第3話 コズモとステラ
未知の生物に遭遇した場合はどうするか?
厳密なノウハウなどない。が、大昔に空想で作られたプロトコルがかろうじて存在していた。そのプロトコルにはこう書かれている。
何を差し置いても、先ずは観察すること。
この文明はどの程度のものなのか。どういう生物が住んでいるのか。この惑星の環境はいかなるものなのか。人が住めるのか。その惑星の生物と意思疎通は可能なのか・・・
ハルモニア文明に関するニュースはオムニ・ジェネシスを震撼させる。
44時間の間、船内はお祭り騒ぎとハルモニアに近づくことを反対するデモとそれらの衝突、といった具合に、収集がつかなくなっていた。
コズモ船長率いる、いわゆる船内中央政府は、決してこの事態を楽観視してはいなかった。知的生命体が、他の知的生命体を警戒するのは当然のことである。
ましてやコズモは多くの苦虫を噛み潰してきたリアリストである。
寄生生物がもっとも危険なのは、最初に宿主に住み着いたその瞬間であると、コズモはよく分かっていた。伝染病も帝国主義もグローバリズムも然り、危険なのは最初なのである。「落とし所」と見つけるまでには時間がかかる・・・
コズモがそう考えながら物思いに耽っていると、副船長のステラからコールが入る。
「船長、民衆はハルモニア文明に対するアプローチをどうするのか、政府の対応を聞きたがっています。ここは船長がスピーチを行うことが得策かと思われますが、官僚たちに原稿の作成を依頼しますか。」
コズモは思考の邪魔をされたことで気を悪くしたのか、気怠そうに身体を起こす。リトル・チーキーでは背筋の曲がったコズモをみることなどまずありえない。
短髪にワイルドな雰囲気を纏いながらも整っている顔立ちに広い肩幅を持つコズモは、リトル・チーキー内では身長以上の大男の印象を与えたが、プライベートではさぞかし真逆の印象を与えるであろう。
「分かった・・・」
ステラは気怠そうな船長の様子は意に介さず、淡々と要件を伝える。
「はい、それでは、スピーチは3時間後、午後2時より行います。」
「・・・了解した。」
コズモは大きなため息をついた。そのため息に呼応するように、ステラが少し首を左右に動かすと、ボリュームのある金髪は揺れて、その薄い青色の瞳は真っ直ぐ船長の様子を捉える。
小さな口を結び無言で圧をかけるステラにコズモはバツが悪くなったのか、話を続けた。
「まあ、知っての通りかもしれないが、俺はさ、もともと政治家になりたかったわけじゃないんだよ。俺は元軍人で、世界平和を願うごくごく一般な庶民だったのさ。」
ステラが片目を釣り上げる。コズモに当てられて、少し昔話をする気になったからかもしれない。
「あらあら、戦場ではコードネーム『死のハヤブサ』と恐れられ、数多の死線をくぐり抜け、不可能とまで言われたミッション、ブギーマンを達成し、後にはその国の大統領とまでなった空軍の英雄が、ただの一般庶民とは、ずいぶんと謙虚なものですね。」
コズモは思わず視線を下げ、苦笑いをする。そんな言葉は数世紀ぶりに聞いたような気がした。
「俺の祖国では、ウインドマイスター、と呼ばれていたがな。君の国ではずいぶんと物騒な名前がついたものだ。あの時は、命令に従っただけさ。運も良かった。それだけだよ。」
コズモはその後、自国の大統領にまでなったが、ステラは「死のハヤブサ」を恐れた国の副大統領だった。太陽のもたらした未曾有の混乱の中、この二人は奇しくも同じ船に乗船してしまっていた。
それから百数十年の月日が流れ、コズモは永久船長として君臨し、ステラはコズモに任命され副船長の座についていた。
「もう、当時の様子を語れるものは、ほとんどいなくなってしまったな。今船に乗っている住民の大多数が、俺たちより後の世代だ。たまに考えてしまうよ。俺たちは死に損ねたってね。カタストロフィの前に死を選んでいったあいつらは、幸せのまま死ねたんじゃないのかってね。」
「でも、民があなたを求めていた。だから、死ねなかった。」
ステラの目は懐かしそうに遠くを見る。
「それは今でも変わりませんよ。あなたが大統領となってから、あの国は素晴らしい国へと成長しました。地球を飛び立った人間たちは、それを覚えていますから。オムニ・ジェネシスがここまで生き残ってきたのは、あなたの存在があったからこそなのです。」
ステラの微笑と眼差しに照れくさくなったコズモは少し右唇をあげて後ろに仰け反る。
「よしてくれ、そもそもあの国は俺の前が酷すぎたんだ。戦争が終わって、将校だのなんだのに祭り上げられて、国の上に立つ人たちとお仲間になったら、今度はどうだい?そこには汚職と腐った欲望の世界しかなかったじゃないか。俺たちは、こんな奴らの命令で、祖国のために命をかけ、命を落とし、そして敵対国を悪魔の連中だと信じこまされて、人を殺しまくったあげく、またしても搾取され続けることになったわけなのかって。怒りと絶望で片っ端から国を掃除してまわっていたら、いつのまにか大統領になってたってわけさ。」
いつの間にか、コズモは部屋をぐるぐると歩き回っていた。さっきまであんなに気怠そうだったのに、もう随分と口がまわるようになったものだ、とステラは感心する。
「これは熱いスピーチを期待できそうですね。」
ステラは口元に手を当てて少し笑いながら、それでは失礼しますと一言残して退出した。コズモはさっそく出かける準備を始めた。着替えが済み、部屋を出る頃、眼光にはいつもの鋭い眼差しと真っ直ぐと伸びた背筋が戻っていた。
第4話 「ティアナとフーコ」に続く
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