第68話 潜入!第一入船ホール ①
【第一入船ホール】の看板が出ている建物内をうろうろと歩きまわるダニーの姿がみられた。
胸元には「メディア」と書かれたタグをつけている。
ロボットに案内されトレーニングルームに入ると、軍人と手合わせをしている教官の姿が見られた。
そしてその数秒後には、教官の鋭い飛び膝蹴りが軍人の顎を捉え、同時に『ビビビ』と音がなる。二人は戦うのをやめて「ありがとうございました」と挨拶をする。
ダニーに気づいた教官が近づいてくる。
「ダニーさん、こんにちは。先日はご丁寧にありがとうございました。」
「いやいや、こちらこそ。フーコ・ミラージュ教官。本日はトレーニングの見学を許可して頂きありがとうございます。ところで、訓練開始は10時と聞いておりましたが。」
「ええ、間違いありません。少し早めに数人で集まって、自主練をしていました。」
「なるほど。それでは、本格的な練習の様子は、これから見られるわけですね。ドローンカメラを配置してもよろしいでしょうか。あと、トレーニング後にインタビューを・・・」
「はい、よろしくお願いします。」
ダニーは小型ドローンカメラを飛ばす。
彼はこの場に、軍隊の格闘訓練に密着するドキュメンタリーを撮影する名目で訪れていた。
もちろん、ダニーの真の狙いは合法的にこの建物の中に入ることであり、ドキュメンタリーなど本当はどうでもよかった。
この、グレースが怪しいと睨んでいる第一入船ホールに併設されている訓練所で新プログラムが始まったので、そこに狙いをつけて、撮影許可をもらおうとなったわけだ。
そうとは言え、会社からも面白そうだと太鼓判を押されたので、一応真面目に働いてもいる。
なぜこんなプログラムが始まったかの理由について、ビリー将軍はこのように話している。
「ハルモニアに降り立った時、主な戦闘は無人ロボットの領域となるが、なんせ未開の地であるため、生活環境を安定させるまでは最低限不測の事態に対して個人個人に備えがないといけない…」
とのことである。残りの話は長かったので忘れた。
その先駆けとなるプログラムで、軍隊が先ずは格闘技や地上戦用の武器に精通し、それを簡素にして護身術として一般市民へ広めていくということらしい。
フーコとマリアンヌは、グラシリアの推薦でマグワイアなどと並んでこのプログラムの格闘技教官となり、住み込みで働いている。
先日の病院での一件以来、またフーコとマリアンヌ身に何かあっては、とグラシリアは懸念していた。
フーコは、あんな連中返り討ちにしてやる、と息巻いていたが、実際にスタンプが睡眠ガスのことを突き止めていなかったら危なかったのだ。
一度撃退されている上、流石の奴らもこのような施設では迂闊には手を出して来ないであろうとは思ったが、念には念を押して、である。
___この日のフーコのクラスはグラップリングが中心であった。
タックル、投げ、といった様々なテイクダウンの練習から、関節技の練習へと移行する。
耐衝撃スーツを着ているので、スパーリングでも練習でも皆激しく当たる。
しかし、そのクラスの終盤にフーコは皆にスーツを脱ぐように要請する。
訓練生たちは驚きを隠せないでいたが、フーコの指示に従い、スーツを脱ぐ。
そして、スパーリングセッションを始めた。
空気が一変する。
怪我を避けるために技に制限がかかる一方で、格段に緊張感が高まる。
経験の少ない者は、お互いに牽制しあってなかなか思い切って突っ込めない。激しい動きがなくても、汗だくで息が荒くなっている。
(別物だ!誰だ、スーツを着ていないと技が制限されて塩っぽい戦いになるから面白くないなんて言った奴は?これこそが、闘争の原点じゃないのか。)
ダニーは必死な形相の訓練生に思わずカメラを向ける。生の肉体がぶつかり合う緊張感と迫力に興味が沸いた。
ビーっとブザーがなり、スパーリングが終了する。激しい息切れの声があちこちでする。
「今日はここまでです。みなさん、お疲れ様でした。」
「お、お疲れさまでした!」
全身汗だくで顔は赤らみ息を切らしながら目も開けずにマルクスは返事をした。
マリーやジョンフンなど、多くの元カオスファイターパイロットたち。オットーやカーシーの姿も見られた。そして、黒豹の姿も。
カオスファイターとしての矜持を経験した者たちは、何となくで集まってしまっていたのだ。
フーコは昨今では珍しく怪我のリスクの高い生身での訓練に多くの時間を割いてきた人物である。そのそも求道者であって、大会で勝つことを人生の目標としていた訳でもない。
彼女はドラッグで得られるような一時的なものではない、野生に戻るような感覚を開拓することに至上の喜びを感じていた。
スーツをつけていれば必要ないような部位鍛錬や自然物を利用したトレーニングを好んだ。
素晴らしい動きができた時は、その感覚を忘れないようにイメージで記憶をなぞって、すぐに反復練習をして必ずモノにするようにしていた。
その上で、健康的な生活と一日足りとて欠かさないルティーン…
結果的に、フーコは超人的な反射神経と芯の強い肉体、そして何より強靭な精神力を身につけるに至った。
「耐衝撃スーツに守られている安心感がなくなることが、こんなに自分の動きを制限するとは想像もしなかったな。」
マグワイアがマリーに話しかけた。
「ほんと、こんなしんどいこと、高い給料もらってなかったらやってないわよ。」
マリーはまだ息を切らしたまま、ぐったりとルームの隅で壁に寄りかかっている。
「フーコさん、お疲れ様デシた。」
マリアンヌがフーコの肩を叩く。
かの一件以来、この二人はルームもシェアして、常に一緒に行動した。
フーコはマリアンヌの背景事情に深く同情し、いつかマリアンヌが
マリアンヌはダーマッサーの安否を心配していたが、ダテが架空の第二区−第七区共同プロジェクトを立ち上げ、ダーマッサーを特別ゲストとして招待し、彼を第二区で匿って、スタンプに監視させていた。
「マリアンヌ、あなたの寝技の上達、すごいわ!普通は経験に応じて実力がついてくるものだけど、湯水のように吸収していくんだもん。」
フーコは実際、マリアンヌの上達ぶりには驚いていた。たいした才能である。
打撃は一流でも、元々寝技は素人に毛が生えた程度であった。そもそも総合格闘技の試合で寝技をやらないで勝てること自体が非常識なのである。
「マリアンヌ、あなたの流派の、えっと、
あの時は、マリアンヌの過去が衝撃的過ぎて聞くのを忘れていたが、この天才マリアンヌが出来ない奥義とやらの事を、常々知りたいと思っていた。
「え!?え、えっとデスね…師匠は、キコーの使い手でした。」
「え、なに?気候?」
「キコーです。」
「なにそれ?どういうの?」
「…私はデキません。」
マリアンヌはにっこりと笑い、フーコは苦笑いした。
「『型』だけでも教えてよ、マリアンヌ。その、動き、とかさ。説明でもいいから」
フーコが頼むと、マリアンヌは少し考え込む。
「分かりました」
マリアンヌはフーコの手を取り、もう一方の手をフーコの手の平にかざす。
「先ずは、
マリアンヌは目を閉じて身体をぷるぷるさせ始める。
周囲の訓練生たちも一体何が始まるのかとみんな、ぐったりしながらボーっと様子をみていた。
フーコは周りに注目されているのを見て、困ったような顔で皆の方をチラチラみながら苦笑いを浮かべていた。
マリアンヌが何をしようとしているのかまったくもって分からなかったが、一分以上このような状態が続いた。
「…はあぁ~、どうデシタか?」
マリアンヌがかざした手を離して言った。
「え?終わり?なに?」
フーコは訳が分からないといった様子だ。
「手が熱くなりませんデシタか?」
言われてみれば、手がぽかぽかとしているような気がする。
「え、でもこれって体温が移ったりしたんじゃ・・・」
フーコは自分の手を身体の他の部位に当てて熱さを確かめる。
「恋人同士でなにをまたコントを始めてるのよ。」
その様子を見ていたマリーが突っ込みを入れる。
笑う余裕のある物は力なしにハハハ、と笑う。
フーコとマリアンヌのやり取りは終始こんな感じで、裏では「凸凹コンビ」と言われていた。
「う~ん、やっぱり、私はデキません。師匠のは、もう絶対に何かアル、みたいな感じにナルんですよ。」
「ええ~っと、手品??」
「手品ではアリマセン!」
マリアンヌは大真面目に言う。フーコは訳がわからなくなって、またも苦笑いをして済ませた。
そこに、ダニーが「あの~」と入り込んでくる。
「あ、ダニーさん!ごめんなさい、すぐにシャワーを浴びて着替えてきますので、少々お待ちくだ・・」
フーコがここまで言うと、ダニーは手を前に出してフーコの喋りを止める。
「いや、この汗だくで身体から湯気が出ている感じの状態の方がいいんです。今すぐで大丈夫ですか。」
それなら、ということでそのままインタビューに入る。
ダニーにとっては面白くもないが、会社から渡されたテンプレート質問を投げて、無事に表向きのインタビューは終了する。
ありがとうございます、と言った後、ダニーは白々しい様子で「あ、」と言う。
「そういえば、先ほどここに着くまでに迷ってしまいましてね・・・この建物の地下へ繋がるホールの先に、立ち入り禁止区域がありましたよね。あれ、なにかやってるんですか?」
ここで、ダニーの目が怪しく光った。
「…は、はあ?」
フーコは首を傾げた。
第69話『潜入!第一入船ホール ②』に続く。
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