第89話 煌めく星に願いを込めて ④
「いい?……こうよ。」
フーコはグレースの肩に手を回す。
「痛くないわよね。じゃあ、動いてみて。」
フーコに言われて動こうとするも、上半身が突っかかっているような感じがして動けない。
「え!不思議!どうやったんですか?」
驚愕したグレースの様子にフーコは得意になる。
「それはね、先ずこうして、完全にスペースをなくしてね。ぎゅう〜って力を込める必要ないよ。むしろ柔軟にまとわりつく感じで…可動部分を見極め、そこを意識して、程よい圧力でピッタクくっついて…」
フーコが細かく解説する。格闘技マニアの彼女は、こうなったら火がついて止まらない。
グレースも根がこだわり派で好奇心旺盛なので、飽きずに聴いている。意外なところでのマッチングである。
「それにデスね、相手の重心を見極めるト、こうして崩せたりトカ…」
マリアンヌも一緒になってあれこれ実演する。
ティアナはあっという間に取り残された。
(ま、まあいいか。グレースさんも、もう泣いてないし。もう話題は戻さないようにして、このまま解散すれば…)
フーコは今度はワインセラーからワインを取り出してくる。
「え、それも〜〜!?」
とっておきの高級ワインが連れ去られている様子を見てティアナが涙目になる。
「これダメ?」
フーコは尋ねるが、それなりに楽しそうにしているグレースをみて、ため息をつきながらも許可を出す。
「フーコ、それにしたって、今日はどうしたのよ〜。筋肉がどうとか言って飲まないんじゃなかったの〜。」
「ん〜…はい質問!私が格闘技を始めてどのぐらい経っているでしょう!」
ティアナはフーコのノリには慣れているので即座に対応する。
「ハイ!80年以上、正確には3万年飛んで、だけど!」
ティアナが手を挙げて応える。
「正解!それでは、私が最初にベルトを獲得したのはいつ!?」
「ハイ!今から50年ぐらい前の女子ツヨ最高トーナメントの時!」
「正解!私の日々のルーティンは!?」
「ハイ!日によって変わるけど、朝はランニングかサイクリング、それから神経トレーニングと技術訓練、念入りなストレッチ!夕方はアップしてから反射神経トレーニング、それからガチ格闘トレでその後筋トレ!寝る前にまたストレッチ!」
「むむ、まあまあ正解!では、長続きさせるコツは?」
「む…ハイ!脳筋になること!」
「ブー!て、何よその答え!」
ドッと笑いが起こる。
「長続きさせるコツはね…張り切りすぎないことよ。」
笑い終わったフーコはそう言うと、ワインをグビっと飲む。グレースも合わせてグビっと飲む。
「そりゃあ、毎日のルーティンは基本は欠かさないし、むしろ楽しんでさえいるわ。でもね、毎日毎日、限界突破みたいな訓練して四六時中ストイック、なんてやってたら、いくら私でもこんなに長くは続かないわよ。」
フーコはつまみに出したチーズの一部をピッと打ち上げて、口で受け止める。
「練習終わったらズダボロで、みたいなのは試合前とかならあるわ。格闘技を初めて10年目ぐらいの時に、長期間そういう練習の仕方をしていた時もあったわ。この時期、いくら練習しても強くなってる気がしなくてさ。」
「ああ〜、覚えてるよ!フーコ、めちゃ怖かったもん。もう場の空気なんかヤバくてさ。一分一秒スケジュール管理してさ、デザート食べに誘ったら怒るし!」
「あはは、あの時はごめんね。でも結局、やり過ぎって長くは続かないのよね。一時的に強くなったりはするけどさ。すぐに気分は上下するし、油断するとすぐにオーバーワークだし。視野が狭くなりすぎてて…長い目で見て強くはなれないって思ったの。」
フーコは二の腕を摩る。
「それよりも、もっと視野を広げようって思ったわ。パワーとか身体能力だけに特化しないで、もっと色々な視点を取り入れようって。神経の成長とか感覚の覚醒とか意識の操作とか…するとね、身体が不思議とそれに応えてくれて、しっかり身体が作られていくのよ。手離したからこその発見ってやつね。」
フーコは徐に五本指を立てた両手を地につけて、ゆっくりと脚を上げて倒立を完成させる。
「柔らかくて弱々しい女性の関節も、硬く固定する意識を習慣付ければ、神経を通わせて、鉄の如く強くすることが出来るわ。手首、肘、肩、膝、足首、脚の付け根、腰、背中…それこそ、指先にだって、神経を通わせて、ね。そうやって、全身の関節を、年月をかけて。全身の関節を瞬時に硬くできるようになったら、破壊力もパワーも上がったわ…」
そう喋りながら、フーコは体重を片方に預け、脚を広げて両手倒立を片手倒立にする。
「関節の連動もバランスも、細部を丁寧に。つま先で地面を蹴ったら勢いを逃がさないように…力が逃げている部分を感じ取って、修正して…そして、筋肉の一つ一つを緩められる訓練を…それが、爆発的なスピードを産むの。」
片手倒立のまま、小指と薬指を外す。
ほぉぉ〜、とみんなの声が聞こえたところで、ゆっくりと、横に柔らかく降りる。
フーコはクスっと笑ってグレースの背後に回る。そして、肩を揉み始める。
「え、ええ!な、何ですか〜?」
「いいからいいから。さっき触って思ったけど、やっぱりあなた、随分と凝ってるわね。あなたこそ、気の張りすぎじゃないの?」
「え、い、いや、いいですよ、そんな…」
グレースは人生初の酔っ払い状態の中、顔を赤くして肩周りをウネウネさせる。
「いいからいいから、任せてよ。こんなになるまで放っておいたらダメだよ。少しは自分をケアしてあげなくちゃ。」
フーコに勧められて、グレースは大人しく肩を揉まれることにした。何よりも、驚くほど上手なので、ついつい甘んじてしまう。
練っている指が確実に、ガチガチに固まっている肩の凝りを餅のように伸びるようにしてくれている。
「あぁ…き、気持ち良いれす……」
グレースは酒のせいもあってか、夢見心地でフーコに身体を預けている。
「なんか、酔っ払ってきたわね〜。お酒あんまり飲めないかな。」
「わ、私、こんなに飲めの…初めて〜れすよぉ〜。」
「初めてって、グレースあなた、いくつなのよ、」
「に、23歳…」
これには部屋にいる全員が驚いた。
「えええ〜!船生まれ!しかもめちゃ最近!」
「まだ子どもだったのデスか!驚きました!」
「素で若いんですねー!珍しい!て、まだ23歳なのにあんなに報告会で堂々と船長たちと渡り合ってたんですか〜!」
「…何よ、報告会って。」
フーコがティアナの方を向く。ティアナはハッと口を抑える。
グレースはため息をついた。
「…もう、どうでもいいのれすよ。報告会?私は〜、役立たず!何もれきない!あかん坊!…役立たずは、もうすぐ死ぬのれす!」
「そ、そんな、グレースさん!それは違います!」
ティアナが全力で否定しようとする。
その途端、グレースが突然に大声を上げる。
「いったああああぁぁぁ!」
フーコがグレースの肩をグッと強く摘んだからである。
グレースが驚いて振り向くと、フーコは怒ったような顔をしている。
「冗談でも、自分から死ぬなんて言うもんじゃないよ!」
もうすぐ死ぬ、の真意を知らないフーコは、グレースが自暴自棄になっているだけだと思っていた。
「…はい、すみません…」
怒鳴られたグレースは、フーコが心底温かい人なんだなと感じ、素直に謝った。
フーコはため息をついて、酔い止めの薬をグレースに渡す。
ものの十分としないうちに大量のおしっこと共にアルコールが抜けて、水を飲んで水分補給をしたグレースは、シラフに戻った。
なんか、醜態を晒してしまったのではないか…トイレから出てきたグレースは耳まで真っ赤だった。
「ようし、決めた!ちょっと出かけましょう!」
フーコはシラフに戻ったグレースに声をかける。
「え?どこに?」
「良いところ!さあさあ、決まったら行きましょう!」
「もう、勝手に決めちゃうんだから!」
ティアナはプンプンするように言ったが、内心報告会のことを突っ込まれなくて良かったと胸を撫で下ろす。
(フーコさん、一緒にいて飽きないデスね〜。)
四人は片付けもせずに、ぞろぞろと部屋を出ていった。
『煌めく星に願いを込めて ⑤』へと続く
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