第6話 エンカウンター

 緊迫したティアナの声がリトル・チーキー内に強い貫通力と共に響いた。脳の芯まで届くような声がパニックを伝染させた。


クルーの表情がこわばる。


ティアナの身体中からはぶわっと冷たい汗が噴き出る。


 リトル・チーキーのクルーも突然の事態に誰しもがアクションを起こせず凍り付いたように固まってしまう。


そんな中、多々の修羅場を乗り越えたコズモが沈黙を破る。


「正体を見極めろ!電磁バリアを展開!急げ!」


 コズモは電磁バリアを担当するロンに目をやる。元からひょろりとして青白い印象を与えているインテリ風の男は、今や死人のように真っ青で、今にも貧血で倒れそうな様子だった。


しかし、コズモ船長の鋭く野獣のごとく猛々しい目に防衛本能を刺激されると目の焦点が戻り、すぐに、はい、はい、と弱く返事をした。


 ミズナは優秀なAIではあるが、いつもマイペースでお喋りが過ぎるので緊急時に自動対応するようにプログラムされていない。


皆の集中力を欠く上、結局は優秀な人間たちが各々に専門的技術を持ち寄って有事に対応したほうが良いのでは、という考えがあった。


そして今がその緊急時だったが、優秀なはずのリトル・チーキー内のクルーは、ほぼほぼ機能停止していた。


コズモがいなければ、完全停止していた可能性もある。


 電磁バリア展開設定を行うロンの手も震えていて、どうもすぐには上手くいかない。前代未聞の事態に自分が何をしているのかさえ分かっていない。


そもそも、電磁バリアはスペースデブリや隕石群、はたまたソーラーフレアから身を守るためのものであり、意思を持つ攻撃に備えるためのものではない。


そんな必要はかつてはなかったのだから。


 攻撃の正体がわからないのだから、大量のエネルギーを消費する電磁バリアを展開する必要があるのかはこの時点では定かではなかったが、この船の行く末を誰よりも考え抜いてきたコズモは誰よりも緊急事態に対する心理的な備えがあった。


 自分の舵取り一つで人類は絶滅するかもしれない、という重責を負っている自覚が彼を突き動かした。


「距離は!?数は!?」


 船長は今度はティアナの方へ目を向ける。コズモに倣い冷静さを取り戻していた副船長のステラが、パニックで周りがよく見えていないティアナの様子をみて、唐突に大声で檄を飛ばした。


「ティアナ!しっかりなさい!数と距離は!?」


「!!」


 ビクっとしたティアナは、我を取り戻し、汗が滲みる目をこすりながら情報を読み取り、憶測で答える。


「このままの軌道では激突します!速いです。一番最初のやつで、約5分後に到達します。物体は・・・この反応は、石というか、デブリのようなものと推測されます。数多数!現在把握できるだけでも30は超えます。」


「電磁バリアの展開を急げ!ステラ、緊急船内放送だ!全ての人間に、ポッドに入り衝撃に備えろ、と伝えるんだ!」


 先のステラの檄はかろうじてロンも正気に引き戻していた。ロンは身体の浮いたような感覚に自由を奪われながらも、幾千と反復練習した動作をなぞり、順調に電磁バリアの展開に入っていた。


「電磁バリア展開準備完了!完全展開まで3分!展開開始カウントダウンに入ります、10、9、8・・・」


 副船長ステラは警報を鳴らし、船内放送で全ての住民に衝撃に備えるためにすぐにポッドに入れと指示をする。船内はさぞかし大パニックになったであろうと予測された。


 電磁バリアはギリギリ間に合った。飛んで来たのは、小さな石の塊だった。そのほとんどは電磁バリアで勢いが相殺され、船まで辿り着くことはなかったが、まもなく船は地震のような揺れに襲われる。


リトル・チーキーのクルーは座席の手すりを力一杯握りながら、真っ青になりながら揺れに合わせて「うわぁ!うわぁ!」「ひゃあああ!」「きゃあ!きゃあ!」などの奇声をあげていた。だた1人、コズモを除いて。


「被弾したのか!?被害は!?」


 指示を出し続けるが、キャー、キャー、と叫んでいるティアナはもはや返事できる状況ではない。


 コズモは誰にも聞こえていない大きな舌打ちをして、ミズナを呼び出す。


「ミズナ!被害状況は分かるか!?」


「ヘイ!キャプテン!お呼びでございますか!エリア4、エリア7に着弾!一部地域予備電源への切り替え、その他の被害状況は不明です。」


 ミズナは相変わらずふざけているようだが、そんなことに腹を立てている余裕はなかった。まもなく揺れが収まり始めると、ガタガタ震える身体に多少の冷静さが戻ったティアナはソナーのデータを再確認する。


「ま、また来ます!今度はもっと、遠くからですが、多数です!圧倒的多数です。こんどは被弾まで、20分強!!」


 悲鳴に似た声を発するティアナの顔は引き攣り、タイトな仕事着のスーツは汗でぐっしょりだった。


「バリー、船を旋回させろ!脱出だ!」


 この場所は危険と悟ったコズモに迷いはなかった。20分ならば、90度旋回が間に合う。操縦手バリーはコズモの指示にアイアイ!と勢いよく返事をする。


バリーは剛気なタイプで、この状態でもパフォーマンスを落とさずに動ける唯一のクルーだといえよう。ステラの次にコズモとの付き合いが長い人間だ。


 勝手に船内放送を開き、「みんなポッドには入ってるな!?歯を食いしばれ!」と言い放ち、すぐに船を旋回させ始める。船首側にいるオムニ・ジェネシス機能の要であるリトル・チーキーのクルーが旋回によるGで気絶しないために船尾から回り始める。


なんせ4000万人を乗せた巨大な船であるため、調整機能が付いているとはいえ特に船尾側の人間には大きな負担となる。本来は丸一日かけたりするもので、通常時ではいらないはずの機能だ。


「旋回終了、これより船を加速させる!再度Gに備えろ!」


 バリーの声が操縦室に響き渡る。85度の旋回後、船はかつてないほどブースターを開き加速した。オムニ・ジェネシス全力疾走である。


ソーラーフレアから逃げる時でさえこんな加速はしたことがなかった。


この安全性を無視した加速機能は設計ミスであったが、ここでは大いに役に立ったわけだが、結果、船内の9割5分以上の人間がこの加速で気絶した。


 リトル・チーキーのクルーたちも、ロンやステラを含むそのほとんどが気を失う。幸いなことに、操縦手のバリーとコズモは歯を食いしばり、全身の筋肉を極限まで固め意識を保っていた。


脳に血液の行きやすい加速方向だったことも幸いした。この時の加速のおかげで、10分もすると完全に攻撃範囲から抜け出すことができたようだ。


加速をやめ、コズモはミズナに気絶した民衆たちに応急処置を施すように命令し、周囲の監視を任せると、ぐったりとテーブルに突っ伏してそのまましばらく動かなかった。バリーも、AIに自動操縦を任せると、ぐったりと椅子にもたれ目を閉じてそのまま気を失った。


 その様子を見て、ミズナは船全体に静かなBGMを流し始めた・・・



 第7話「サミット」に続く

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