すぎる話です。いいですか、我々は既に何千万ものゾアンたちを殺しているのですよ。しかも、連中は突然こちらが攻撃してきたと思っている。そんな我々が、勘違いでした、ごめんなさい、戦争止めましょう、と言ったとして、果たしてゾアンたちは止まりますか?」


 ビリー将軍がそう言うと、グレースが顔をマイクに近づける。


「…おっしゃることは分かります。既に引き返せないほどの犠牲が出ているのかもしれません。それでも、話合いの場を設けることで、何かが変わるかもしれません。ゾアンたちも、もうこれ以上犠牲を出したくないのではないでしょうか?そう思いませんか。」


「…はい、その考えもあります。もちろん、平和的に解決するならばこれに越したことはないです。ですが、こうも考えられませんか。彼らは交渉に乗ったフリをしてくる可能性もあります。もしハルモニアへの居住を許されるとしたら、武装解除をしなくてはいけません。武装解除をしなかったら、居住は許されないでしょう。彼らにとって我々は危険極まりないエイリアンですからな。同時に、我々も武装解除するわけにはいきません。」


 グレースは黙ってビリー将軍の話を聞いている。


「武装解除して、襲われない保証はない、どころか、襲われる可能性の方が高い。恨まれているのは重々に承知していますからね。」


 ビリー将軍は立ち上がる。


「いいですか、我々は、もしかしたら、最後の人類かもしれないのですよ。理想を追って全滅するリスクは到底追えないのです。」


 会場にビリー将軍のこの声がやけに響いた。





 第84話『誰がために ④』へと続く。

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