第44話 人間 VS AI ①
AIとの対決まであと一週間に迫っていた。
フーコはシミュレーション訓練前に格闘技の鍛錬をするために、朝早くから軍施設内のジムへと向かっていた。
すると、すでにシミュレーションルームで訓練をしている黒豹が見えた。
(この人、昨日の夜もずっとやってなかったっけ?まさか毎日こんななの?)
フーコは前の晩に忘れ物をしたので、訓練後数時間してからシミュレーションルームに取りに戻ったのだが、この時も黒豹がプレーしていた。
フーコは黒豹が一セッション終わらせるのを待って、声をかける。
「黒豹さん、ずっとやりっぱなしじゃないですか?無理をし過ぎて試合前に身体を壊したら、元も子もないですよ。」
黒豹は水を飲んで、フーコの呼びかけに答える。
「格闘家は、試合前に無理をしないっていうのか。」
「格闘家は試合前に試合がダメになるようなことはしません。無理といえば減量が関わってくるところぐらいです。てほら、目が血走ってるし、おまけに大きなクマ!」
「…そうか、気遣い感謝する。」
というと、黒豹はまたシミュレーションへ戻ろうとする。
「ちょっと!話聞いてましたか!?」
「…ああ。」
「あのですね、チャンピオンの黒豹さんに私が言うのもどうかとは思いますが、体調もそうですけど、そんなに長い間やって、集中力が切れている状態で続けてもあまり意味ないがないのでは?むしろ集中力を欠いたままのプレーのせいで、悪い癖がついちゃうのでは?」
「格闘家なら、そうなのかもな。」
フーコは少しイラっとする。
「格闘家とか関係なく、ふつうぅぅぅ〜に何でもそうだと思いますが。ましてや試合前、ボロボロの状態で出るつもりですか。」
「お前は、それでチャンピオンになったのか。」
「へ?あ、まあ、私の場合は、オーバーワークにならないように色々と工夫して、休息の妨げにならない程度に、反射神経を鍛えたり、動体視力を鍛えたり、柔軟したり、筋トレしたり、やることはやっていましたが…」
「沢山やってるじゃないか。」
「い、いや、いや、断じて違います、それとこれは。とことん追い込む練習ってのは長くはできないんですよ。休息もとっても大事です。ずぅぅぅぅぅぅっと同じことだけを繰り返すなんてことはやっていません。」
(あ〜、でもそういえば、マリアンヌなんか騎馬立ちの移動稽古を六時間続けるとか言ってたっけ。うむむ〜。)
フーコがさも面倒くさそうにため息をつく。
「すまない、別にフーコチャンプの言っていることを無下にしているわけじゃないんだ。」
黒豹はそういうと、どかっと椅子に腰掛けた。
「…多分俺は、AIに負けて自分の居場所を失うのが怖いんだろうな。フーコチャンプが羨ましい。格闘技っていう、人生を賭けたホームベースがあるんだから。」
(人生を賭けたって、なんかいちいち大袈裟だなあ、この人。)
「ええっと、黒豹さんにはホームベースがない、っと。」
「あったよ、昔な。でも失ってから死んだように生きてきた。運よくこの船には乗れたが、自分でも時々思うんだ、なんで生きてんだろうって。きっと、自分の人生に未練があったんだろうな…」
(なんか、一人で語り始めちゃったよ…ていうか、なんなんこの話。私の鍛錬の時間返せ〜。まあいい、もう面倒くさい。)
フーコはこう思うと、ぶつぶつと俺の全てを賭けてどうのとか、後悔の無い生き方がどうのとか語り続ける黒豹の胸をドンっと叩く。途端に、黒豹がむせる。
「ゴホッ、ゴホッ、い、一体何を!?」
「うだうだ言ってないで、もう休みなさい!!あんたの身の上話を聞いてるほど、こっちは暇じゃないのよ!!」
とビシっと大きな声で言うと、黒豹は、「お、おう…」と言って、すごすごと部屋を出て行った。
「これで良し!」
フーコがガッツポーズを取るように拳を握る。よし、これで鍛錬に行ける、と思った矢先、時計の針がフーコの目に止まる。
「ギエエ〜、もうすぐじゃん!私の鍛錬の時間、マジで返せ〜。」
黒豹はその日、三時間遅刻した。
そしていよいよ、人間VS AIの決戦の日が訪れる。
第45話「人間 VS AI ②」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます