第97話 業の代償 ②

 オムニ歴105年8月27日 午前八時十七分…


 リトル・チーキーを俯瞰的に見渡せる少し高めの台の席で、船長であるコズモが仁王立ちしている。


 その左隣、コズモの少し後ろ側に、副船長のステラが凛とした趣で佇み、右隣にはビリー将軍が軍人らしく背筋をピンと伸ばしてクルーに目を走らせていた。


 操縦桿を握るはバリー。ソナーオペレーターのティアナには、通常であればシフト交代の時でしか合わないミミがサポートについている。電磁バリア担当のロンは常に何かのボタンに目を走らせている。その他にも、船内状況の把握を担当する者、宇宙空間の状況分析に長けている者、普段ならば全員揃って同じ場にいないクルーたちが一同に集まる。


 特にビリー将軍の目に留まっていたのは、リトル・チーキーに新たに追加された席に座るブライアンと、その補佐であるマグワイアである。担当はカオスファイター全般のオペレーションだ。


 リトル・チーキーに、初めてが設けられたと言っても良い。


「新型カオスファイター、スタンドバイモード解除済み、ノズル安全装置解除済み、ブースターユニット装填完了済み、補給サポートユニット『キャピん』出撃準備完了、いつでも出れます。」


 ブライアンの大きな声が響いていく。


「…わかった。ハルモニアの様子はどうだ?」


 コズモは低い声であくまでも冷静そうだ。


「ハルモニア迎撃目標全箇所捕捉。迎撃地点34、75、88、124、158、183にて大型低気圧による嵐が発生中。これらの地点による新型カオスファイターの回線にラグが生じる可能性が予測され、これらの箇所でのミッション達成成功率は2.16%下がり、97.78%となりました。」


 ティアナはハルモニア情報をモニターで確認し続けながらコズモに報告する。


「…この程度の誤差なら放っておいて構わん。ブラックワームたちは?」


「現在のところ、惑星周辺、まばらに数百匹単位で固まっています。惑星内でも、迎撃目標地点に特に変化はありません。」


「…では、全てのフェーズの執行に支障はないな。」


 コズモは声を張り上げるために大きく息を吸う。


「これより、ハルモニア侵攻作戦、フェーズ・ワンを開始する!旧型カオスファイターで迎撃目標地点付近のブラックワームを殲滅!殲滅後はそのまま待機!新型カオスファイターの護衛及びサポートを行う!」


 旧型カオスファイターとは、従来の球体カオスファイターの事である。このタイプのカオスファイターは今回の作戦では宇宙空間戦闘に留まる事になる。


「アイアイ!先陣部隊を発進させます!カウントダウン開始、5…4…3…2…1…発進成功!通信状態は良好です!」


 ブライアンの勢いに合わせるかのように、勢いよく飛び出した旧型のカオスファイターの出撃を皆が見送る。


 この時、クルーたちは知るよしもなかったが、生中継されている作戦の様子に、オムニ・ジェネシス内では大きな歓声が上がっていた。


「いよいよ始まりますね。」


 ステラはコズモの隣で小声で喋る。コズモは「ああっ」とだけ返事をし、ステラを見て少しだけ微笑むが、次の瞬間には前を向いて作戦に集中していた。


 早々に旧型カオスファイターとブラックワームたちの接敵が始まる。


 迎撃目標地点が180ヶ所にも及ぶので、かなり戦力を分散させなくてはいけなかったが、それでも各地点に200以上の旧型カオスファイターを送り出すことが出来ていた。


 数百単位で固まっているブラックワームたちは、瞬殺と言ってもいいほどアッサリと倒される。


「迎撃目標地点2、ブラックワーム殲滅、迎撃目標地点7、ブラックワーム殲滅、迎撃目標地点6、ブラックワーム殲滅…」


 惑星の反対側にまで到達するカオスファイターたちを待たずに、次々と近場のブラックワームたちは駆逐されていった。


 予測されていたブラックワームの援軍は全く来ない。


「はて、ゾアンどもが、随分と大人しくなったようですな。」


 ビリー将軍はモニターに映し出されるブラックワーム殲滅後の各戦闘区域の映像を見て、ゾアンの動向が予想外だったことに驚いているようだった。


「前の戦闘で絶望的な戦力差があることに気づいて諦めたのか?ならば、早めに決着をつけるのが良かろう。各軍事施設を破壊した後で、降参の意思を確認するようにするか。存外あのお嬢さんを利用すれば、交渉が可能かもしれんぞ。」


 コズモが目を細める。


「随分とお優しい心がけですね。戦争をしているという自覚はおありかな。」


「もちろんだ。しかし、流石に惑星全土の大型軍事施設を破壊されたとなっては、もはやヤツらは脅威にはなり得ないであろう。それに、どんな戦争においても、目的もなく戦闘の意志のない者を殺すことはただの虐殺だ。余計に恨みを買うだけで、事後に支障が出る。なあに、仮に降参するフリでもされて不意を突かれても、君が構想し作り上げたカオスファイターたちはそれで負けるようなヤワなものじゃないだろう、ビリー将軍?」


 ビリー将軍は鼻で笑う。


「まあ、好きになさりなさい。もはや勝利は目前です。」


「はやる気持も分かるが、勝利を目前にして思慮を欠いた行動を取るようでは、決して政治が上手いとは言えないのだよ。」


 コズモの口元が二ヤリとした。


 二時間もしないうちに、旧型カオスファイターは惑星周辺のブラックワームたちを一掃した。


「よし、それではこれからフェーズ・ツーへと移行する!」


「アイアイ!ブースター装填式新型カオスファイター出撃!補給ユニットキャピん出撃!護衛用旧型カオスファイター出撃!」


 楕円形の、円盤のような新型カオスファイターが、補給ユニットを引き連れて飛び出す。もっともこの時点では大気圏突入用のブースターユニットを装填しているので、完全な円盤には見えないわけだが。護衛用に、新たな旧型カオスファイターも飛び出してくる。


 それからまた二時間ほどで、新型と旧型カオスファイター、そして補給ユニットは定められた位置に着く。


 この間も、ブラックワームは一切現れなかった。


 本当に諦めたのか?降参の意思なのか?


 コズモの中に疑惑が生じる。


 戦う意思が無いのならば、グレースの言うように話し合って解決することも可能なのか…?


 しかしコズモは、人間たちの醜悪さを知っているので、油断はしない。


 敵の牙は抜いておかないと、いつ噛まれるか分からない。


 コズモは自らの疑念を振り払うように、一際大きい声を張り上げた。


「これより、フェース・スリーへ移行する!新型カオスファイター!補給ユニットキャピん!大気圏へと突入だ!」


「アイアイ!船長!」


 ブライアンの快活な返事がリトル・チーキー内へ響き渡る。







 第98話『業の代償 ③』へと続く

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