オムニ・ジェネシス

海藻ネオ

オムニ・ジェネシス Vol 1 Beat Emotion

未知との遭遇 編 

第1話 人類、3万年振りに目覚める 

 ピッ・・・ピ・・・ピ–––––––––––・・・静かな機械音と共に、先ずはコズモ船長が目覚めた。コールドスリープ装置は完璧に機能し、コズモの肉体は三万年以上前と同様、筋骨隆々のままであった。


 しかし、脳と身体の動きとの連携を完璧に取り戻すには時間がかかり、裸のままで多少フラつきながら船首まで歩いていった。


(神経系の対策として定期的に身体を動かすような夢をみるように設定されていたはずだが…流石に夢の中で身体を動かすのと現実で動かすのは勝手が違うらしいな。)


 こんなことがコズモの頭をよぎっている間、大型宇宙船『オムニ・ジェネシス』は今まさに他惑星系へと辿り着かんとしていた。


(本当に、ここまで来れた・・・)


 コールドスリープは理論上機能するとはいえ、という状態は前人未到の領域であった。


 完全凍結法のコールドスリープでは原子構成が変化してしまうので、低温の活性酸素水の中で眠りながら常に細胞を若返らせるという概念の基、人類はこの試みを成功をさせた。


 これほど非科学を疑われるような科学もあったものではないだろう。三万年越しでないと結果の分からない科学など、オカルトやファンタジーの世界に似合う産物であり、そのうち誰も信じなくなってバカバカしい伝承だと一蹴されるような類のものだ。


 この人類史上かつてないほどの遠出を支えた人類の叡智を詰め込んだAIは乗組員、四千万人の生命を維持する役目も負わされており、コールドスリープ装置のメンテナンスの他、宇宙デブリや隕石からエネルギー供給を行い、自己修復機能も備えていた。


 船首に向かうコズモには、服を着るよりも、三万年ぶりに起きた余韻に浸るよりも、先ず絶対に優先しなければならないことがあった。


 エネルギー残量の確認、である。


 口を固く結び、手すりを伝って船首へ急ぐ。ひんやりとした懐かしい鉄の感触はなんとも言えぬ心地良さをもたらしただろうが、コズモは自らの使命感以外に感覚を分散することを拒んだ。


 コズモは船首室、この船では「リトル・チーキー」の愛称で親しまれている、オムニ・ジェネシス中心部の扉をアンロックする。挟まれないための対策で扉は上から開いていくが、完全に開くのを待ち切れずにドアを跨いで入り込む。


 コズモは大きな声を、それこそ三万年ぶりにあげた。


「ミズナ!エネルギー残量を可視化してくれ!」


 数秒の沈黙のあと、ピン、とかすかな音がした。


「お久しぶりね!船長!それにしても、目が覚めてから、ずいぶんと早くここまで来たのね!てっきり起きてからもう少しゆっくり来るものだと思っていましたよ!」


 この人間らしい喋り方をするAIは、主に船の状態のデータ管理をしている。


 遠い昔にこのシステムを開発したミズナと呼ばれる天才科学者にちなんで名付けられたらしいが、この学者は行方も生死も不明の謎の人物である。


「ミ、ミズナ、余計なことは良いから、言われたとおりにとりあえずエネルギー残量を教えてくれないか。」


 コズモはミズナの相変わらずのノリの軽い人間らしい調子にほんの一瞬気が緩んだが、使命の重圧により緊張感のある顔の様子は変わらなかった。


「はいはい、了解しました。船長、そんなに怖い顔しないでくださいよ~。ホラ、今出しましたよ。」


 リトル・チーキー中央の三次元ビック・スクリーンにでかでかと数字と文字が映し出される。これでもかと言うほど淡白な出し方をしたのは、ミズナの皮肉なのか効率を求めるAIの性質なのかは想像に及ばない。


 ・船内のエネルギー流通状態  100%

 ・エネルギー供給状態年数予測 6220年(コールドスリープ状態)

                280年 (フル稼働状態)


「もちろん、フル稼働状態っていうのは、絶対ってわけじゃないから、エネルギーを無駄遣いすれば、この数字は大きく変わっちゃうわよ〜。普通の生活してたらこのぐらいもちます、って予測だからねw」


「し、死んだ人間の数は?」


 コズモは数字を凝視したままだ。


「え?ゼロですよ、もちもち。」


 この時点でミズナの声はコズモには届いていなかった。


 細かいデータを見ると、どうやらこの船は定期的にデブリからウランを採取することに成功し、それらは全てプルトニウムに変えて保存されていた。


(よかった・・・本当によかった・・・)


 無神論者のコズモであったが、人はあまりの幸運に恵まれると無性に何かに感謝したくなるらしく、何かに向かって両手を広げ天を仰いで歓喜の雄叫びをあげた。


 旅路の途中でエネルギー源を得ることができるかどうかはギャンブルだった。


 エネルギー残量が少なかった場合などは、人々には徐々にコールドスリープのまま死んでもらう予定だった。


 あわよくばその死んだ人々をエネルギー源として再利用するという魂胆もあったのだ。そしてその確率は実はそれなりに高かったのだ。


 もちろん、これは機密事項で、これを知るのは一部の政府の要人だけであった。さらに言うと、コズモは目覚めさせられた時点でのエネルギー残量に応じて必要な人数分のコールドスリープを停止する権利も有していた。


 先ずは犯罪人から、そして無能なものから順に…と優先度を決めて、人の命を知らずに奪っていく、という選択をする使命を課せられていた。


 コズモは目覚めたばかりだというのに、気疲れしてしまったおかげでビジネスクラスを思わせるソファ椅子にぐったりともたれてそのまま眠ってしまいそうな様子だった。


 コズモに無視されたミズナも、そんな船長の状態を観察し、睡眠用のBGMを流し始める。


 細胞を若返らせる技術を完成させた人類は、半永久的に生きるテクノロジーを生み出した。


 船長のコズモはオムニ・ジェネシスの中でも最も長寿の人間の一人で、すでに200年近く生きている。


 地球では戦争時に活躍し英雄と呼ばれ、後年はある大国の大統領とまでなった彼がこの船の船長をやっているのはごく自然なことであった。


 コズモは、人類の選抜という大役に抜擢されたのだが、どうやら今回の件に関して見舞われるであろう精神の修羅場はなんとか回避できたようであった。





 第2話「オムニ・ジェネシス」に続く


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