第70話 潜入!第一入船ホール ③

 休日だったその日の昼時、リトル・チーキーの操縦手バリーの息子であるハリーは、出張先で一人温泉旅行を楽しんでいた。


 もちろん、天然の温泉ではないが、オムニ・ジェネシスの動力エンジンの産む熱を利用して水を温めポンプで組み出し、廃棄ミネラルをフィルタリングして再利用したものを混ぜた、天然温泉と遜色ないクオリティの仮設温泉だ。


 もちろん、節電を主とするこの船においてはかなり贅沢なものなので、金持ちや身分の高いものしか入ることはできない。


 風呂上がりにカフェでビールを飲んでいると、テーブルの向かい側に清潔感あるワンピースの美しい女性が突然座り込んで来る。


 ハリーは女性に見惚れると共に、訳も分からずで呆気に取られる。


 しかし、その女性が次に発した言葉はハリーを完全に凍りつかせた。


「裏口入学、資格偽造、国家試験でのカンニング。それと、女性に薬を飲ませてのレイプ未遂、その上で金と脅迫めいた脅しで手打ち。酷いものね、あなた。」


 ハリーはみるみる顔が青ざめていき、ガタガタと震えだした。


(なんだ!?なんだ!?誰だこいつは?一体何なんだ!?)


「あら、心配しなくていいわよ、今のところは。私の名前はグレース・ブラストライト。検事よ。警察ではないからこの場で逮捕することもないわ。でも、あなたが逮捕されたら、キッチリとあなたが檻に入って出てこれないように全力を尽くすとは思いますけど。」


 ハリーは女性の顔をそっと上目で覗き込む。グレースの氷のような瞳はハリーを芯から震えさせた。


 ハリーの顔から汗が吹き出し始める。口にしたビールは頼んだばかりなのに新鮮さが失われたように感じた。


(し、知ってるぞ、この女!有名検事じゃないか。なんだ!?まずいぞ。)


 ハリーは息子は親の七光りでたいした努力もせずに一流大学出身の一流のキャリアを持つ操縦士サポーター、ということになっている。


 親とは違ってなんの才にも恵まれず、親の威光を盾に弱者に威張り散らす絵に描いたような小悪党のドラ息子であった。


「な、何のことだ!何の用だ!」


 ハリーは震えた声で返す。黒く整った髪を何度も撫でている。


「あ、それとね、人を紹介するわ。」


 グレースはハリーの質問が耳に入っていないような感じで、後ろを向いて誰かを招き入れる。男が軽快な足取りでやってくる。


「紹介するわ、『セブン・タイムズ』のダニーよ。」


「こんにちは。セブン・タイムズのダニーです。以後、よろしく。」


 ダニーはタブレットからホログラムスクリーンを照射して、ハリーに見えるように市民IDと名刺を映す。


『セブン・タイムズ出版 編集長 ダニー・グエン』と書かれていた。


 この頃にはハリーの顔からは精気が失せて、青白い顔は固まってしまっていた。


 ダニーはハリーの様子をみて、狙い通りとほくそ笑んだ。


「これはこれは、わざわざ色々と説明しなくても十分にご自分の立場がわかっていらっしゃるようですな。はい、そうです。私はあなたの、全部ご存知なわけですよ。最近この検事さんと仲良くなりましてな。いや流石、。スキャンダルのネタを作る身としては、仲良くなっておいて正解だった。」


 ハリーは目の前がグルグルするような感覚を覚えた。悪いことはバレた時に最もその行為を悔いると言うが、まさにそのような状況であった。


「あなたの父親、あなたがレイプ未遂をした時、政府の金を少し横領して、多額の示談金を支払いましたよね。あなたのお父さん、横領のことがバレたらどうなるかなあ・・・」


 グレースがゆったりとした口調で語ると、ハリーは感覚を失った手でビールの入ったジャグを持ち、感覚を失った唇へと運ぶ


 ハリーは自らの身体が萎んでいくような、このまま消え入りたい白昼夢を彷徨っているかのような感覚を覚えながら、とにかく、「そんな、俺は知らない…」と頭を振りながら、「違う、違う、」を連呼する。


「話を聞きなさい!」


 グレースのよく通る大きな声が響き渡り、ハリーは「ひゃい!」とへんてこな返事をして背筋を伸ばした。


 ダニーは怒れるグレースを少しなだめた。


「ま、まあまあ、私たちがあなたを捕まえようってんなら、もうとっくに警察を送り込んでいますよ。それは分かりますよね。こうして警察を送り込むってわけではないってことは、交渉の余地があるって事ですよ。そこでハリーさん、実はね、一つ、お願いがあるんですよ。」


 ハリーは恐る恐る2人を見る。グレースは相変わらず氷のような瞳だが怒気が伝わってきて、震えが止まらない。ダニーはニヤニヤとしている。


 ハリーの素行の悪さを色々なところから聞いていたダニーは、前から彼に目をつけていた。


 正直なところ、バリーの横領の件に関しては証拠も何もなく、ただのハッタリだった。被害女性と思われる人物がこの時期に不明な経路で大金を受け取っているので、個人で払うには多すぎると思っていたからカマをかけただけだ。


 その後もハリーの調査を続け、裏口入学や経歴詐称や不当な出世のことを調べ上げた。


 しかし、政府と癒着のあった上司がダニーの行動を止めたため、これらのことが表に出ることはなかった。


 ダニーはいつかバリー・ハリー親子をスキャンダルの渦に陥れようと機会を伺っていたのだったが、グレースたちに協力するという約束なので、こちらを優先した。


「そ、それで、なにを協力して欲しい・・・のでしょうか。」


 若干の落ち着きを取り戻したハリーが恐る恐る聞く。


「じゃあ、先ずは、軍事科学及び訓練センター、D5で一体何が行われているのか。知っていることを全部吐いてもらいましょうか!」


 ハリーの顔は、さらに生気を失っていった。






 第71話『潜入!第一入船ホール ④』に続く

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