第98話 業の代償 ③

 ブースターユニットから火柱が上がると、新型カオスファイターと補給ユニットキャピんは一気に加速して大気圏に突っ込んで行く。


 分厚いハルモニアの大気の厚みに弾かれてしまう懸念もゼロではなかったが、理論上は問題なく突破できるはずだ。


 そんな心配も一瞬で、ものの数分もしないうちに、新型カオスファイターも補給ユニットキャピんも、ハルモニア大気圏内突入に成功し、ブースターユニットを切り離し、ハルモニア惑星に広がる基地と思わしき全ての場所の上空で待機することになった。


「ゾアンの建物識別、ゾアン生命体識別、その他の動植物すべてにおいて高い合致性があります。惑星上空戦闘シミュレーション適合率、99.99%…驚異の数値です!」


 新型カオスファイターにつけられたセンサーの情報は、ソナー技師であるティアナにも共有される。


 ティアナは遠くからソナーで確認した情報には多少の誤差があると踏んでいたが、どうやらそれは間違いだったようである。


 もはや、ちょっとコードを実行すれば、現在ハルモニア上空に待機する新型カオスファイターたちはたちまち殺戮機械と変貌し、ゾアンの基地を破壊しつくすことであろう。


 一応戦う意思がなくなったものを攻撃しないようAIを工夫はしてみたが、究極的には無理な話なようで、停止命令をくださなければ止まらない。


「ここまで来ても、何も出てこないですね?」


 ビリー将軍は流石に惑星に侵入されたらすぐに戦闘が始まる可能性があると思っていたが、少々拍子抜けしてしまっていた。


「もはや絶望的と諦めたか?しかし、軍事施設だけは残しておくわけにはいかない。軍事施設を破壊し、降伏を促そう。その時は、あの引き篭もっているお嬢さんに、出てきてもらおう。」


「ブラストライト家の娘は、果たしてあの様子で協力してくれますかな。」


「協力せざるを得ないさ。なんせ、彼女が交渉の場に立たなければ、我々はゾアンを駆逐し続けるしかなくなるだろうからな。」


「…ふむ、確かに。それでは、出来るだけ早く終わらせてしまいましょうか。」


 ビリー将軍の言葉に頷くと、コズモは新たな命令を下す。


「フェーズ・フォーに移行する!ハルモニア軍事施設の破壊計画を実行する!」


「アイアイ!ゾアン式巨大構造物破壊プログラム、実行します!」


 ブライアンがコードを実行するとカオスファイターは攻撃モードへと移行する。


 もう、停止命令が出るまで止められない。


 惑星に各地で円盤型のカオスファイターからミサイルが飛び出る。


 ドォォォン!!ドォォォン!ドォォォォォォォォン!


 複数の爆音と共にミサイルが炸裂する。


 この爆撃で、軍事基地と思われる巨大な建物は壊滅的なダメージを被る…




 …はずだった。




 ミサイルは、基地の建物に到達する数メートルほど前で爆発しただけで、どの場所の建物も無傷であった。


「え…?」


 ライブ中継である…船内の全員がその様子を見ていた。


 ある者は基地の破壊に合わせてガッツポーズを取ろうと拳を上げている最中だった。


 またある者は口を開けたまま呆然と立っていた。


 またある者は口に朝ご飯を運ぶ手が止まってしまっていた。


 何事だ…!?


 皆が驚いている中、コズモが最も早く意識を戻す。


「バ…バリアか!?」


 コズモの言葉にティアナはハッとしたように我に返ると、すぐにセンサー情報をチェックする。


「い、いえ…電磁バリアの類ではありません…が、せ、生体反応があります。ゾアンたちと混じって、き、気づきませんでした。」


「生体反応だと?どういう意味だ!?」


「わ、分かりません…ただ、基地を覆うように生体反応が…」


 コズモは目を泳がせる。


「ミズナ、何かわかるか!?」


「あ、は〜い、船長〜!なあに〜?ぷりぷりしちゃって〜。」


 クッ、コイツはいつもいつもこんなふざけて…


 コズモは船内カメラを睨みつける。


「ハワワ、そんな怖い顔しないでよ〜。あの生体反応でしょ〜。うーん、よく分からないけど、素早く基地を覆ったわね。マントを広げるみたいな感じ〜?でもこの反応…多分だけど、透明の筋肉みたいな感じよ〜。しかも、めっちゃ硬そう〜。」


「と、透明の筋肉だと!?ふざけてるのか?」


「ふざけてなんかいないわよ〜。筋肉というのか知らないけど、でも覆っているのは生物で間違いないわ〜。硬いわね〜、ミサイルが効かないのかしら〜。」


 ミズナのふざけた調子の声も、船内に生中継されている。


 普段はこのふざけた様子が人気のミズナも、今回ばかりは皆の顔を引き攣らせるだけとなっていた。


「レ、レーザー砲の用意だ。貫通力の高いタイプAを撃て。」


「…あ、アイアイ!」


 本来ならば、エネルギーを大量消費するレーザー砲はモードをオフにして使えないようにしたままの予定だった。それでも制圧には十分なはずだった。


 レーザー砲はあくまでも、何か硬い装甲のものを貫くための最終手段として念の為与えられていた機能である。


 ブライアンは新型カオスファイターのAIにレーザー攻撃を追加する。


 そしてまさにオフのモードが解除されて、カオスファイターがレーザー砲を放とうとした直前、ゾアンの基地から花火のようなものが打ち上がる。そしてそれが一定の高さに来ると、突然大きな光を放った。


 ザ、ザザ、ザザザ、ザー…


 通信にノイズが入った…と思うと、通信が切れてしまった。


「せ、船長…通信が、遮断されました…」


 ブライアンの言葉を聞きながら、コズモは唇を震わせながら、思考を巡らせていた…


 悪夢でも観ているのか…?一体何が起きているんだ?


「げ、原因は…?」


 答えが分かっている質問を投げかけるようなものだ。恐らく、答えを持ち合わせている者がこの場にはいない。


 その瞬間、突然艦内でバカでかい声が響く。


「船長さ~ん!ごめんなさ~い!勝手に出てきちゃって!でも、これ緊急事態だから、許して~。」


 ミズナは勝手に喋るのは緊急の時のみだ。


「ど、どうしたんだ…?」


 コズモは脚も震え始めた。


「あの~、どうやら強力な電磁場が惑星全体を覆いはじめているらしくて~、それで、なんか、カオスファイターもキャピんちゃんも、動かなくなっちゃったって感じだわよ~。」


「EMP爆弾!?そんな!?あの技術力で!?」


 ティアナが勢いよく立ち上がる。


「いや~、EMP爆弾っていうか~、なんか、EMP爆弾リピート・アフター・ミー、みたいな感じかな~。何重ものEMP波状攻撃よ。しかも、さっき、どデカいのかこっちの方向に放たれて、扇形に広がっているのよ〜。」


 この意味を理解したティアナの顔は恐怖で青ざめていく。


「ミズナ、そ、その波が、この船に届いたら、どうなる…?」


 コズモが恐る恐る尋ねる。


「ええっとですね~、最初の一波は電磁バリアで相殺できるけど、まさにパルスのごとく何度も襲って来るから、すぐに二波目が届いて、その時点で私を含めて機能停止するかな~。強力そうだし、何度も食らったら電気が流れてる繊細な機械なんかは全部壊れちゃうかもね~。この船、けっこう精密機械だらけだから~。」


「ぜ、全滅、っか…」


 機能停止した船など、一日も待たずに中まで凍りついて、人類は絶滅してしまうだろう。コズモの顔からは生気が抜けていっていた。


「か、カオスファイターは…」


「もう動かなくなってるわよ~。しかも望遠レンズで観察したら、すでに破壊され始めてるわ。」


「波をかわせ!全力疾走だ!」


「…残念なんだけど~。あと20分ぐらいでここまで到達しそうですね〜。この船って、今ハルモニアの方向いてるし、グルんって回るだけでも早くて20分だし、波のほうが全然早いから、ぶっちゃけもう逃げられません!船長!今までお勤めご苦労様様でした~!」


 ミズナの元気な声が響き渡る中、リトルチーキーのクルーは全員が氷漬けにでもなったかのように固まってしまっていた。


 ほんの数分前まで勝利を約束されていたクルーたちが、今や魂を抜かれてしまったように固まってしまっている。


 どこかで舵取りを間違えたのか…


 それともこれが、私利私欲のために惑星を侵略しようとした報いなのか…


 カルマとは、巡り巡るものなのか…?


「き、今日人類は、滅亡、する……」


 コズモはがっくりを肩を落とした。



 ________________________________



「言っただろ!言っただろうぉぉぉ!俺は警告したんだ!なんで誰も聞かなかったんだ!終わりだ!お前たち、みんな終わりだぁぁぁ!ヒ、ヒ、ヒ、ヒ、ヒ…」


 一方、刑務所内では、不気味な笑い声が響いていた。







 第99話『業の代償 ④』へと続く

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