第64話 幻聴を探れ ①

 夜な夜な『第一入船ホール』周りをうろつく二つの影があった。


 すでに時間は午前0時を回り、オムニ・ジェネシス内は節電モードに入っていた。


 グレースはいかにもお嬢様といったような青いドレスを着てドクター・サンティティを迎えたが、彼はアロハシャツに短パンという格好だ。


 出会った時は、グレースに「デートに行くという体なのに、その恰好は何事か」とサンティティは怒られた。


 2人は、そんなこんなで、オムニ・ジェネシス最北端付近まで来ていた。


「…で、どうなんだい?本当にここから聞こえるの?」


 脳科学者のサンティティは休暇を利用してのお供であり、本来ならばもう寝ている時間だ。グレースがどうしても行くというので付き添うことにしたのだ。


「明らかに強くなっているわ。一応、ハッキリと認識できるぐらいには。」


 グレースは目を閉じながら音に集中するが、特にそれ以上の情報は得られなかった。


「ここまで来ると、完全に話している感じが分かるわ。でも何が言いたいのか、さっぱり分からない。でも、なんとなくだけど、この感じは・・・怒り?悲しみ?」


「なんだい?話し手の感情まで分かるようになってきたのかい?」


「ええ、あと、こっちの方からね。」


 二人はさらに声の主を追っていく。さらに北へ、北へと向かう。そして、グレースにも確実に声の主がどこにいるのか、分かってきた。


「うん、やっぱり強くなってる。というか、もう凄いハッキリ聞こえる。もっとこっちの方が…」


 グレースらは建物には入れないので、壁づたいに音を追っていく。


 ェポ*ニマ€-ʕ⁎ʔビオ…


 オ(*ヰイョ¡*)ー


 ポル’・›-メ👁️‍🗨️


 グレースがさらに集中すると、眉をググッと寄せる。


「何か分からないけど、これは凄く…怒っている…?いや、悲しんでいる…?もう少し、こっちへ行けば…」


 グレースは丁度行き止まったところまで来た。


「ここ、もうほぼ最北端じゃないの?こんなところで一体何が…」


 サンティティはグレースに無理やり付き合わされているようなものだが、何だかんだでグレースが聞いている「声」に興味はあった。


 最初は病気の症状の一種なのではと疑ったが、グレースが執拗に場所によって聞こえ方が異なる、と訴えてくるので、付き合ってきたわけだ。


 グレースの頭には、脳波計と、しっかりとしたものではないが簡素な脳スキャン用のデバイスを取り付けさせてもらった。


 確かに、なぜかは理解できないが、朝でもないのにグレースの脳の動きが非常に活発なのは不思議だ。


(う〜ん、これだとちゃんと分からないな。正確な数字を出してみたいな。)


 簡素な脳スキャンの状況を見ている限り、グレースの脳に多少異常が出ていることは否定できない。気のせいというレベルではないことが分かった。


「ここよ!ここがベストね!」


 グレースは壁に頭をつける。


「結構よく聞こえるわ…もう少し頑張れば、ノイズを抑えてクリアにできるかも…」


 グレースはそう言うと、んんん〜、っと力み始めた。


(ふふ、なんか可愛いな。)


 サンティティはグレースの様子を呑気に眺めていた。


 そのせいで、手元の脳波計と脳スキャンが示す異常事態に気づくのが遅れた。


「ア…ッガ!こ、『声』が、す、すごい、ガンガン…」


 グレースが突然頭を抱えてしゃがみ込む。


 この「声」はグレースの脳へ直接入り込んでくる感じで、グレースの感情を激しく揺さぶった。


「あ、あなた、本当にこれが聞こえないの!?すごい悲しみと怒り・・・」


 グレースは少し苦悶の表情を浮かべながら、ガンガン頭に響く負の声と感情と戦う。サンティティは首を横に振りながら、心配そうにグレースを見る。


「すごくしんどそうに見えるけど、本当に大丈夫?」


「・・・ッフー」


 グレースは無言で鼻息を荒くする。


「こ、こちらからも『声』を送るわ。」


 グレースはもうかなり辛そうだ。サンティティはただただ見ていることしかできなかった。


 グレースは両手を壁につけて目を閉じる。目蓋がぴくぴくと動いている。


(あなたたちは、誰!?)


 グレースが自分からサインを送った瞬間、相手側の声が一瞬止まる。


 戸惑いと驚きの感情が出ているのがグレースには分かった。


 そして、すぐに激流のように何かがグレースに流れ込んで来た。


 その瞬間、グレースは、何かが頭で切れた感じがわかった。そして、生温かいものが身体中にじわっと広がったかと思うと、顔がヌルっとした。


 それが鼻血だと気付いたぐらいの時、そのまま糸が切れた人形のように倒れた。





 第65話『幻聴を追っていけ ②』に続く。

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