第45話 人間 VS AI ②

「それでは、開始まで5分!諸君らの健闘を祈る!」


 ビリー将軍が檄を飛ばす。


 人間 VS AIのこの試合は、ブラックワーム殲滅モードでの勝負となる。


 単純に、ブラックワーム殲滅数の多いチームが勝者となる。


 難易度は『背理はいり』と呼ばれるマックスレベル。

 一般には公表されていないモードである。


 このモードでは、360度全域に波のようにブラックワームが配置されていて、最初から絶体絶命の状況で始まる。


 一昔前ならば、「ムリゲー」を超えて「クソゲー」と呼ばれていてもおかしくない。


 人間チームの作戦はシンプルである。


 球体のような陣形を組みながら、なるべくブラックワーム軍団の攻め手が薄いところへ集団で移動しながら戦う、というものだ。


 だが、このシンプルな作戦を遂行すること自体がすでに神業を要する。


 攻撃を避けながら、進行方向のブラックワームを蹴散らし、最もブラックワームの攻撃が緩い方向へ全員で陣形を保ちながら進む。


 当然、ブラックワームもこれに合わせて動くので、方向転換は臨機応変に絶え間なく行うという至難のステージだ。


「3・・・2・・・1・・・Go、Go、Go!」


 開始と同時に視界が広がり、目の前はすでにリアルに再現された四面楚歌の状態だ。


 ムカデの巣にでも入り込んでしまったかと思わせた。


「47:98:183!目標速度120!」


 最も波が薄い場所を特定した黒豹が三次元座標点と移動速度を進言する。


 ポン、ポン、ポン、とスクリーンの右上にあるメンバーの名前にチェックマークがつく。「了解ラジャー」のサインである。


 陣形を保つために、各自の移動スピードを極力合わせないといけないが、戦いながらなので常に一定の速度ではない。あくまでも、「目標速度」なのである。


 結局のところ、同じような速度で一定方向へ動き、目の前の敵をできるだけ多く撃破することが各個人の役割である。


 目標点の手前に、ブラックワームが集まり出す。黒豹はすぐに方向転換を促す。


「目標地点変更!45:123:275!目標速度280!」


「280!?速いわよ!?制御が効かないわ!」


 マリーが口早に通信する。


「敵の囲みが速い!すぐに現時点を離脱しないと危険だ。避けるのが無理なら電磁バリア貼れ!射撃の正確性はあまり気にするな。撃てば当たる!」


 ポン、ポン、とまたしても「了解ラジャー」サインが届く。


 確かにもたもたしていると、たちまち囲まれて一気に畳み込まれそうである。


 マリーも黙って忙しく敵と応戦しながら陣形の範囲内に収まろうと動く。


 ブラックワームの密度が増していく。


 突破口を開いたのはマリアンヌとフーコのいる方向だ。


 現在チーム内で最も攻撃力の高いのが黒豹で、マリアンヌが二番手、フーコが三番手である。


 しかし黒豹は司令塔にもなっているので攻撃に集中できない。

 実質マリアンヌとフーコが最大の攻撃力を誇っていた。


「105:108:89!目標速度280!マリアンヌ、フーコ、よくやってくれた!」


 黒豹は二人を称えつつも、内心焦っていた。


 AIチームに僅差ではあるが点差をつけられている。


 黒豹は唇を固く結びながら眼前の敵を恐ろしいほど正確なショットで撃ち抜いていく。


 そしてマリアンヌとフーコが開いたヘイブンへと辿り着く前に、チームに早々のピンチが訪れる。


 アカデミー生の一人、モーリスにレッドマークがついた。


 あと一つでもまともに食らえば戦闘不能になるというゲージだ。


 黒豹はすぐに通信を開く。


「モーリス、アベベの後ろへ下がれ。援護に回れ!アベベはモーリスに敵の攻撃が集中しないように庇いながら移動!方向転換をする!205:210:60、速度150だ!」


 ポン、ポン、ポン、と「了解ラジャー」サインが続く。


 モーリスとアベベの負担を減らすために、彼らが進行方向への1番後ろ側になるように動く。陣形が欠けては一気に潰される。


 移動を始めて30秒も経たないうちに、今度は軍人のアブデュラにレッドマークがつく。


「アブデュラ、オットーの後ろへ下がり、援護に回れ!オットーはアブデュラに攻撃が集中しないようにしてくれ。頼む!」


「ら、ラジャー」とオットーが戸惑った返事をする。


「頼む」なんて言葉、黒豹から出てくることは初めてだ。


 俺たちは、恐らく負けている…


 チーム全員の共通認識となった。


 アベベの側はかなり苦しい状況になっているため、もう向こうに負担のかかる方向転換はできない。


 アベベ本人も、なんで自分が生き残っているのか不思議に思うほどだった。


 がむしゃらに目の前の敵を倒しながら、なんとなく陣形を保ってそうな位置に移動しているだけだ。モーリスを庇う余裕などなかった。


 オットーも、総合力ならマルクスやマリアンヌに匹敵する実力の持ち主だが、アブデュラを庇いながらだとかなりの苦戦を強いられていた。


 この時点で、AIチームとの点差は開いてもいないが、埋まりもしていない。


 激しくデータが行き交う中、黒豹はチラチラとAIチームと自軍との点に目を泳がせる。


 戦局は決して良くはない。


 どこかの時点でAIが綻びを見せてくれることを期待していたが、どの機体もレッドアラートが付いていない。


 そして間も無く、モーリスが破壊される。「すみません!」モーリスが叫び、退場する。


 陣形が崩れる。


 続いて、アブデュラがやられ、パートナーを失ったアベベも破壊された。


 数分後にはオットーもやられ、軒並みにメンバーが脱落していく。


「フォーメーション・オメガだ!」


 黒豹が叫ぶ。


 フォーメーション・オメガとは、もはや全方向に対しての攻撃を避けることは不可能と判断し、生き残っているメンバーが固まって一点突破するフォーメーションである。


 このフォーメーションはエネルギーの消費が激しいため、最終局面で使用することになっていた。


 ポン、ポン、と「了解」のサインが出てくる。


 ここからはほとんど個人技の世界となる。


「100:100:100の方向へ、各自マックススピードだ!」


(結局最後に頼れるのは己のみ。)


 黒豹の歯軋りが、乱戦の音の中ほんの少し聞こえたように思えた。彼は誰よりも速く敵陣へと突っ込み、突破口を切り開いて行った。


 もはや点差などへ気を配っている余裕もない。


 見えたら撃つ、見えたら避ける、避けられない時は電磁バリアでダメージを軽減する、そしてエンジンは常に全開、という状態である。


 そして、終わりは突然やってきた。エネルギー残量ゼロである。


 黒豹はここで初めて手を止めて、ハッと我に返る。スクリーンに映るデータを見る。チームはすでに全滅していた。エネルギー残量ゼロまで生き残っていたのは黒豹だけらしい。


 そして、チームの総合点は最後までAIチームに追いつけなかった。


 その無惨な敗北に追い討ちをかけるように、AIチーム側は、いまだに生き残って点数を伸ばしている機体が5機ほどいた。


 ゲームオーバー。


 ポッドの入り口が自動に開く。


 今回の戦いは壮絶を極め、疲労しきったメンバーの半数以上は吐きそうになってトイレに駆け込んだ。何人かは泣いていた。


 黒豹はボーッとスクリーンを眺めたまま動かなかった。


 そんな黒豹の様子に気がついたマグワイアが、言葉をかけようと近づき、まさに口を開きかけた瞬間、黒豹はスクリーンを思いっきりぶっ叩いた。


 大きな音が鳴り響き、皆がギョッとして、え、え、っとキョロキョロする。黒豹はおもむろに立ち上がると、スタスタと部屋を出て行ってしまった。「おい、クロ、」とマグワイアがいいかけたところで、マリーがマグワイアの袖を引っ張る。


「放っておきなさいよ。あの人、尋常じゃないほどこれに賭けてたようだし。」


「・・・ん、んん。」


 唸るようにマグワイアは口をつぐんだ。


 フーコが軽いため息をついて帰り支度を始めた頃、ビリー将軍が入ってくる。


「ご協力、感謝する。えー、今日はこれで解散とします。」


 場の空気がどこか重いことを感じ取ったビリー将軍は、余計なことは言うまいと短く締め括った



 皆が黙って、自分の荷物をまとめてフラフラと帰っていった。


 全員がルームから出た後で、ビリー将軍は最後に部屋を出ていった。出て行く前に、チラりとシュミレーションポッドを一瞥する。


(もうこの中に入ることもないかな。)


 結果、人類最強チームは、AIチームに惨敗。人が操縦するカオスファイターチームは撤廃となった。





 第46話『幻聴の謎 ①』に続く




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