第5話 ハルモニア

 この宇宙にて最も多いとされている水素と三番目に多い酸素が結びつくことはなにも珍しいことではない。条件さえ整えば水分子ができて液滴を生み出し生命の起源となりうることも、そう想像にかたくないことである。


 ハルモニアという惑星も、そのような条件が整った惑星の一つであった。太陽の大きさは地球の太陽と比べると倍ほどあるが、ハルモニアが絶妙な距離とサイズをしていたため、人間が住めそうな環境がすでに出来上がっていた。


こういう意味では、地球人たちがハルモニアに目をつけたのは、大正解だったわけだ。


 地球との違いと言えば、この惑星はほんの僅か地球より大気も厚く温度も高いため、生物多様性も地球のそれを凌駕し、結果、とてもカラフルな生き物たちの宝庫となった。


日差しも強く、熱を反射させる生物や熱を弾き返すタイプの鉱物が多くため、ハルモニアは地球と比べるとそれはカラフルで鮮やかなキラキラとした惑星となった。


「ハルモニアの観測データが届きます!」


 ティアナの声がリトル・チーキーに響いてから数分後、鮮明なハルモニアの映像が次々とオムニ・ジェネシスに送られてくる。初めてのハルモニアの鮮明な映像は船内でライブ配信されていた。視聴率は100%である。


 船員全員が固唾を呑んで見守る。


 急に画面が明るくなると、そこには見事で色鮮やかな世界が広がっていた。異星人の存在に漠然とした不安を抱えていた乗組員たちであったが、この色鮮やかな自然に目を奪われなかった者はいなかった。


遥か遠くの昔から人間のDNAに刻まれた美意識は裏切らず、この世界は、多くの人々の心に猛烈な切望と嫉妬感を抱かせた。


 美しい・・・共通の意識が一体感を生んでいた。


 そして、最初に沈黙を破ったのは副船長ステラだった。


「えっと、みなさん、鑑賞はそのぐらいまでにして、我々が本来行うべき作業にはいってはいかがかしら。」


 それから数時間の間に、光角度修正が入るため、ラグが生じる状態ではあるが、ハルモニア大地表面の映像化に成功した。写真だけではわからなかったが、生物は驚くほど多様を極めた。


曇っていたり映像に映らない部分も多々あったが、見える部分だけでもすさまじいほどの生物多様性を誇っているのは容易に理解できた。


光を反射し飛行する生物もいれば、クリスタルのような甲羅で身を包んでいる生物もいれば、太陽光をうんと吸収して黒く光るスライムのような生物の存在も確認された。


 その中でも、一際目立つ存在があった。高度文明を匂わせる場所に必ずいる生物の存在である。


この生物こそがこの惑星の食物連鎖の頂点の存在であることをオムニ・ジェネシスの住民たちは確信した。


 この惑星の生物の王たる存在の容姿は、威厳のようなものはなくどちらかというと愛くるしいようにも見えた。痩せたペンギンを思わせるような容姿であり、短いクチバシと目が確認されている。しかしペンギンと違って、折りたたみ式の翼があって飛ぶことができるようだ。


この惑星自体、大気も厚くかなりの強風が予想されるせいか、飛行能力を有する生物が多く確認されている。


驚くべきは、この生物の身体能力である。


飛行中は足を揃えてたまに身体をクネクネさせているが、手を前で合わせて翼を小さめに開き流線形の形で弾丸のように進む時の最高速度は時速300キロは超えんとばかりだ。


しかも、ジャンプ力もあり、地球の1.2倍の重力と計算されているのに10メートル以上は飛び、そのまま飛行に移れるようだ。


 オムニ・ジェネシスの民たちは、この食物連鎖の頂点にいるであろう生物を「ゾアン」と名づけることにした。


 ハルモニアの各地には、ゾアンの居住区が存在するようだった。しかも、半端なく広大な都市である。居住区は主に崖や渓谷を削って作られているように思われた。


街の様子は活気があり、住居は崖を掘って作っているようで、基本的に地面に住んではいないようだった。空中でお喋りをしていたり鬼ごっこのような遊びをしている子どもたちも見受けられた。


 しかし、このような人間らしい営みを見て和んでいる一般人たちをよそに、コズモの表情は格段に険しかった。民衆に見せている映像とは別に、政府の間だけでシェアされている映像があり、それがコズモに大きな警戒心を抱かせていた。


 この平和そうな文明には似使わない、巨大な軍事施設らしきものの存在を確認したからである。


 みたところ、ハルモニアで大きな戦争が起きている様子は見られないが、この惑星の各地でこのような広大な軍事施設らしきものが確認されており、さらに大規模な訓練も行われているようだった。


彼らの攻撃手段は背中に装着したハープーンのようなものを発射し命中させるといったものだったが、何か特別な装置でもついているのか、ほぼほぼ百発百中の精度であった。


そして、軍事施設の基地も、分厚い鉱物で覆ったような、要塞を思わせるものであった。明らかに、一つ文明が抜けているような建造物である。


「コズモ船長、あの広大な設備は・・・」


 副船長のステラも少し顔を曇らせて戦闘訓練に勤しむゾアンたちを眺めていた。コズモは顔をしかめたまま舐めるように施設をみていた。


「言われなくても分かっている。あれは、なかなかに強大な軍隊だ。平和そうなあの生物たちの営みに似つかわしくないほどの、な。」


 リトル・チーキーのクルーもハルモニアの巨大軍事施設に驚きを隠せないでいた。


「しかし、なにもそこまで驚くことじゃない。きっとあの国も、俺たちの故郷と一緒で、過去には絶えず争いがあったのだろう。そして、軍備を整え、互いに強大な武力を持つことでそれが抑止力となっているのだ。おそらく、我々が地球にいた時と同様、ハルモニアは一枚岩ではない。我々の住んでいた地球と同様、国のような区切りで分かれているのではないのか。」


 コズモは結論を急ぐなかれと、半ば自分に言い聞かせるように言葉を選んだ。そして少し、「少し一人にさせてくれ」と言って目を瞑り、腕を組んで少しの間考えているようだった。そして、ボソリと言った…


「俺たちは、どうやら、どの国とコンタクトを取るのか、慎重に選ぶ必要がありそうだな。ハルモニア世界のリーダー的存在の国を。こちらが友好的なエイリアンであることを理解してくれる大きな国家を。」


 あまり大きな声で喋ったわけではなかったが、リトル・チーキーのクルーたちはみな船長のほうを向いていたので、これはみんなに聞かれていた。確かに、コズモ船長の言う通り、ゾアンの世界でもっとも権力のある国にアプローチがかけるべきだと、皆は納得していた。


「引き続き、監視に入る!」


 コズモの声にクルーが「ラジャー!」と勢いよく返事をするとほぼ同時に、ピピピピピっと警報音がなる。ミズナが発した音のようだ。


「ちょー速く接近してくるものがあるわよ!大丈夫!?」


 ミズナが呼びかけてもいないのに喋り出すのは緊急事態の場合のみである。


 クルーの半分は突然の警報に呆気にとられ、また半分のクルーはなんだ、なんだとあちこち首を振って目を動かす。この音の原因を最初に把握したのはオペレーターのティアナである。


「船長!高速未確認物体確認!本艦へ向かってまっしぐらに突っ込んできています!!こ、このままではぶつかります!」


 悲鳴にも似たような声がリトル・チーキーを金縛りにかけた。




 第6話 「エンカウンター」に続く

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