第4話 ティアナとフーコ

 コズモがスピーチの準備に取り掛かろうとしていた頃、シフトの終わったティアナはサブオペレーターのミミと交代し、親友のフーコとのディナーのためエリア2へと向かっていた。


この頃には、ハルモニア観測可能地点到達まで二十時間を切っていた。


 ティアナはハルモニア文明のことが不安で頭から離れなかったので、シフト休憩に友達を誘ったのである。半ば心が浮いた状態でエリア2の人気レストランに入ると、黒い髪につり目のフーコが座っているのが見えた。


「よー、お疲れ〜。」


 フーコが気づいて声をかけると、ティアナは手を振って小さくヤホっと返事をした。


いつもならば、ネック部分が黒い洒落た白装束風なフーコのワンピースを褒めるようなコメントするところだろうが、ティアナにはそのような情報処理をする余裕はなかった。


 フーコの向かい側に座ると、非現実的だったオペレータールームでの様子から、日常に戻った気がして、緊張の糸がドッと切れた。そして力が抜けるような長い息を吐いて背もたれに身体をあずけた。


赤みのかかった髪を束ねたポニーテールが崩れてしまいそうだったが、お構いなしという様子だった。その様子をフーコは愉快そうに眺めていた。


「やっぱり・・・思った通り!」


 ニヤつきながら、フーコはメニューを受け取る。


「・・・なにが?」


 ティアナはそんなフーコを見向きもせず、天井を眺めている。


「あんたのことだからさ、絶対に今日はもう、ガッチガッチで来るなって思ってて。例のエイリアン文明の話。もうその話題で持ちきりだしね。」


 予測が的中したと言い放ち、フーコは満足げだった。ティアナはンンー、っと唸る。


「・・・いやだって、そりゃあそうなるでしょ。エイリアンだよ。しかもさ、文明もってるんだよ。動揺しないほうがおかしいって。もう百年以上は生きてるのに、こんなに動揺してるのは初めてだよ。」


 ティアナは上に向いた首を戻しフーコを見つめる。フーコには、全てが滑稽にみえた。


「はは、いやいや、心配しすぎ。ヤバかったら逃げればいいし。それにさ、エイリアンのこと、私はスゲーエキサイティングだと思っている。めちゃわくわくするじゃん。」


 ティアナは天然記念物でも見ているような気分でフーコを見据える。


「あんたの性格、本当に羨ましいわ。」


 ティアナの皮肉に、待っていましたとニヤつくフーコ。


「どういたしまして!わたくし、フーコ・ミラージュは、ティアナお嬢様のように、神経過敏な可憐なお方ではありませんので!」


 そういうと、ふざけてオホホと手を頬にあてをからかう。


「あのね〜。言っておきますけど、絶対に私のほうが普通ですからね!」


 ティアナはテーブルに肘をついて顎を組んだ手の上に乗せる。


「だいたいあんた、またなんかの格闘大会みたいなのに出たんでしょ。」


「あ、あ、そこ聞いちゃいます?はいはい、今回は男に混じってやったんだけど、惜しくも準優勝でした!決勝で戦ったマグワイアさん、破壊力ありすぎて、ありゃ反則だわ。きっちり急所もガードして金的対策してるし。こっちだってけっこう打撃は当ててるのに、きっちり急所だけは守ってて、ダメージ比率も桁違いだったし・・・」


 ティアナはもはや呆れたを通り越したと言わんばかりに、顔をあげて思いっきりため息をついた。


「今の時代、対人戦闘をするようなオタクはもはや恐竜レベルね。しかも女の子が男の子に挑むなんて・・・あなた昔、解剖学とか勉強してなかったっけ。生物的な違いって分かる?ていうか、なんで準優勝できるのよ。ああ〜、私、なんでこんな頭のおかしい子と親友なのでしょう!」


「あはははは。相変わらず手厳しい!まあ、格闘って言っても、確かにちょっとは痛いけど、生身で打ち合ってるわけじゃないしね~。みんな防護スーツ着て戦ってるからね。」


「いや、私が言いたいのは・・・いや、もうツッコミどころが多すぎて、なんかどうでもいいわ、めんどうくさい。」


 生身で戦う格闘技はオムニ・ジェネシスでは禁止されているため、オムニ・ジェネシスの格闘大会といえば、衝撃を吸収する全身タイツのようなものを着用し、顔には衝撃吸収マスクをつけて行われる。


要は、大怪我しないためのスーツである。ただ、衝撃を吸収するとはいえ、強い打撃が入ると痛いには痛い。


このスーツにはAIが搭載されており、体重と筋肉量と骨格と柔軟性と皮膚の分厚さなどから予測される身体のタフネスが計算され、攻撃を受けた時の威力を分析し、寝技や投げ技を含めた攻撃力マイナス身体のタフネスでダメージを数値化する。


そして、ダメージ数から耐久値の限界を演算し、本来なら戦闘不能、と判断された場合に負けが決定する。


 さらに、どう攻撃されても大怪我をしないように作られているので、反則技が存在しない。勝つためには危険な技のオンパレードとなる。


フーコが男相手に五分以上に渡り合えた理由もそこにある。彼女の金的は足先がブレて見えないほど鋭く、風を切る音がなり、瓦を何枚も粉砕するほどの破壊力を誇るので、一撃入れば相手の耐性値の限界をすぐに越えて戦闘不能とする。


 ライブ観戦するファンは、ダメージ数値をリアルタイムで確認できる。急所攻撃を含めた反則技のない世界は、古武術から殺人術までさまざまなジャンルの格闘家を呼ぶことに成功し、非常にマニアックな内容となり、ファンはオタク気質が多い。


 競技人口が少ない競技ではあるが、ファン層はなかなか厚い。フーコは女性チャンピオンである。ここ20年は絶対王者と言われているほどの実力者で、今のところ30回の防衛に成功している。


今回は、男女混合のトーナメントに参加し準優勝した。これは大健闘であり、多くのファンが女子格闘技を見直すきっかけになった。


決勝で戦ったマグワイアはヘヴィー級で、フーコは圧倒的に手数とクリーンヒット数で優ってはいたが、一発一発で受ける被ダメージ値が大きすぎて結局は一本を取られてしまった。


 フーコのファンは、決勝の試合の判定に不服でクレームをつけた。フーコの技はスーツの数値で測れない浸透系の技だとか、同じ急所でもフーコの技は点をついているから本来ならば受け手に対するダメージがもっとあるはずだとか、フーコは実は打点を微妙にずらし致命傷を避ける技術をもっているが、スーツがそれを認識しないだとかの猛抗議をしていたが、スーツの数値判定が覆されることはなかった。


それほどの勝負をしたのである。


「でも、八十年も、よく飽きずに続けられたものよね〜。しかも対人戦闘なんて、もう誰もやらないわよね。」


 たしかに、オムニ・ジェネシス内でのもっぱらの娯楽は仮想空間で好きなように遊ぶことである。仮想空間内でゲームや恋愛に勤しむ者が特に多い。


最近の流行りは仮想空間で魔法使いになって少しずつ魔法を覚えて宇宙の魔物と戦っていくRPG、ギャラクシークエスト25だ。魔物の生息する惑星情報と魔物自体の特性などを把握し、それらに合わせた魔法を用意し魔物と戦うという、なかなか頭を使うゲームであったことと、ど迫力なグラフィックが人気を博している。


特に他のRPGと一線を画している要素は、魔法が元々のプログラムに入っているのではなく、AIの機械学習により個人の経験に応じた魔法が随時追加されるプログラムになっているため、魔法の名前を自分でつけて一人しか使えないオリジナル魔法ができあがることもあるということだ。


 恋愛シミュレーションも盛んで、簡単な会話もできるリアリティあるAIを搭載した仮想パートナーに夢中になる男女たちが多くいた。


仮想現実映像とリンクした触感を再現する手袋とパートナードールの存在により、性愛もある程度は再現できている。しかもパートナーは二次元でも三次元でも選ぶことができる。


三次元の場合は恋愛シミュレーション俳優がいて、その人々の動きや仕草をAIが再現するといった感じだ。こういったものができてから、オムニ・ジェネシスでは性犯罪はほとんど起きない。


現実のパートナーが欲しいという人は、三割にも満たないという。


 フーコのように、真面目に週六日、毎回数時間以上も身体を限界まで絞りつくすような格闘技の練習に時間を費やし、それを八十年以上続けるという人間は、ありえないほどレアなことだった。


ただでさえ、仮想現実で仮想戦闘で遊ぶゲームでいくらでもリスクフリーで楽しめるのに、フーコは求道者として頑なにリアルな戦闘を求めて日々練習へと励んだ。


「まあ、私ぐらい、ずっとこういうことを続けている人は他にはいないでしょうね。薬を飲んでいればみんな基本は健康だし、わざわざしんどいことをするなんて人もいないもんね。それに、真面目に格闘技やってる人も、大抵の人はある程度までいったら限界を感じて辞めちゃうんだけど、私はもうバトルマニアだったから、一度もやめなかったしな〜。だってさ、自分の身体を動かして戦うって、仮想空間じゃ得られないスリルと快感なんだよ。確かに防護服で守られてはいるけどさ、命をかけていると感じるやりとり・・・負けられないっていうプレッシャー・・・いや〜、わかってもらないだろうけどさ。競技としては素晴らしいんだけど、普通の人にはしんどいことしているだけにしか映らないかね〜。いや〜、残念。ノミの心臓のお嬢さんにも、是非とも一回トライしてみてはと勧めたいところですが。」


「ノミの心臓って、大きなお世話よ!私はもっと女の子らしいことが好きっブッッッ!」


 ティアナは語気を強めたら舌が絡んで吹いてしまった。その様子はまったく女の子らしくなかったので、その様子に、ぷっ、っとフーコが吹いてしまい、「なにしてんのよ、豚みたい、あはははは。」とフーコが大笑い始めると、顔を赤くしてティアナも釣られて噴き出してしまい、二人で大笑いした。


 この大笑いが終わりかけるタイミングで、先ほどからずっと傍で隙を窺っていたウェイターが、ここぞ、という風に意を決して話しかける。


「あの、お客様、そろそろご注文を・・・」


 フーコとティアナはぎょっとウェイターのほうを見ると、ウェイターもぎょっとした表情を見せる。そしてお互いの顔を向き直ると、お互いのぎょっとした表情に、またしても吹き出してしまった。そもそも、船内のほとんどのレストランはウェイターはロボットなのだが、ここは特別で人がウェイターをやっているお店なのである。


「ごめんなさーい。」


 フーコが猫撫で声で上目遣いにウェイターに謝ると、また二人は笑い転げてしまった。ウェイターはため息をつきたいのをぐっと堪え、終始ニコニコとしていた。


ティアナは機嫌がよくなると急にお腹が減ってきて、自分がシフトを通して何も食べてなかったことに初めて気づいた。


 そして、2人がご飯を食べ終わるころ、船内放送でコズモのスピーチが始まった。特番の視聴率は96%。残りの4%は寝ているか反政府の連中であろう。


「親愛なるオムニ・ジェネシスの船員諸君・・・」


 いつも通り、静かな口調での出だしだ。


「・・・このことが、我々にとって希望の光となるか嵐の前触れとなるのか、それは私にもわからない。ただ、これだけは覚えていてほしい・・・」


 コズモはいつもの調子で官僚の書いた原稿通りに演説を進める。こんなテンプレートみたいなスピーチでいいものなのか、とコズモは甚だ疑問に思っていたが、大体いつも好評だ。


コズモの船長就任スピーチは歴史的名スピーチ10選などによく選ばれているほどだ。もちろんこの名スピーチも、コズモは単に原稿を読み上げただけである。


 このスピーチをディナーの締めくくりとして、ティアナとフーコは別れた。


 そしてティアナが一眠りしてシフトに戻って間も無く、ミズナがピー、と警告音を響かせた。


「目標地点、到達です!ガンガン観測しちゃいましょ~!」




 第5話 「ハルモニア」に続く

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