第88話 煌めく星に願いを込めて ③

 四人はお互いに名前だけの簡単な自己紹介を済ませると、あたかも麻雀でも始めるかのように正方形のテーブルの四方に座る。


 すぐにフーコが立ちあがり、冷蔵庫を漁り始める。


 冷蔵庫は一部がショーウィンドウのようなデザインをしていて、見栄えの良いボトルや缶が一覧できる。


「お、いいのあるじゃん!」


 フーコは四本の缶ビールを抱えて戻って来る。


「でもとりあえず、ビールだな。」


「え!お酒飲むの!?」


 ティアナは驚いた。フーコは普段飲まない。


 以前「アルコールは筋肉の生成に響く」とか言って朝のトレーニング後はいつも健康的な朝食だったはずだ。


「やっぱり本気で飲むつもりだったのデスね。」


 マリアンヌはビールの成分表を読みながら呟く。このビール、オムニ・ジェネシスではかなりの高級品だ。


「当たり前!今日は休日、自由に過ごしましょうってね。それに…」


 グレースの方を向く。見れば、グレースは行儀よく正座している。


「あらまあ…とりあえず、足を崩そうよ、お嬢さん…」


 グレースはそう言われて、女の子座りになる。グレースも普段はお酒を飲まないし、正直あまり好きでもない。しかし、一杯だけ、と言い切ってしまった以上、一杯は飲んで帰るのが筋というものだろう。


「で、この修羅場ともとれる、美女が泣いている状況を説明してもらいましょうか、ティアナのお嬢さん。」


 フーコはわざと訝しげな視線を向ける。ティアナは「え!私!?」と一瞬焦ったが、フーコの立場からすればこの状況、確かに見ず知らずの人に事情を聴くよりも、友達に聞くのが筋かもしれない。


「あ、え、ええっとね。」


(どうしよう…報告会の事、機密保持契約に抵触しちゃうよね…)


「はいはいはい!なんでこの可憐なお嬢様は、泣いていたのですか!」


「う、うう…いや、あの、言いづらい…」


 ティアナが返答に困ってフーコが何かを言いかけた時、唐突にグレースが喋り出す。


「ええっと。全くもって個人の事情でして…わ、私、お、親の借金を返すためにギャンブルで大きく張ってしまい、全財産のほとんどを擦ってしまって…」


 グレースは、この咄嗟の嘘を、言ったそばから後悔した。仮にもオムニ・ジェネシスきっての金持ちの家の者である…


 なぜこのような嘘が出てきたのか。


 それは、グレースが検事をしていた時の話。


 コソ泥を裁く裁判で、彼女が涙ながらに喋っていた言い訳をそのまま引用した、というだけだった。あの裁判は、コソ泥が美女だったが故に馬鹿な陪審員が同情してなかなか大変だった…


 このように、なんの考えもなしに言ってしまった咄嗟の嘘だが、言ってしまったからにはこれで押すしかない。


 一期一会である。


 一杯飲んで帰れば良いのだ。


「ええ~~、お嬢さん、って、グレース、だっけ!?全然そんな人には見えない!しかも今のご時世、最低限の生活保障で飯は食えるのに借金なんて、普通ないと思うけど…」


「は、はい…ち、父親はク、クズで、人には後で返すとか言ってお金を借りて、返さないで…そ、そんでもってある時ヤバい筋から借りてしまい、逃げられなくなり…」


 グレースはコソ泥の言い訳をそのままで捲し立てる。嘘とはいえ尊敬する父親をクズと呼んでしまうのは大いに躊躇われたが、一杯の我慢と腹を括る。


「ふぅ〜ん。ヤバイ筋、ねえ。」


 フーコは明らかに疑っている。目を逸らしてしまった先にいたマリアンヌも、明らかに疑惑の目を向けていた。


 管理社会のオムニ・ジェネシスにおいて、闇金融など都市伝説のような存在である。


 それに、グレースの気品溢れる物腰と『クズの父親』の人物像のコネクションが全く見えてこない。


 泣きっ面のせいで少々目は腫れぼったいが、どう見てもどこかの令嬢という方が似合っている。言葉使いも無理しているようでぎこちない。


 同時に…


 人間喋りたくないことの一つや二つはある。


 秘密にしておきたいなら、特に事情を知らない二人が見知らぬ人に詰め寄るのはどうなのかとも思い、マリアンヌとフーコは目配せをして、もうこれ以上はよしておきましょうか、という合図を送る。


 二人の間でそんなやり取りがあったことなんて知らないグレースがポツリ。


「あ、あの…」


「…ん?」


「フーコさん、何かやられてるんですか。さっき肩に手を回された時、動けなくなってびっくりしちゃって。」


「ん、ああ、ごめんごめん、あれはね…」


「あ!この人凄い馬鹿力でしょ!格闘技チャンピオンなんだよ。」


 ティアナがここぞとばかりに口を挟んでくる。


「ちょ、私が力技で押さえつけたみたいに言わないでよ!優しく触ったわよ。ねえ、グレース。」


 フーコがグレースに向き直ると、グレースは堅い表情を緩めて苦笑いを浮かべる。


「ええ〜、ちゃんと否定してよ〜。痛くなんてしてないでしょ〜。」


 フーコがグレースを向いてうねうねしている。


(よっしゃ!話題逸らしたぞ!)


 もうその必要がないことを知らないティアナは、心の中でガッツポーズを取った。





 第89話『煌めく星に願いを込めて ④』に続く。

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