第87話 煌めく星に願いを込めて ②
ティアナは自室の床の座布団に何故か正座をして座っていた。いつもなら胡座をかいているか寝転がっているかのどちらかだ。
テーブルを挟んだ目の前には、鼻水を啜り時たま嗚咽を漏らすグレースがいる。
(な、なんか勢いで部屋に連れ込んじゃったけど、ど、どうしようかしら。共通の話題と言えば昨日の報告会の話だけど、なんかタブーみたいな感じになっちゃったし。な、何を話そう…)
お茶を出すか、このままじっとしているべきか迷ってしまう。
ティアナの部屋が『Chez Jollie』の近くだったので、とりあえず何も考えずに部屋に連れてきてしまった。
絵柄の入った布団に男女問わずの流行りのアイドルのポスターなどが貼り付けてある女の子らしい感じの部屋だったが、派手で赤が好きなのか、部屋全体が少し赤いテーマになっている。
(よし、こういう時はお茶よね。「お茶にしますか?何がいいですか?」うん、これよね。)
リトル・チーキーのクルーともなると、かなり万能な自動茶湧かし器が配布されていて、ボタン一つで、緑茶も紅茶も麦茶もロイヤルミルクティーも、何でも飲める。
「お茶‥」
ティアナが意を決して喋りかけた瞬間に、グレースの方から話し始める。
「す、すみません。取り乱しちゃいまして。ご迷惑ですよね。」
グレースがこういうと、ティアナは慌てて首をブルブルと横に振る。
「め、迷惑だなんてとんでもない。なんか、勝手に私の部屋に連れ込んじゃって、こちらこそ、ごめんなさい。」
「お、お恥ずかしい姿を、すみません。す、すぐに帰りますね。」
グレースは涙を拭いながら、必死で泣き止もうとしているようだ。
「あ、いや、大丈夫ですよ。気にしないで!お茶!お茶出しますね!」
ティアナはすぐに自動茶湯沸かし機で緑茶を作って出す。
(何飲むか聞くの忘れた!)と思ったが、速さが命ということで、自分の好きなお茶をササっと出す。
グレースは、ありがとう、と言ってお茶を啜る。ホッと一息つく。
(よくみると、本当に可愛い御手手)
昨日はあんなに凛としていて大きな存在に見え、今は泣いて傷ついているグレースが、急に等身大になった気がして親近感が湧いた。
「ねえ、グレースさ‥」
ティアナが喋りかけたら、今度はビーッと呼び鈴が鳴る。
(もう、なんなの〜。)
足早にドアへ向かい開けると、フーコとマリアンヌがいた。
「朝トレ終わったよ〜。ティアナ、夜勤終わったんだろ。遊びに行こうぜ〜。」
「遊びって…仕事は?」
「仕事って、今日は休日だろ。」
あ、そういえば、とハッとした。夜勤明けで少し日の感覚が狂っていたらしい。
フーコは遠慮なくティアナの部屋に入ると、目を晴らしたグレースを見つける。
「な!どなた!?ティアナ、この美女は誰だ!?なんで泣いてるんだ!?」
ティアナはどっちでもいけるクチだが、知らない美女が部屋で泣いている場面にはフーコも驚きだった。
「エエ〜!ティアナさん、何をしでかしたのデスか〜?」
マリアンヌもびっくりしてティアナを訝しげに見る。
グレースは突然のパワフルな来客に呆気に取られてしまう。
「あ、あの…す、すみません…わ、私、そろそろ…」
グレースは涙をささっと拭いて立ち上がる。
「た、大変ご迷惑をお掛けしました!」
グレースがそう言ってお辞儀をすると、ティアナは反射的に手を前に出して叫んだ。
「待って!!」
みんなが固まる。
(あれ?なんで私、「待って」なんて言ったんだろう…)
ティアナも手を前にしたまま固まってしまう。
フーコは何かを悟ったのか、勘違いしたのか…もっとも早く反応し、立っているグレースの肩をスッと引き寄せる。
「可憐なお嬢さん、泣いている事情、ちょっと詳しく説明していただけますかね。」
(え!?何!?身体が動かない!?)
強く引き寄せられているわけでもない、どころか、むしろ手は優しく添えられてさえ感じるのに、枝が深く絡みついているような感覚を覚えた。
「…え?い、いや、でも、私もう、そろそろご迷惑だし、と。」
グレースはフーコの力に驚いて、一瞬パニックになりながらも答える。まとわりつくようにくっついている腕が、石のようにビクともしない。
「『ご迷惑をお掛けした』んでしょう〜?じゃあ、一杯だけだからさ、付き合ってよ〜。」
フーコは少し困ったような顔をして猫なで声を出す。
「いや、ご迷惑をお掛けしたって、別に深い意味じゃ…」
グレースがチラッとティアナの方を向くと、ティアナは何を思ってか、うん、うん、とジッとグレースを見つめて頷いている。
「…い、一杯だけ、なら。」
フーコから目を逸らしてグレースが答える。
フーコはニヤリとする。
(あらまあ、朝っぱらから、しかもトレーニング後に飲むつもりなのデスか?)
マリアンヌは少し苦笑いとも取れるニコニコ顔で開けっぱなしになっていたドアを閉めた。
第88話『煌めく星に願いを込めて ③』へと続く
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