第81話 誰がために ①
オムニ歴105年 6月14日
『ハルモニア侵略計画』において、ハルモニア侵攻予定日である8月27日に向け、各関連機関がいよいよと大詰めに入り始めた頃、ゾアン交流の成果を発表する報告会が行われた。
この報告会を打診したのは政府関係者ではなく、グレースである。
一カ月ほどの交流の末、どの程度までゾアンとの意思疎通が可能になったのか、ということの報告と、ゾアンから言葉で得られた情報をまとめて発表する、という名目である。
この報告会には政府の要人、つまり、コズモやステラはもちろんのこと、コビー将軍やリトル・チーキーのクルー、そして演説台本を書くこと以外は大した仕事をしていない官僚たちも呼ばれた。
報告会の発表者はグレースとサンティティである。ドクター・ムニエルには控えてもらった。
直接ゾアンたちと意思疎通が可能なグレース。そのグレースの脳の状態を分析し、そのメカニズムを解明しようという脳科学者であるサンティティ。
お互いこのような立場が認められ、発表者となった。
VIPたちを前にサンティティは緊張していた。事前に資料はまとめていて、それを説明するだけなのだが、そもそもこんなVIPに直接会う機会とは縁のない人間である。
水をぐっと飲み干して、「よし、よし!」と言いながら、顔をバンバンと叩いてステージへ向かう。
最初はサンティティの発表から始まる。
ゾアンの意思疎通のメカニズムに関する仮説を発表することになっている。
これが学会の発表ならば、知れた人々の前なのでそれほど緊張もしないが、この現場の雰囲気は想像以上に重かった。
ちょっとした拍手の後で黙ってサンティティが喋るのを待っている要人たちからは静かな圧を感じる。
(な、なにもそんな難しい顔をして座らなくても…こ、これはすごいプレッシャーだ。)
サンティティは空気が締め付けてくる感覚を覚えながら、手短に挨拶をすませ、すぐにプレゼンテーションへと移る。
サンティティは主にデータの読み方やそれの意味する事柄について解説から始め、自身の説を展開していく。
「…と、このデータからも分かるように、ゾアンはとても狭い範囲の脳波を電波のように飛ばし、微細なコントロールによってコミュニケーションをとっております。もはやこれを脳波を呼ぶべきなのかも微妙なところですが、脳波が一番近い周波をもっており…」
サンティティのプレゼンテーションは順調に進行していく。仮説と言っても何のことはない、単に脳波を携帯の電波のように使って意思疎通しています、という類のものでしかなかった。
そして、無難に用意していた分のプレゼンテーションが終わる。
「我々も、ゾアンとの意思疎通のためにありとあらゆる可能性を試したはずだ。それこそ、高度なAIの解析付きでな。なぜそれが、我々には見つからなくて、君たちには見つかるのかね。」
質問タイムとなって、コズモが早速投げかけてきた。
「あ、ああ~。ええっとですね。脳波の形が我々の考えるそれというよりは、狭い波長領域なのに波長が細かくて、それで気づきづらいというか…P500 の1万分の一をチューニングするという細かいことをやっていまして、意図的にここで何かあるぞって疑ってかかって分析しないと、とても言語が潜んでいるなんて分からないものですよ。」
専門的な用語に関係者は眉間にしわを寄せる。
「そ、そうですね…このことを分かりやすくするために、少しお話をさせていただきましょう。これは実際に私の友人に起きた出来事です。」
サンティティは一呼吸置いて会場を見渡す。
「彼は整理整頓が苦手な男でして、いつも部屋は散らかっていました。ある日、彼は恋人からもらった指輪が無くなっていることに気付きます。」
『これはマズイ!指輪をなくしたなんて知れたら、別れるなんて言われてしまう!?』
サンティティがわざとらしく裏声を張り上げる。皆は黙って聞いている。
「その男は焦って、片っ端から部屋を漁ります。それこそ、ゴミ箱からタンスの下から部屋の隅々まで探しました。しかし、見つかりません。」
皆は黙って聞いている。
「男は、『もしかしたら、別の場所にあるかも』、と、家中を漁りました。一日中探しても、それでも見つかりませんでした。」
サンティティは残念そうな声を出す。皆は黙って聞いている。
「彼は諦めて、恋人にどう言い訳しようか考えていました。」
ここでサンティティはわざとらしく顎を撫でる。皆は黙って聞いている。
「なぜ片っ端から探したのに見つからなかったのか?」
サンティティは指を立てて会場を見渡す。
皆の顔が少し上向いた気がした。
「彼はそれをすぐに発見することになります…」
サンティティは勿体つけるように間を置く。皆がサンティティの方を注目している。
「それは…彼が趣味で焼いたパンを食べた時に明らかになりました!そうです、指輪はパンの中にあったのです!生地をこねる時に、指輪をつけたまま捏ねてしまっていて、その時に外れたことに気付いていなかったのです!」
サンティティは声を張り上げ、人差し指で斜め上を差した。
会場はシンとしていた。
(え?なにこれ?オチ?)
(ん?終わり?)
(え?え?これだけ?)
会場の様々な所から困惑の表情が見て取れた。
(あ、あれ?なんか反応がおかしいな。)
サンティティも異常に気付いたようで、グレースの方を見る。
グレースは口をポカンと開けて頭を抱えていたが、サンティティの目線に気付くと、すぐに親指を立てて、グットのサインをして、ニっとわざとらしく歯を見せて目を大きくして微笑む。
(え、ええ~、なにその顔~。なんか、得意げに語っちゃったけど、なんか、めちゃ恥ずかしい~。どこにあるのか目星がついてないと、絶対に見つからないよねって話をしようとしただけなのに~。)
サンティティはその場から走って逃げたくなる衝動に駆られ、挙動不審が見られた。
(だ、大丈夫よ、サンティティ。あなた、たまにズレたことやるけど、それでも私の大事な恋人…)
親指を立てたまま、グレースは顔を伏せるように、三時の方向を向いて目を閉じた。
第82話『誰がために ②』へと続く。
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