第86話 煌めく星に願いを込めて ①

 報告会から二日後の早朝、グレースは部屋から出てきた。


 昨日と今日は休みを取った。


 サンティティは私を元気付けようと、自分も休みを取ってあれやこれやと提案してきたが、有難いけど、今はどうしても浮かれたことをする気分にはなれない。彼には仕事をしてくるように言った。


 グレースは丸一日ほとんど何も食べていなかったため、リトル・チーキースタッフがよく利用している24時間オープンのカフェ『Chez Jollie(チェ・ジョリー)』に食事に行った。


(嫌になるわ…こんな時でもお腹は空くのね。)


 グレースはソーセージをゆっくりとした動作でボリボリと頬張る。


(…言えない。どうしよう。)


 スペッツ、マンゴー、ミドリコニトの三体にハルモニア侵略計画の話をするべきであろうか。


 無駄に悲しませるだけだろうか。


 それとも、伝えないことは、彼らの信頼を裏切る行為なのだろうか。


 既に、昨日言葉を教えるために現れなかった時点で、心配をかけているであろう。そして、今日も行かない…


 グレースは一人俯いたまま、ゆっくりとしたペースで食事を頬張っている。


「あ、あの!」


 心の中で思考が巡っていたせいで、目の前に人が来ていることに気づかなかった。


 夕日のように赤みがかかったオレンジ色の髪をポニーテールで結んで、屈みながら私を見る女性がいた。


「ええっと、どちら様で…」


「わ、私、ティアナと言います!」


 ティアナは夜勤が終わったタイミングでカフェに食事に来ていたのだった。


「ティアナ…さん?ああ、リトル・チーキーのクルーの方でしたか。」


 グレースは力無くそう言うと視線を落とした。


 ティアナはそんなグレースにお構いなしに喋り続ける。


「あ、あの、ここ、よろしいですか?」


 グレースは視線を落としたまま、まるでティアナが目に入っていないようであったが、小さくコクっと頷く。


 ティアナは座ると、マジマジとグレースのことを見つめる。


「…あの、なにか?」


 グレースも流石にその視線に気づく。


「ああ、いえいえ、あの、グレースさん!私、グレースさんのお話を聞いて、感動しました!凄いカッコよかったです!わ、私だったら、あんなに堂々とできません!」


 グレースは、ほんの少しニコっとしただけで、また無言になってしまう。


「あ、あと、グレースさんの仰っていたこと、私も賛成です!最後の方は残念な結果でしたけど、私も、ゾアンとお話ができて、みんなで仲良くできたら、それが一番、最高のことだと思いました!」


 グレースは一瞬手が止まると、今度はぎこちない笑いを一瞬浮かべる。


 食事のペースが少し上がる。


「あ、あの、ドレスも綺麗でした!」


 グレースは今度はティアナを無視して、ペースを上げたまま食べ続ける。


「お顔も、佇まいも、全てが素敵でした!」


 グレースは聞こえていないかのように食べ続ける。


「あ、あの、グレースさん!一人だけで、何もかも背負い込まないでください!み、見ず知らずの私が言うのも変、ですけど。」


 グレースの食事をする手が一瞬で止まる。


 その手はブルブルと震え始めると、その震えは肩に、頭に、伝播していった。


 ズーッ…


 鼻水を啜る音がしたと思ったら、すぐに嗚咽にも似た吸引音と共に大粒の涙が食事プレートの前にポタポタと落ちていく。


 グレースはフォークを落として顔を塞ぐ。


「グ、グレースさん!?」


 ティアナが立ち上がり、グレースの方へと向かう。


 グレースは、ウッ、ウッ、と口を抑えて、できるだけ音が漏れないようにしているようだった。


「と、とにかく、ここから出ましょう。」


 ティアナはグレースの肩を支えながら、全く手を付けていない食事を放っておいてカフェを後にした。





 第87話『煌めく星に願いを込めて ②』へと続く。

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