第69話 潜入!第一入船ホール ②
「…はあ、あそこは私もよく知らないんですけど、なんか、放射能?だっけ?よく分かりません。」
ダニーは目を細める。フーコは何も知らされていない、ということだろうか。
「へえ、そんな感じなんですか。いや、小生は昔からこの建物には馴染みがあったつもりだったのですが、あんな場所、知らなかったもので。」
「ええっと、私はここで仕事をもらったのは最近で、よく分からなくて・・・」
フーコが言い終わるやいなや、ソナー技師のティアナが入口から入ってくる。
「フーコ~、終わった~?」
ティアナはフーコを見るなり声をかけたが、すぐに何やら人と話しているのをみて、「す、すみませんでした。」と引っ込もうとした。
「いえいえ、大丈夫ですよ。ええっと、ティアナさん。リトル・チーキーのクルーで、ソナー技師でしたね。」
ダニーが話しかけると、ティアナはギョッとする。
「え!?私のこと知ってるんですか!」
ダニーは自己紹介をして、メディア関連の仕事をしていて、リトルチーキーの取材に何度か関わったことがあると伝えた。これは事実である。
「ああ、たまにくる紹介ビデオの会社の人の中にいたんですか!」
ティアナは納得したと同時に、まったく覚えていないことで申し訳無さそうだった。
「す、すみません、仕事の最中で取材班の人たちのことあまり覚えていなくて…」
言いじみたことを口走っていたが、覚えていなくても仕方がない。
なんせダニーがティアナに会うのは実はこれが初めてだ。
ダニーはメディア関係の人物名簿に名前は載っているが、リトル・チーキーの取材の時は完全に裏方の仕事だったので、クルーには数えるほどの人しか会ったことがない。
とはいえ、ジタバタするティアナをこれ以上刺激するまいと、とりあえず「あまり気にしないでください」と言って会話を区切った。
「ねえ、ティアナ。あのD5奥にある立ち入り禁止区域って、なんで立ち入り禁止なんだっけ。」
フーコは何も意図せず唐突に質問した。
ティアナはD5と聞いて、ギョッとしたような感じになった。
その挙動をダニーは見逃さなかった。
(お?こいつは思わぬ収穫かもしれないぞ。)
ダニーはニヤッとしてしまいそうな口元を、ニコニコとしたものへと変えた。
「っえ!?なんでそんなこと聞くの。」
ティアナの表情は、少し不安そうだ。
「いや、行くなとは言われたような気もするけど、イマイチ理由を覚えてなくてさ。」
フーコは思い出そうとする素振りを見せる。
ティアナはちらりとダニーを見てすぐに目を反らす。ダニーはニコニコしているだけだ。
「ええっと、言わなかったっけ。あそこは放射能汚染があってね、危険だから近づいちゃダメだってことになっているみたいよ。」
(そんな話、聞いたこともない。)
こう思ったダニーは、少し揺さぶることにした。
「おお~!?それは大変ですな。放射能汚染とは。こんなに近くでそんなことになって果たして大丈夫なのですか。今この場だって、放射能の濃度が高いってことですよね!?」
どうやらティアナはポーカーフェイスを取り繕ろうとしているようだが、焦っている様子がダニーにも見て取れた。
それを感じ取れるのはフーコも同じだった。
「いや、そんなことはありませんよ。危険ではないから、ここは立ち入り禁止ではないんです。」
「はっは~、そういうものなんですか。ところで、その放射線汚染とやら、メディアには出ていないですよね?」
ダニーは一瞬だが鋭い眼光をティアナへと向ける。その視線の圧にティアナは足を一歩後ろへ運ぶ。
「え、ええっと、私もそ、そこまではよく分からないのですけど、エネルギー開発の関係で、色々と研究中ということらしい、のです。世間ではあまり騒いで欲しくないっていうか…」
「ほお、内緒事、ということですか?そんな事態になっているのに、ですか?もしや、政府は意図的にこのことを隠蔽しようと…?」
「いえいえ、だ、断じて違います。しっかりと、実験していますよって、調べれば出てきますよ!危ないっていうか、危ないかもって感じです。今のところは、危険とかないんです、ハイ!」
ティアナは自分で何を言っているのか分からなくなった。
ダニーの中では、これはティアナが何かを知っている、ということは明らかであったが、もう少し突っついてボロを出させようと考えた。
「へえ、そうなんですね。それにしても、新たなエネルギー開発の研究ですか。それはそれで面白いドキュメンタリーになりそうですな!是非とも取材させていただきたい!」
ティアナはもはやポーカーフェイスは保てず、生唾を飲み込み鼻息が荒くなり、汗をかき始めていた。
「ああー!」
フーコが突然、何かを思い出したような声をあげる。
「もうこんな時間じゃない!ほら、ティアナ、もうヤバいよ、予約の時間過ぎてるじゃない!すぐに車を寄せに行って!レストランに電話もしておいてね!私もシャワー浴びてくるね!外で待ち合せましょう!」
フーコは早口でべらべらと喋ると、ダニーの方を向き直る。
「ダニーさん、ほんっっっっっっっっっっっっとうにごめんなさい!もう次の予定があって行かなければいけないので、お先に失礼します!」
フーコは頭を深々と下げる。
「まだ私以外の訓練生のインタビューが済んでいませんよね!適当にそこらの訓練生を捕まえてください。みんなにも協力してもらえるようには言ってありますから!あ、ほら、ティアナ、なにをボーっとしてるの、早く、早く!」
ティアナは「は、はい!」と返事をしてささっと出て行ってしまう。
フーコもささっとシャワールームへと走って行った。
体力がすっかり回復した訓練生たちもその様子をみて、ポツンと取り残されたダニーに視線を向けた。
(チッ逃げられたか。フーコ教官は何も知らないと踏んでいたが、もしかすると、違うのか?いや、彼女を庇って…)
思惑しながら、このままティアナの所へ行ってもっと問い詰めようかと思ったが、あまり得策ではない気がした。
同時にこのままいきなり帰るのも不自然と思った。
「ええっと、訓練生の方々、インタビューをお願いしてもよろしいですか。」
ダニーはニコニコしながらペコリと頭を下げた。
ダニーはあくまでも軍の格闘訓練生ドキュメンタリー番組の製作者を装う必要がある。
マルクスがやってきた。
「ダニーさん、俺のこと、カッコよく映してくださいよ!『カオスファイターの英雄、格闘の才能も開花か!?』みたいな見出し、どおっすか!?」
ダニーは一瞬口が空いたまま塞がらなかった。
(お、お前が一番ボコボコにやられてて、挙句の果てには女の子の訓練生にだってボロボロに負けてたじゃないか・・・それをカッコよくって・・・)
しかし、熟練のジャーナリストのダニーは完全に開き直り、「任せとけ!」とだけ伝えた。
____________
フーコはティアナと外で会うと、一緒に車に乗り込む。
実は行先は決めていなかったが、とりあえず老舗のレストラン「Le Kitaro」へ行くことにした。
マリアンヌには、今日だけティアナと出かけてくるから、家で大人しくしておいて、とだけ伝えて出てきた。
ティアナとフーコは少しの間黙っていたが、フーコが溜息をつく。
「…それで、嘘つくのがすっごく下手クソなティアナお嬢さんは、何を隠しているのかな?」
フーコの質問に、ティアナは「うう~ん」と困ったような顔を見せる。
「言っておきますけど、私があそこでなんとかしかなったら、あなた、なんの秘密かは知りませんが、隠し通せていなかったと思いますが。」
「い、いや、ほんとゴメン。それと、さっきは助けてくれてありがとう!でも、言えない、ごめん!このこと話したら、私クビになっちゃうかもなんだもん。」
フーコはティアナのことを不機嫌そうに眺める。
「ふ~、まあ、トラブルの予感しかしないわね。じゃあ何も聞かないわ。でも、そのことを知っているのは、もしかしてリトルチーキー全員なの?私も余計な詮索をしないように気をつけなきゃいけないから、それだけは教えて。」
「え、ええ。全員、と言っていいわね。もちろん、船長及び政府関係者と、あれに関わる科学者たちも。」
「科学者?なるほど、そういうヤバそうな類のものなのね。」
「え、あ、うん。」
「…あんたさ、本当に秘密を守るのに、向いてないよ。」
フーコがそういうと、ティアナは「あああ、私のバカ」と頭を抱えた。フーコはまた溜息をついた。
ダニーがクタクタになって出てきたのは、フーコとティアナが出て行ってから数十分後である。
マルクスがしゃしゃり出てきて色々と喋っていたのもあるが、そのマルクスはマリーに何度も皮肉を言われ、それをマグワイアがあまり言い過ぎちゃあいけないよ~、と入り、ドタバタしていたので余計に疲れたのだ。
だが、ダニーはティアナを逃がしてしまったことは惜しいとは思っていなかった。
ティアナが何かを知っているとの確信はあったが、恐らくこの情報はリトルチーキーのクルーで共有されているような内容であろうと考えたからだ。
なんせ、ティアナはオペレーターである以外に特に政治的な絡みがある女性ではない。そんな女性が機密情報を知っていて、恐らくだが機密保持契約を結んだのであれば、それは何らかの理由でリトルチーキー内で共有されたからであろう。
(そうであれば、やりようはあるな。)
ダニーは電話を取る。連絡先はセブン・タイムズではない。
「もしもし…」
電話越しに女性の声がする。
「グレース、あんたの出番だぜ。」
第70話『潜入!第一入船ホール ③』に続く。
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