第7話 サミット

 正体不明の攻撃によるショックに呆然とする間も無く、逃げ切った半日後にはオムニ・ジェネシス内では緊急会議が開かれようとしていた。


 議長は船長のコズモ、副議長は副船長のステラ、その他の参加者は船内に管轄区を持つ自治体代表ら7人、及び軍部の将軍、副将軍(といっても実際には戦ったことのない軍の将校たちではあるが)2名、数百年の歴史を持ちながらも、初めて活躍する場を得た知的生命体対策クラブの代表2名、の合計13名で行われた。


 会議周りは民間メディアが取り囲んだ。政府の透明性を重んじるオムニ・ジェネシスにおいてこのような会議はライブ配信される。


 いうまでもなく、視聴率100%である。


 宇宙空間で未確認なものに攻撃される、などといった経験は人類史上初である。パニックと不安が入り混じっているのは何も民たちだけではない。会議に参加した各々のVIPたちの表情にも動揺の様子が見て取れた。


「緊急収集へのご足労、ありがとうございます。」


 皆が座席に着くと、副船長のステラが口火を切る。


「概ねの会議アジェンダは皆様の知るところであり、今回の件に関する一連の出来事をまとめた報告書もすでに皆様には届いていると思います。そして、つい先ほど新たな点も追加されました。今回の会議ではその報告書内容の理解の確認と新たな点に関することのご報告をさせていただき、対策を協議していく流れとなります。


 そういうと、ステラは手元の資料のページをめくる。


「現在受け取っている報告によると、前回の正体不明の砲撃による攻撃での死者数はゼロでしたが・・・」


 ステラの手が一瞬固まる。


「確認できているデータによると、登録住民の数とポッドへ入れた人数が合致しなく、今わかっているだけでも四百人ほどの人が何らかの理由でポッドに入れず、死亡したのではと予測されています。」


 会議室の空気が突然重くなった気がした。ステラは一瞬唇を固く結んだが、すぐに続きを話し始めた。


「他には、ストレスによる心臓への負担により発作的な症状で危篤になったケースが確認されており、専門機関での治療を必要とする重症者は推定で数万人、目や首の痛みを訴える軽症者も無人医療施設へ殺到しており、その数はおそよ数百万人はいると推定されます・・・オムニ・ジェネシス船体への被害は、第1区エリア4、グラシリア代表の管轄区域。ここに直径約10メートルほどの石の塊のようなものが被弾。そして第2区エリア7、ダテ代表の管轄区域。ここに同じく直径約5メートルの石の塊のようなものが被弾。このことにより、これらのエリアは太陽光パネルの一部が損傷、局部的停電がありました。が、すぐに予備電力により電力を取り戻し、今は電力は復旧、修復AIも作業中であります。」


 死者が出てしまったが、船長コズモの緊急離脱判断を責める者はいなかった。


 むしろ、あのような無茶な離脱を行わなければ一体どれだけの被害が生じていたのか想像に及ばない。


 被弾した箇所がエンジン系統とは無関係だったのは、不幸中の幸いだった。


「報告書を見る限り、今回のデブリもどきの急接近は、不明な点が多いようだな。」


 エリア7からエリア17までの大エリアを管轄するオムニ・ジェネシス第2区代表ダテ・メンデスは、もともと鋭かった眼光をさらに尖らせてステラへ向ける。


「おっしゃる通りです。我々が現在分かっていることは、敵・・・ここはあえて敵、と言わせていただきましょう。それと言いますのも、周囲環境を踏まえた演算によると、ハルモニア惑星付近の宇宙環境において、このようなことが偶発的に起こったアクシデントである可能性は限りなくゼロに近い数字です。」


 会議室の重鎮たちは、偶然ではないのは当然だろう、という態度だった。隕石やデブリなどの動きは常に監視されている。


 そういう旅をしてきた船なのだ。


 直前まで観測できなかったのは、意図的に放たれたものであるからに他ならない。


 この攻撃は、あのハルモニアの王たる存在、「ゾアン」の仕業ではないか、と全員が薄々考えていた。この近辺で、文明らしい文明を持ちうる惑星はハルモニアしかない。


 ハルモニアに近づいたから攻撃を受けた、という理屈が最も合点がいく、というより、それ以外に考えられないのだ。


「それともう一点、留意すべきは、敵の出現が突然だったということです。これに関しては、宇宙戦闘における専門家であるビリー将軍にブリーフィングをお願いしたいと思います。」


 軍部の最高司令官であるビリー将軍は、会議前にすでにコズモから戦闘データの解析を命令されており、会議室に辿り着く前までに考えをまとめていた。


「オムニ・ジェネシス、スペース軍将軍、ビリー・アスファルトです。」


 ビリー将軍は小柄な男だが、引き締まっていて、どこか体操選手のような体つきをしていた。しかも彼の体格は、薬を使わずに自分で鍛えて作ったナチュラルである。


 この時代の軍人にとって対人戦闘力はさほど重要ではなく、ビリー将軍のように身体を鍛える軍人は珍しいタイプだった。


 ただし、この男のすごいところは、決して鍛え上げた肉体などではなく、ありとあらゆる武器や戦争技術に精通し、それらの武器を最大限まで生かす戦術を数々生み出し、はたまた心理戦までも研究しつくした戦闘マニアであるということだ。


 宇宙戦闘機模擬戦、宇宙戦艦模擬戦、ランダムシチュエーション模擬宇宙戦争、などの仮想現実スポーツ大会において、個人戦でも団体戦でも戦略シミュレーション部門においても優勝している。


 ビリー将軍執筆のベストセラー、「常勝論」においては、以下のようなことが書かれている。


【戦闘においてもっとも大事なことは、合理性と決断力。それらを実行するために、反応速度と正確性を日頃から意識すること。そして集中力の維持のために、普段から健康的に生活すること。】


 ビリー将軍はまさに自らの理論を実践してきた男といえるだろう。人口4000万人のオムニ・ジェネシスにおいて、ビリー将軍ファンクラブの会員は20万人以上というから、そうとうな求心力を持つ男でもあった。


「この度、コズモ船長の命により、今回の襲撃に関する情報をまとめ、自身の見解を共有することになりました。ただ、正体不明の敵の攻撃に関する情報はまだまだ少なく、あくまでも憶測の範疇に留まることをお了承ください。」


 丁寧な挨拶をすると、ビリー将軍は副将軍のヒュン・サブをちらりと見て、うなずいた。


「まず、この船の万能であるはずのソナーが敵の接近を見逃していたことに一部の人間は驚いていると同時に、見えない敵に大きな不安を抱いていることと思いますので、これに関しての私の見解を先に説明させていただきます。ご存知の通り、この船に積んでいるソナーはナノテクノロジーを駆使し、いわば全方向へ広がる大きな触手のようなものであります。しかしながら、なぜ急接近する物体に気づかなかったのでしょう。私はデータを解析し、私なりに仮説を出しました。」


 ビリー将軍はここで一息つく。みなが固唾を呑んで聞き入っている。


「まず、本艦に被弾したものは、硬い鉱物を含む隕石のようなものであることが分かりました。ただの小さい隕石ならば、何重にも重ねられたこの艦の電磁装甲を貫くことはできませんが、着弾した二つは、いずれも本艦の電磁バリアを貫けるほどの速度と大きさを持っていたということになります。不幸中の幸いで、中身は空洞になっていたようで、被弾後これらはバラバラになりました。出なければもっと莫大な被害が出ていたことでしょう・・・少々話がズレましたね、申し訳ありません。それでは、ソナーがなぜ察知できなかったのか、との件ですが、結論を言うと、ソナーが意識を向けていなかったデブリ郡から突然放たれたから、ということになります。記録によると、攻撃直前に攻撃ポイントから微弱な電気の発生が確認されています。宇宙空間ではプラズマ現象などが起きたりしますし、高エネルギー荷電粒子など、電気が突然発生することもありますので、ここまでは特に意識する必要のあることではありませんでした。しかし、あの微弱な電気量から推測すると・・・」


 ビリー将軍は、ここで少し口を止めた。そして、少し口元に手をあて眉間に皺をよせ、視線を落とす。


「このような結論は、少し受け入れ難いところもあるかもしれませんが・・・データをみると、攻撃してきた何者かは、見事周りのデブリに溶け込んでいました。そして攻撃の際に生じた瞬間的な電磁パルスは・・・・・・機械ではなく、生物の可能性が高い・・・」


 一同は顔をしかめた。クマムシでもあるまいし、そうそうに宇宙空間で生き延びられる生物がいるものか、という常識が頭にあったからである。


「電力を使用する機械であれば、我々のソナーがその存在を捉えないわけがないのです。我々のソナーは機械的存在には敏感に作られているのです。デブリ攻撃の発射源のデータを何度も確認しましたが、電荷を伴う機械を使用しているにしては反応が微弱すぎます。生物レベルの電気反応としては納得のいく程度の数字だったわけです。もちろん、生物でさえない、何か未知のものの可能性もありますが。」


 ここでビリー将軍は目線をずらし、一旦呼吸を置いてから話を続けた。


「さらに続けますが、記録を見る限り、敵はこちらを追ってこようとしていたようです。何者かはわかりませんが、ソナーが捉えています。機械の類で、ジェット噴射のような移動方法ではなかったようです。コズモ船長が艦を反転させ、加速を始めてからわずか2分たらずで我々は追跡者よりも速い速度に達することができましたので、5分ほどで諦めて戻って行きました。」


 黙ってビリー将軍の話を聞いていたエリア23−26を管轄する第4区代表コシヌキ・Ⅿ・ヴァレンタインが、頃合いと思ったのか一瞬話を遮る。


「攻撃してきたのが生物なのかどうかとか、このさい後回しにしようじゃないですか。我々にとって一番大事なことは、この船は現在安全といえるのかどうか、ということですよ。それに関しては、先に将軍の言質をとっておきたいところですな。」


 コシヌキ・Ⅿ・ヴァレンタインの管轄する第4区は大人しく地味で平凡、というイメージの付き纏う地域である。


 この男の行政のやり方は至って堅実であった。そのこともあり、この区に集まっている住民は平凡で刺激の少ない淡々とした暮らしを望んでいる人々が多い。


 コシヌキ自身も、荒波立てずという性格で、完全なイエスマンであった。彼の日常のもっとも強い刺激はといえば、大金をはたいて秘密裏に作ったスナックバーで夜な夜なコッソリとパーティーを開いて遊ぶことぐらいであった。


 その遊びでさえも、無駄な大騒ぎはせずに問題を起こすような連中はそのサークルには入れなかった。


 このような男なので、安全を確認するような質問は、非常に彼らしいと言えよう。


 ビリー将軍は、それをこれから話そうとしていたのだよと言いたげな目をコシヌキに向け、全体を見回して、話を続けた。


「その懸念はごもっともです。それでは、この船は安全なのかどうか、についてお話しましょう。結論として言えることは、まだわからない、ということでありますが、ある程度の予測はつけられます。いいですか、今回の攻撃は非常に原始的なものでありました。加えて、敵の移動スピードもそれほど速くはない。敵の生体反応、といって良いのかわかりませんが、あの攻撃してきた生物かなにか分からない物質も、ソナーで捉え警戒することをAIは学習しましたので、次回、仮に同じものが攻撃してくることになったとしても、その時はもっと上手く対応できることでしょう。敵の目的や規模がはっきりしない以上、楽観視はできませんがね。我々が考慮しなくてはいけないのは、あの攻撃の意味です。ただの牽制だったのか、なにかの手違いだったのか、それとも・・・まあ、なんにせよ、敵の正体は不明ですが、少なくとも我々の到着を歓迎してはいないようです。」


「まったく、迷惑な話!」


 第1区代表グラシリア・バーンズは、イラついた口調で首を左右へ振りポキポキと鳴らす。銀白色の長いサラサラとした髪は踊るようにゆれていた。


 白い肌に少しだけ高い鼻、そして目は大きく青く、彼女の性格をよく表すようにギラギラとしていた。エリア1―6を管轄するこの時のグラシリアの様子は、少しでも挑発すれば殴りかかってきそうな勢いがあった。


 そんな彼女も人をまとめる才能はあり、この区の住民にとってはカリスマ的存在だった。今の地位では行政に専念してはいるが、昔はフーコとも戦ったことがある元格闘家である。


「誰か知らないけど、気に入らないわね。私たちは遠い星からここまでやって来たってだけよ。得体の知れないものが来たら、普通はどうします?慎重に相手する?相手のことを見極める?こんなんでしょ!見ず知らずの人に不意打ちなんて、チキン野郎のやることだわ。ここにいるみんなに、つべこべ悠長なこと言ってないで、戦う準備しなくていいのかって言いたいわ。」


 グラシリアの喧嘩口調に皆は苦笑いして、ダテがまあまあとりあえず落ち着け、とグラシリアを諭し、これ以上は刺激しないようにした。


 会議は敵の正体への仮説からオムニ・ジェネシスの今後の在り方についてと、幅広く行われたが、とりあえず結論は出ない、ということ以外は特に留意する点はなかった。


 知的生命体対策クラブの2名は、ゾアンの生物兵器の正体は古代ギリシャで神に逆らった巨人族ギガンテスであり、隕石に紛れて岩を投げてきた。


攻撃されたのは、大地の女神ガイアの怒りを買ったからだ、などと世迷い事とも取れるような奇想天外な発想により会議をたびたび混乱に陥れ、その後グラシリアにしっかり睨みをきかされて黙り込んでしまった。


 その翌日より、オムニ・ジェネシスでは連日のように白熱した討論があちこちで行われるようになった。


内容は主だって今回の会議と似たようなものであったわけだが、世論は「君子危うきに近寄らず」が最も囁かれた。


 敵の正体がわかるまではハルモニアには近づくな、というわけだ。ハルモニアから離れて太陽エネルギーを享受して生きていけばいい、と唱える者たちが大多数であった。


 一方で、俺たちはそもそもハルモニアに住むためにここまで長い旅をしてきたのだ、ハルモニアの宇宙人とコンタクトを取ろう、攻撃してきたのも、何かの手違いかもしれない。誤解が解ければ仲良くできるだろう、と唱える者たちもいた。


 そして、この時は少数派ではあったが、やつらの文明はこちらほどのレベルではないのなら、侵略し、略奪し、支配し、植民地化してしまえ、と唱える者もいた。




 第8話「ライフ」へ続く

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