第82話 誰がために ②

「…で、あるからして、要するにパンを、じゃなくて、最初からどこを探せばいいのって分かっていなくては、はい、で、ですね、要るすに…るすじゃねえ!」


 聴衆はビクっとなる。


「えええっと、ようはですね、グレースがいなかったら、無理だった、ということです。」


 サンティティは顔を真っ赤にしながら、あれこれと意味不明な身振り手振りで呆気にとられる聴衆をまくしたてた。


(有能な科学者ってこういう一風変わった人が多いのかしら。)


 有能な科学者と言えばドクター・ムニエルとサンティティぐらいしか知らないような副船長ステラはこう思った。


 グレースはというと、大丈夫よ、落ち着いて、と手の平を下に向けて両手を前にして念を送るような仕草をしている。


「ド、ドクター・サンティティ。そのことについては分かりました。それで、コミュニケーションを取れることは分かったわけだが、それ以上に分かったことは?彼らの知的レベルは?意思疎通の進捗状況は?」


 後部のほうで座っていた男がぶっきらぼうに質問をしてくる。


(ん?ん?見たことない人だな。官僚かな?)


 サンティティは、まるで仕切り直しでもするかのように咳払いをする。


「あ、オホン、はい、今のところ、彼らとのコミュニケーションにより、名詞や動詞といった類の語句はもうかなり…形容詞や副詞の類はまだ少ないですが、主語、述語、目的語、ぐらいの簡単な文も作れます。疑問詞も恐らくは、もう少しでほぼほぼ完ぺきに使いこなしてくるのではと考えます。これはかなり驚異的な速度でして、知的レベルはかなり高いと思われます。」


「知的レベルが高い、か。しかし奴らは凶暴ではないかね。」


 これまた後部の方で座っていた別の官僚と思われる男が口を挟んできた。


「…はい、あ、ええっと、これは直接コミュニケーションを取っているミス・グレースの情報ですが、彼らは同胞を多数殺害され、かなり怒っているようです。狂暴な振る舞いも、激しい怒りにより我を忘れていたからと推測されています。」


 サンティティは大分落着きを取り戻してきているようだ。


「フンッ!まるで人間のようじゃないか。君たち学者はすぐにサルや豚などが人間に似ているところがあれば同一視しようとするもんだな。あんな風に暴れるのは知能の低い者がやることさ。人間が奴らと同じような状況だったら、殺されないように大人しくしているだろう。」


「は、はあ・・・・」


「パマット長官。この場は質疑応答でありますが、本来はドクターから報告を受けるための場でありますぞ。彼らが何者と位置付けるのかの議論は、後回しにしましょう。さあさあ、ドクター、話を続けてください。」


 コズモが場をたしなめる。


「はい。それでは今度は現在の進捗状況から推測し、ゾアンが我々の言語をマスターし、翻訳機を完成させるまでのプランニングの話ですが・・・この話は、ミス・グレースにお任せすることにします。」


 サンティティはあらかじめグレースから彼女の出番を作ることを頼まれていた。


 グレースはツカツカとハイヒールの音を立てながら足早に壇へと向かう。黒いドレスの上にカーディガンを着込んで髪を結んである。


 スーツ姿は彼女のステータスだとむしろ下っ端に見られることを考慮した格好だ。背筋を真っすぐに気品のある佇まいで壇に立つ。


「グレース・ブラストライトです。こうしてオムニ・ジェネシス代表の方々と謁見する機会を得られたことを光栄に存じます。」


 グレースは恭しく礼をする。


 それを見ていたサンティティは普段とのギャップに度肝を抜かれた。社交の場のグレースを見たことなどなかった。


 名士の一人娘らしく、一通りの礼儀作法は心得ている。


 自然と拍手が起こる。


(な、なに、このギャップ!?)


 サンティティは脇から恨めしそうに会場の様子を眺めた。白衣はやや右肩下がりに傾いている。


「…先ほど、パマット長官から、『まるで人間のようじゃないか』という発言がありました。ご本人がそのようなつもりで言ったのではなくとも、私はついドキっとしてしまいました。なんせ私は、特別な力を持つ者として、ここ一カ月半ほどゾアン達と関わらせていただいた身。ゾアンを知れば知るほど、その結論に近づいていく自分がいるのです。」


 聴衆は少しざわつき始める。


「当然のこと、私はサルや豚を人間とは思ってはおりませんので悪しからず。」


 グレースが目を閉じて口元をにやりとさせると、聴衆の一部はこれを冗談と受け取り、ほんの少し笑いが起きる。


「…では、なぜそのように考えるのか。根拠を言え、と言いたくなることでしょう。当然のことです。」


 こういうとグレースは壇上にあるボタンを押す。すると、壇の真ん中からホログラム映像が出てくる。


 映像では、スペッツが倒れているミドリコニトを抱え起こし、それからグレースのいる方向を向いて、首を縦に振る動作をしている。


「今お見せしているのは、ゾアンたちが自分たちの理解が正しいのかを確認している場面です。先ず前提として、我々は演劇という手法を用いてゾアンたちに言葉を教えておりました。すると、ゾアンたちも、私たちの真似をして、演劇により自分たちの理解が正しいのかを確認し始めたのです。」


 聴衆は感心したような眼差しを向けながらグレースの説明を聞いている


「この場では、ゾアンの一体がわざと倒れて、もう一体が駆け寄っていきます。皆さまには聞こえませんが私には聞こえました。『大丈夫か?』という言葉と、『怪我はないですか?』という言葉を合わせて使っています。【これで使い方が正しいのか】、と確認してきたので、〔正しい〕、と教えてあげて、それでお互い頷いた、という状態なのです。」


 聴衆は互いの顔を見合って、「これはすごいな」、「いやいや、この短い期間でよくやっている」と褒めたたえるヒソヒソ話が聞こえてきて、誰かの拍手をきっかけにまた拍手が起こった。


「光栄に預かります。」


 グレースはまた丁寧にお辞儀をする。


(俺の時と全然違う~。)


 拍手が止むと、涙目になってジタバタしているサンティティをよそに、グレースは話を続ける。


「さらに、こちらをご覧ください。」


 グレースは映像を切り替える。


 今度は、ゾアンが便座に座って用を足している姿が映し出された。そして、トイレを流している姿も。その動作はあたかも人間のようであった。


「彼らは私に【排泄物が臭くてかなわないから、処理してくれ】と訴えていました。私たちはその訴えを聞いて、トイレを作ってあげました。なんと、ゾアンたちも似たような仕組みのものを持っているようで、すぐにトイレの使い方を学習しました。文明の利器を使うことに彼らは慣れています。」


 聴衆の目は既に好奇に溢れている。


「それだけではありません。彼らは、多くの同胞を失ったことを嘆いています。掴まった時は、悲しみに明け暮れて絶望していたと言います。皆さん、彼らは、野蛮な生物などではありません。」


 聴衆は唇を結ぶ。


「その証拠に、私がアドバイスしたら、ここ一カ月の間、彼らは壁を叩いたりだとか、大きな音を立てるだとか、吠えるだとかを一切やっておりません。」


 会場はまたザワつき始める。


「ちょっといいかな。」


 話しかけてきたのはパマット長官だ。


「野蛮でないはずの彼らが、なぜ野蛮の極めつけであるような戦争を仕掛けてくるのかな。」


 パマット長官は皮肉ったつもりだった。


「はい、まさにそこのところが、この場をお借りして絶対に伝えなくてはいけないことである、と私が報告会を要望した理由でもあります。」


 そう言うと、グレースはコズモへと向き直る。


「コズモ船長!我々は、大きな勘違いをしているのかもしれません!」


 コズモは眉を寄せた。


「彼らとの意思疎通はまだ完璧ではありません。しかしそれでも、何度も、何度も、確認しました。どうしても、合点のいかないことを彼らは主張しています…」


「それで、その内容とは?」


 グレースが誘うような間を作ったので、コズモがそれに乗って質問する。


「【なぜ、お前たちは、我々を攻撃してきたのだ。】です。」


 コズモだけではない、聴衆の皆がキョトンとなった。





 第83話『誰がために ③』へと続く。

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