第2話 オムニ・ジェネシス

「目標補足・・・ 座標位置33057。『ハルモニア』を確認しました。」


 オペレーターのティアナのよく通る声が操縦室に響き渡る。


 眼前のモニターに映る虹色の球体に一同は目を見張った。


「ついに来たか!」コズモは声を荒げた。


 コズモが目覚めてから、すでに一年以上が経過していた。全ての民はすでに目覚めていた。


 惑星ハルモニアを目前とした民の不安と期待が入り混じる緊張にも似た空気が漂っている以外は至って日常であった。


 人類が太陽系を抜け出し三万年の旅路に出るよりさらに約百年前、太陽の不安定期に伴い、地球はソーラーフレアによって丸こげになった。


 それ以前に危機を察知した一部の学者と識者と指導者たちが、苦肉の策で人類総出で地球脱出に取り掛かることを促し十隻の宇宙船が地球を出ることに成功した。地球脱出に成功したのは、全人口の1.5%ほどであった。


 しかしながら、生存は難航を極めた。


 いまいち機動力にかけていた船はたちまちフレアに焼かれ、フレアを恐れ太陽から離れすぎた船はエネルギーが尽き戻ってこれなくなり船民が餓死した。その船の終焉は想像に堪え難いほど残酷な様子だったらしい。


 船内の暮らしは快適なのに、常に見えない危機に晒されていることが、船民の心の奥に鈍い不安感を根付かせた。


 他の惑星で落ち着いたほうが良い、という考えは年月を経て強い羨望と憧れとなった。


 出発前には他惑星への移住が人類の最大目標と位置づけされ、そのターゲットとして、地球の環境に酷似し、人も住めるような大気があるのではと判断された惑星『ハルモニア』が選ばれた。


 なんでもギリシャ神話で調和をもたらす女神の名前らしいが、混沌を生きる住民たちにとって、秩序をもたらす母なる大地、という希望を込めた名前だったとか。


 コズモ船長の指揮する『オムニ・ジェネシス』は、生き残った四隻のうちの一つ。どの船も円筒の形をしており、回転の遠心力を重力代わりにしていた。


 不老技術と若返り技術の革新で人は半永久的に生きられるようになったが、不老技術が生まれた時代の世代の人間の大半は無駄に長生きすることを拒んだ。


 そのため、この時代の人はそうそう生きてはいないが、世代がガラッと変わると、むしろ死ぬことのほうが不自然という考えを持つものが増え、けっきょくほとんどの人間は死ななくなった。


 出来上がった骨格を縮めることが難しいので、見た目はだいたい25〜35歳ぐらいで落ち着く者が多かった。


 オムニ・ジェネシスは地球の惑星系を出た最後の船だった。


 ハルモニアの姿は遠目で何度も確認できていたが、近づけば近づくほど宇宙線による妨害の影響も少なくなり、その解像度は増して、ますます美しい惑星に見えた。


「・・・ソナーを全方向に展開。今一度、この太陽系全体の宇宙物質の位置関係を掌握しろ。惑星周囲及びその近辺の惑星及び小惑星、隕石などの確認、そして・・・いかなる未確認物体の有無の確認。」


「了解。ソナーシミュレーション完了。ソナーを全方向へ展開準備、カウントダウンを始めます。5・・・4・・・3・・・2・・・」


 船内の立体スクリーン上でソナーが広がっていく様子が確認できた。


 オムニ・ジェネシスがソナーと呼ぶ装置は、従来の音の反響を利用したものではなく、ナノウェーブという反射しやすい波を飛ばす。フィールド全体の状況を教えてくれる優れものであった。


 その精度は、もはや触手のようなものに近かった。


 ソナーの様子を見ていたティアナは少し顔をしかめる。大雑把な解析データが次々送られてくると、今度は目を見張るようになった。


「コズモ船長・・・ソナーを利用した反響解析とAIの照合によると・・・ハルモニアには・・・おそらく90%以上の確率で、文明があります!自然的ではない形状物が多数・・・人工物、ともとれるような建物の存在の可能性を示唆しています。」


 船内の空気が張り詰める。


 地球と非常に似た環境の惑星。そして、年齢もさほど大きく地球と変わらない星であるから、生命体が存在する可能性は十分に予測できた。


 しかし、人類史はかつて生命体の痕跡を見つけることはできても、一度も宇宙で未確認の生命体に出会ったことはなかった。


 しかもその初めてが、高度な文明を持つ可能性があるというではないか。


 言い知れぬ不安と底知れぬ感動が入り混じる不思議な状態であった。


 一同の動揺を確認もせず、船長コズモの眼光は鋭く、立体スクリーンに映るソナーの反響の様子を睨みつけたままだった。そんな船長の様子を一瞥した船民もまた、意味もなくスクリーンに釘つけになった。


(まさか本当にいやがるとは。クソ、一体・・・)


 船長は誰にも聞こえない程度の舌打ちをした。可能性はゼロではなかった。そう思ってはいた。面倒なことになる。コズモの直感はそう伝えていた・・・


「ミズナ、ハルモニア表面の鮮明な映像は出せるか?」


「・・・アイアイ、船長。でもまだ、距離が遠すぎますよ。それにですね・・・なんか、惑星表面は大気が分厚いようで、光が屈折されてうまく写真が撮れません。もっと近づけば、屈折角度を演算し、光データを処理することで映像を取得することが可能ですがね。」


「ミズナ、その距離に到達するまで、どのくらいかかる?」


「今から約44時間ぐらいですね。」


 コズモはそれを聞くと、目をつむりぐっと考え込んでしまった。リトル・リーキーは静寂に包まれる。


「コズモ船長、指示を・・・?」


 ティアナは少々新しい事態にナーバスになってしまっているため、沈黙に耐えられなかった。


 コズモはゆっくりと目を開く。まだ考えているようだったが、とりあえずという感じで命令を下した。


「これより本艦は惑星ハルモニアへと向かい、観測可能なギリギリの距離を保ち、待機するモノとする。惑星の軌道に合わせて移動し、周囲を観測。ハルモニアの文明レベルの解析を行え。」


 コズモには、もう一つの懸念があった。他の船と連絡が取れないことである。コールドスリープから目覚めた後は、交信用のパルス信号を放出し続け、お互いの位置を確認するのが決まりになっていた。


 偶然オムニ・ジェネシスが1番最初にたどり着いた可能性はゼロではない。しかし、目の前の緊急事態と最悪を結びつけたくはない気持ちから、このことを頭から外すようにしていた。



 第3話 「コズモとステラ」に続く

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