第65話 幻聴を探れ ②

 グレースが意識を取り戻し始めていた時、話し声が聞こえていた。


『だから、彼女には関係ないって言っているだろう。好きにさせてあげたらいいじゃないか。』


 サンティティの声だ。


『彼女の容態は分かっているんだろ!?いつ死ぬか分からない恐怖がお前に分かるのか?彼女がやりたいことを僕は手伝いたいんだ。』


 サンティティの声は大分荒くなっている。


『…うるさい!お前の復讐のために、彼女を利用するんじゃない!!』


 初めて聞いたんじゃないかと思うぐらい、サンティティが誰かを怒鳴りつけている。


 すぐ隣には点滴が見えた。


(ここはどこだろう)


 思い起き上がると、頭が痛くなり顔をしかめた。


「あ、目覚めたんだね。良かった。」


 別の部屋から顔を覗かせたサンティティが、すぐに駆け寄ってくる。


 グレースは最後の記憶をたどったが、自分に何が起きたのかを悟るのにそう時間はかからなかった。


「ああ、あれで気を失っていたのね。」


 グレースはそう言うと、今度は自分のいる部屋が初めてみる場所だったことに気づく。


「ここはどこ?」


 サンティティに尋ねる。


「僕の家だよ。」


「…そう。誰かと話してた?」


「あ、ああ、ええっと、電話でね。」


 ふーん、とグレースは反応して、辺りを見渡す。


「…自分の家に、こんなに医療器具が置いてあるの?」


 かなり高そうな機械が揃っているように見えた。


「これだけ立派な設備があるなんて…家で開業でもするつもり?」


 そう言いかけたかどうかぐらいの瞬間、「あれ!?」と大きな声を出す。


 服が変わっている。おや?下着もつけていないぞ・・・グレースは微かに残っている頭痛を無視して起き上がった。


「誰が服変えたの!?」


 グレースは目をパチクリとさせてサンティティを視線にとらえる。


「え!?あ、うん、そうだね、まあ、普通に考えれば僕しか…」


 グレースの顔が赤くなっていった。


「あああ!いや、あのね、鼻血で汚れちゃったからね!それに、吐瀉物が喉に詰まって、吐き出さなきゃいけなかったし!綺麗にするために身体も拭いておかないと…まあ、本当、それどころじゃなかったんだよ。」


「それどころって…」


「いやや、だから、そんな、やましい気持ちとか、そんなんなくて、ね、医者だから、ね、ね。」


 焦って色々と弁解しようとするとサンティティの様子を見て、グレースは一気に気持ちが落ち着いた。


 そうなると、急に可笑しい気分になり、笑いを堪えようとして余計に仏頂面になった。


「歯を磨くわ…」


「あ、ど、どうぞ。隣の薬品でリンスすれば綺麗になります。」


 歯医者へ行った時にあるような小さな洗面台があり、コップが付いている。


 グレースは薬品で何回か口を濯ぐ。


「サッパリした。」


 グレースがそういうと、サンティティはグレースの様子を伺っているようであった。


「あのさ、サンティティって、もう結構な歳なのよね。」


「まあ〜、もちろん、はい。といっても、まだ実年齢55歳ですが…」


「じゃあ、船で生まれたのね。」


「う、うん…」


「裸を見られた私が言うのも何だけど、なんか、やけにウブじゃない?恋人とかはいなかったの。」


「う……ま、まあ、過去にいるにはいましたが…」


「動揺し過ぎじゃない。医者のくせに。」


「医者と言っても、私、脳外科なので、女性の裸を見る機会はないのですが…」


「…そう。もう私、臭わないかしら。」


「え?」


「口の方よ。吐いてから寝てたんでしょ。」


「あ、いや、そうなんだけど。」


「ちょっと嗅いでみて。」


「え、あ、じゃ、じゃあ…」


 サンティティは、顔をグレースに寄せる。グレースは良い匂いがした。


「どう?」


「い…いい匂い。」


 サンティティはグレースと目が合い、赤面する。


「そう、良かった…」


 そう言うと、グレースは少し微笑んで、両手で優しくサンティティの顔を包み込むと、彼の頭を引き寄せて唇を重ねた____。。。


 少し震えているグレースの手に自分の手に重ねると、甘いフェロモンに身体を焼かれてサンティティはクラクラした。


 グレースは震える身体をどうしていいのか分からないまま、赤くなった顔の熱が全身を伝わっていくのを感じた。


 そして二人は抱き合った。






 第66話『幻聴を探れ ③』に続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る