第42話 ツール・ド・アース ③

 ジミー・ワンは己の全てをロードレースに捧げていた。


 口うるさい教育ママを黙らせるために学校の成績は最低限は取るようにしていたが、それ以外の時間の全てをロードのために費やした。


 学校は出席日数ギリギリで卒業、理由はもちろん、自転車を漕ぐためである。


 アメリオ大陸の北は旧ザビッツ帝国領で、今は新しい国であるエミソンとロイドア連邦領で分かれており、ジミーはエミソン出身であった。


 この新国がこのようなロードの大舞台でトップ戦線に躍り出るようなことはかつてなかった。


 だからこそ、ステージ185のジミーの優勝は、国をひっくり返すほどの大騒ぎとなった。


 精根尽きた英雄は、来るものたちに抱かれてただただ泣いていた。


 フラフラの身体に脚の鈍い痛み。果たして明日は大丈夫なのだろうかと心配されたが、ジミーはそんなことを一切構うつもりはなかった。


 ジミーはこの日のNo.1を取ったことで、トップと1分57秒差、さらには個人の総合順位を2位にあげた。


 残り60ステージ。


 この時代のサイクリング神と呼ばれるメイトを追い詰める可能性も出てきた。


 この日、世界中のメディアは大熱狂の「ツール・ド・アース、アメリオ大陸初日」をレポートせんと、ジミーに押しかけた。


 インタビュー要請の予約が殺到し、チームのマネージャーとコーチは対応に追われた。もはや神格化したロックバンド再結成のような騒ぎだ。


 しかし、ジミーはブレない。


 長年の夢であった、ツール・ド・アースの総合優勝。ただそれだけだ。


 17歳の時は参加させてもらえなかった。


 下手すれば死者が出るこの過酷なレース。高校を卒業してからこのレースに参加することは母親との約束だった。


 サイクリストは、20代後半から30台前半がピークになるプロが多い。それ以上の歳のプロサイクリストもいるぐらいだが、若いのは少ない。


 若干21歳のジミー・ワンが個人優勝をすれば、歴史的快挙である。


 その日の夜、ステージ優勝を祝うのも束の間、明日の布陣を話し合うための周到なチームミーティングが終わり、ジミーは部屋でゆっくりしていた。


(明日は母国。気候的にも地理的にも有利。ここでタイム差を縮めてやる。)


 ベッドに横たわり、うとうとし始めていた頃。


 ドン、ドン、ドン、と激しくドアがノックされた。ジミーは顔をしかめる。


(いったいこんな時間に誰だ??くだらない用事だったら承知しないぞ。)


 ゆっくりと身体を起こしているうちに、またしても、ドン、ドン、と激しくドアがたたかれる。


「ジミー・ワン。今すぐ開けるんだ!」


 その命令口調にますます腹が立った。


「お前はいったい誰だ!こんな時間になんの用だ。俺はこれから明日のレースのために寝るところだ。お前がどんな用事があるのか知らないが、俺は親の死に目であったとしてもレースは続ける男だ!その男を起こす価値があるほどの事なのだろうな!」


 ジミーは怒鳴り返した。


「『ツール・ド・アース、反ドーピング委員会』の者だ!お前にドーピング疑惑がある!今すぐここを開けなさい!」


「!!」


 ジミーは気が動転してドアを開けると、委員会とやらの人物が3人立っていた。


「今すぐホールへ向かい、そこでドラッグ検査を受けてもらう。それでいいな。」





 第43話『ツール・ド・アース④』に続く。

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