第67話 幻聴を探れ ④

 次の日、ダニーはまた尾行を始めた。


 予想はしていたが、目的地は前回と一緒らしい。ダニーは同じところに車を停めて観察することにした。


(おや?今日はお嬢さん一人か?昨日みたいに吐いて倒れちまったらどうするんだ?なんかのカルトの儀式か?)


 前回と同じ、壁に手を置いて目を瞑っているだけである。ただし、今回は1人である。前回のようにぶっ倒れてしまったら、そのまま放っておいていいものか・・・?


 ダニーがこんなことに考えを巡らせていると、ジリっとかすかに後ろから音が聞こえた、と思った瞬間には遅かった。


「動くな。」


 頭に何か当たっているようだ。


(しまった!)


 ダニーは脂汗を流す。


「振り向くな。手を後ろに回せ、ゆっくりとな。」


「べ、弁明させてくれ。俺はただ興味があって。」


「黙れ。」


 男は手際良くダニーの手を縛りつけた。そして、すぐにダニーの所持品を漁り、携帯時計と携帯電話を没収した後で、ダニーの目の前に姿を表す。


 サンティティである。


「第7区新聞、『セブン・タイムズ』のレポーター、ダニー・グエン・・・」


 サンティティがダニーのデータを確認していると、車が乗り付けてきた。グレースが降りてくる。


「捕まえたのね。」


「ああ、きみの言った通りだったよ。まったく、恐れ入る。」


 サンティティはこう言いながら、ダニーからは一切目を離さずに、グレースに自分が確認したデータを渡す。


 ダニーは黙って下を向いて、できるだけ二人を刺激しないように微動だにしていない。


「ストーカーの正体は新聞記者だったのね!」


 グレースは意地悪そうな笑みを浮かべた。


「ス、ストーカー!?俺が?」


「いや、ストーカーじゃなくて、単純にスクープを追う新聞記者じゃないの。」


 サンティティが訂正を促す。


 この間、ダニーは自分がここにいる言い訳を全力で考えていた。


 ストーカーである、ということにするのもアリな言い訳かとは思ったが、自分のその後の人生を考えると、大人しく相手の出方を待つ方が良いと考えた。


 ましてやグレースは容赦ない無慈悲な検事。どれだけ不利な証拠を並べ立てられるかわかったものじゃない。


「お前、いったいここで僕たちを観察して、何をしようとしていた。」


 サンティティが銃のようなものを取り出してダニーの額に当てる。ダニーの思考は停止する。


「あ、あ、いや、その、なんか、ええっと、なんだったっけかな。」


 サンティティは銃口をグリグリと額に押し付けて、トリガーにかけた指をピクピクと動かす。


「うわああ、やめてくれ。すまない!好奇心だったんだ!」


「最初に言っておくが、ここではお前が叫んでも、こんな時間に誰も来やしないぞ。監視カメラだって置いてない場所だ。正直に答えることをお勧めするがね。」


 ダニーは観念したように首をうなだれた。


 もう何も考えられない。


 正直に話すことだけが唯一の突破口のように思えた。


 ダニーは偶然車を見かけて、怪しいと思い、昨日今日と尾行していたことを告白した。


「な、何一つ、嘘は申しておりません!!」


 ダニーの必死の訴えを聞いて、突然グレースが、ブッと噴き出してしまう。どうやら笑いを堪えて肩が震えているようだ。


 それを見て、サンティティも釣られて噴き出してしまう。そして、お互い声を出して笑ってしまった。


 ダニーは何が起きているのか分からないという表情でキョトンと二人の笑っている様子を見ていた。


「あら、ごめんなさい。なんかこの人、おかしくて。」


「まったくだね。」


 サンティティは咳払いをして笑いを払拭する。


「まあ、我々もこうして見られてしまったのだから、何をしているのかは言った方がよさそうだね。一応、ここで見聞きしたことは内緒にして欲しいところなんだけれども。」


「内緒にします!一切口外致しません!私は一人であなた方を追っていました!このことを知るのは私一人です!一人でスクープが欲しかったからです。嘘じゃありません!」


 ダニーは土下座した。


 そして、ハッとした。


 他に誰も知らないなら、口封じで俺さえ殺せば秘密は隠せるではないか。ハッタリでも、一人じゃないと言った方がよかった。


(ダニー・グエン。一生の不覚!)


 ダニーはビクビクしていた。


「グレース、どうする?」


 サンティティは相変わらず銃口をダニーに向けたままだ。


「う〜ん、まあ、嘘はついてはいないと思うわ…しかし、よりによって新聞記者とはね。一番騒いで欲しくない人種だわ。そもそも私、嫌いだし。」


 グレースは手を口元において少しのあいだ考えると、思い立ったようにダニーに向き合う。


「あなた、スクープを求めているのよね。それなら、私たちと手を組む気はないかしら。」


 ダニーは一瞬呆気に取られたが、自分に選択肢がないことはなんとなく悟っていた。




 第68話『潜入!第一入船ホール ①』に続く。

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