第63話 美華の名を継いだ者 ④
フーウェイは道場に着いて一瞬構えた後、ちょっと待て、と言って準備運動を始めた。
ウールはその様子を呆れてみている。
ウールとしては、老人をいじめる趣味はない。
(人知れず格闘技を続けて、小さな世界で最強のつもりか。せめてもの情けで、銃火器は使わずに、この手で一瞬で殺してやるか。)
ウールは老人の首をへし折りケリをつけるつもりでフーウェイに近づく。
その瞬間、フーウェイは急に腰を落として、ウールに向かって静かに、そして高速で間合いを詰める。フーウェイの顔は完全に横を向いたままだ。
不意をつかれたウールはフーウェイの縦拳を食らう。不意はつかれたがギリギリ見えていたので、意識は保てた。
ウールは急に鼻息を荒くして距離を取る。
「こう見えても、相手の力量を見誤ることはあまり無いんだがな…」
ウールは上唇から流れる血を舐めた。
「心配するな、お前は十分すぎるぐらいに強い。」
(浅かったか…)
フーウェイは不適な笑みを浮かべる。
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一方、メトロと対峙するマリアンヌは、イマイチ踏み込めないでいた。
相手の構えは隙が多く、特に身軽そうでもなく、構えの重心の掛け方も達人のそれには程遠い。かといって、女性の割にはガッシリしているという程度で、特に体格が良いわけでもない。
しかし、不気味な気配を感じる。
(銃?それとも…?)
マリアンヌはメトロが銃を構える姿勢を見せたら一気に間合いを詰めて、一撃目の銃の射線を横のスモールステップと肩甲骨と腰骨を使い上半身の捻りのみで外し、渾身の一撃を決めるつもりだった。
一方でメトロは、マリアンヌが攻撃を仕掛けてきたら、袖に隠した暗器でマリアンヌを切り裂こうと考えたが、わざと隙を見せてもなかなか警戒して入ってこない。
2人は、一定の距離で僅かな進退を繰り返していた。
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一方で、ダミアンは攻撃の手を考えていた。
マニーシャもダミアンも、お互いに防弾スーツを着ているため、恐らく銃は無駄な隙を生むだけで意味がない。
それに、マニーシャはすでに中段で刀を構えている。
「あら、あなたは銃は使わないのかしら?」
マニーシャはジリジリと間合いを詰める。
ダミアンは腰から電磁トンファーを出す。
「面白そうな武器ね…そんな武器、訓練では見たことないわ。」
「…暗殺用じゃねえからな。」
ダミアンは身体を前後するステップでマニーシャの刀を誘う。
マニーシャはその誘いに乗って、スタンダードなステップを踏んで綺麗な上段を放つ。
ダミアンは、それを片方のトンファーで受けながら、もう一方の手でマニーシャ脇腹へ電磁トンファー突きを叩き込もうと間合いを詰める。
(懐に入った!入る!)
とダミアンが思った瞬間、頭に強い衝撃が走り、ダミアンの頭が吹っ飛ぶ。
マニーシャはダミアンが懐に入ってきた瞬間に、刀を反転させ柄の部分を突き出しダミアンのこみかめにヒットさせた。カウンターで入ったため、ダミアンは頭がグラグラと揺れる感覚を覚えた。
気がつくと、マニーシャが刀を肩に置いてもう片方の手で銃を構えてダミアンの頭を撃ち抜こうとしているのが見えた。
ダミアンはかろうじて頭から射線を外し、距離を取る。
その瞬間、マニーシャは銃を連射するが、ダミアンは手で顔を覆っていて、キン、キン、と音が鳴り、銃弾は跳ね返された。
「刀で切りつけた方が良かったかねえ…銃は慣れないねえ…」
マニーシャは銃を捨てて、また両手で刀を構え、またしても上段を打ちつけてくる。
ダミアンはトンファーで受けようとしたが、その瞬間、刀は蛇のようにうねりトンファーを擦り抜けた。
マニーシャは腕と肩をしなやかに使い、刀の軌道を瞬間的にズラしたのだ。
ダミアンは肩から下腹部までをバッサリ斬られた。
「ガアア!」
ダミアンが悲鳴を上げる。
「ああ、やっぱり新型の刀、なんでも切れるねえ…」
マニーシャは倒れたダミアンを眺めながら血のついた刀を拭き始めた。
マリアンヌがチラリとダミアンの方を見た。
(今だ!)
メトロが前蹴りを放つ。
マリアンヌはこれをステップバックをして交わし、そのままカウンターの素早いステップインをして中段突きを放ち、これがメトロの溝落ちに決まる。
メトロの身体はクの字になり後ずさりしてそのまま倒れた。
「ダミアン!!」
マリアンヌがダミアンの方へと向き直り、駆け出し始めると、段々と脚の自由が効かなくなる。
そして数歩も歩くと、ついには倒れ込んでしまった。
「ゴホ、ゴホ、エ、エゲツない突きを打つババアだな。このスーツ、ある程度は衝撃吸収するんじゃなかったのか。」
メトロがふらりと立ち上がる。
(身体の自由が効かない…なんで)
マリアンヌが困惑する。
「毒が回ったか。後数分の命だ。恨みはないが、すまんな。」
メトロは呼吸を整える。
マリアンヌはダミアンに手を伸ばそうとする。ダミアンも瀕死だ。
「ウールの旦那が遅いねぇ。見てこようか。」
マニーシャはメトロを引き連れて道場の方へと向かった。
(姉さん…これは解毒剤です…)
ダミアンは最後の力を振り絞り、マリアンヌに解毒剤を注射する。そして息絶えた。
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「ぜえ、ぜえ、ぜえ」
フーウェイはウールに力で圧倒されていた。しかし、決定打は避けていた。
「世界は広いな…こんな凄い男がいるとは。」
ウールはフーウェイを惜しみなく賞賛した。
(クソ、イメージに身体が追いついていかねえ。動きは見えてるんだが…)
フーウェイはウールの打撃を受け流しているが、完全にはできず、それは老人の身体にはダメージとして残る。
「…な、なぜだ?」
フーウェイはウールに問う。
「何がだ?」
「なぜ、悪に加担する?お前のような奴ならば、何をしてもそれなりの成功を収められたであろう。」
「…フン、逆にお前に問いたい。お前はこれほどの力を持っていながら、名を売らず、こんな田舎の道場で数人の弟子を相手に貧乏暮らし。更には無料で受けられる再生治療まで放棄している。」
「…最高の人生だったぜ。最愛の妻と、最高の弟子たちに囲まれてな。」
「そういうのを、つまらん人生というんだ。」
「…答えてくれてありがとうよ。」
「?」
「よーく分かった。お前は愛も友情も知らねえ、悪いことをしてねえと居場所のねえ、寂しい人生を送ってる奴だってことだ。」
「…フン、いくら吠えても、こうしてお前は俺に殺されかけている。負け犬の遠吠えにしか聞こえないな。」
「そうかよ、じゃあ、とっておきを見せてやる。」
(もう生命エネルギーは尽きかけてるんだがな…)
フーウェイはいつもと同じ、低い構えを取る。
その瞬間、ウールの背筋が凍った。
(なんだ?さっきと構えは同じなのに、もの凄いプレッシャーだ!)
「へえ、分かるのかい。こいつはちょっと特別だぞ。人に撃つのも初めてだ。」
(…ハッタリだ!こいつにはもう何の余力もない!)
ウールは冷や汗を掻きながら、自分にそう言い聞かせ、意を決して渾身の一撃を放つために飛び込んでいく。
次の瞬間、轟音と共にウールはおおよそ10メートルは後ろに吹っ飛んでいた。トラックにでも轢かれたような衝撃だ。
一瞬だが、意識も飛んだ。
「ウグ、ッグ、な、何をした。け、決して当たってないぞ…」
ウールはブルブルと震えながら立ち上がった。
「お前の勝ちだ。」
こう言うと、フーウェイは倒れた。
ウールは脚を引きずりながらフーウェイのところまで歩いていく。
「もう何も残っていない…好きにしろ。」
フーウェイは口以外はピクリとも動かなかった。放っておいてもこのまま死んでしまいそうである。
ウールは止めの一撃を入れるために構える。
「お前は、俺が戦った中で、最も強い男だった…全盛期のお前なら、恐らく俺は…」
ウールは拳を構えて言った。
「…お前、結局一回も武器を使わなかったな…やっぱり、悪者になりきれてねえじゃねえか。早いとこ、こんな組織抜けろよ。」
「お前には分からないかもしれないが、俺には俺の目指すところがある…
「悪いな、もう弟子は受け付けてねえんだわ。」
これがフーウェイの最後の言葉となった。
(思ったよりも、早く行けるぞ、
フーウェイは運命を受け入れた。
ウールが止めの一撃を入れると、その様子をマニーシャとメトロが見ていた。
ウールが脚を引き摺りながら歩いているのを見て驚く。
「旦那がこんなに苦戦するなんて、とんでもない奴だったんだねぇ。 」
マニーシャは素直に倒れている老人に感服した。
「任務完了だ。裏切り者は制裁し、目撃者も…静粛…」
「『No.6』の首は持って帰るとして、他はどうします?」
メトロが質問する。
「放っておけ。ボスはターゲット以外の人間に関心がない。残りの人間には、墓を作ってやろう。」
ウールの提案にマニーシャは驚いた。
「どういう風の吹き回しだい?アタシは面倒だから、もう帰るよ。」
「分かった。俺1人でやっておく。」
ウールはその日、身体中の痛みに耐えながら何時間もかけて道場裏に墓を作っていたという。
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丸一日経ってからマリアンヌは目覚めた。
解毒剤は効いていたが、打つのが遅くなったので、回復に時間がかかってしまった。
墓を覆っていたのがほとんどが砂利だったため、マリアンヌは掻き分けて進み地面に出ることができた。
(墓…これはあの男が…)
朦朧とする意識の中、かろうじて男に連れていかれた記憶が残っていた。
(そして、あの毒針の女…踵に仕込んでいたノカ。)
マリアンヌは道場の地下に置いてあった、若返りの再生医療ポッドの設定をする。
(今のままではアイツらには勝てナイ。全盛期の身体まで戻さないと…記憶を保ちながら全盛期まで細胞を若返らせるのに、今の年齢からだと約30年か…あいつら、絶対に許さナイ…
マリアンヌは、ポッドへと入り、長い眠りについた。
第64話『幻聴を探れ ①』に続く
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