第99話 業の代償 ④

 営業停止を命じられたある屠畜場ではその昔、牛を一列に並べて、前の牛から徐々に殺して喉を掻っ切り釣り上げて牛肉の処理をしていたという。


 前列で抵抗もせずに迅速にかつ無残に殺される同胞を見て、後列にいる牛は暴れることも抵抗することもせず、ただ力なくうなだれるだけだったという。


 絶望の終焉の時を静かに迎える時、動物は無抵抗となる。


 リトル・リーキーのクルーだけでなく、船内のほぼ全員が呆然とし、近くに誰かがいる者は、互いを弱弱しく抱きしめていた。


 強力な電磁場の波が船を襲うまで19分。


 ミズナの報告から一分しか経っていないが、コズモには永遠に等しい長さに感じられた。


 いつの間にか座り込んでいるステラの手を取り、自分も座り込んでいた。




 何も感じられない無機質な世界のなか、突然けたたましい声が聞こえる。



「あ、あぁぁ~~~!!!みなさん、聞こえてますか!?コズモ船長、聞こえますか!オムニ・ジェネシスのみなさん、聞こえてますか!?」


 声の主はミズナであった。極度にふざけた感じがしないのが、彼女らしくはなかったが。


「みなさん!ボーっとしている時間はありません!この船をハルモニアに不時着させます!リトル・チーキーのクルーはよく聞いてください!」


「…み、ミズナ?一体なんの真似だ。」


 力が入らないコズモがかろうじて返事をした。


「コズモ船長、私はAIのミズナじゃありません!ミズナです!ミズナ・シルフィ・マチャコフです!初めましてじゃないけどね!」


 コズモの目に、生気が戻ってくる。少年、いや、もはや幼少期のころ、遠い遠い昔に、そんな名前の人がいた気がする。


「ほら、みんな、さっさと起きて!お願いだから今から言うことを聞いて!コズモ船長、積もる話は後よ!」


 リトルチーキーのクルーがお互いを見合いながら、少しづつ立ち上がり始めていた。


「もたもたしない!あと17分しかないんだから!いい、よく聞いて!この船は、一時的な精密機械の動作不能に備えての、マニュアル操作があるの!レトロな仕組みのエンジンの点火や方向の切り替えぐらいならできるの!ただ、マニュアルだから、操縦士が残る必要があるわけ!私がAIのミズナに頼んで、すでに不時着軌道にこの船を動かしているわ!でも、EMPに当たるとAIはもう機能不全になるから、その後は誰かがマニュアルで動かすしかないの!ここまでは分かったわね!?リトル・チーキーの人たち、わかった!?」


「……」


 唖然としてしまって、誰も喋れていない。


「なに惚けているのよ!操縦士!返事しなさい!」


「あ、あ、はい!」


 バリーが返事をした。その声に感化されてか、みんなの意識がよりハッキリしてきた。


「よし!操縦は優秀なパイロットが一人いればいいわ!」


 バリーとコズモは互いに目があった。


「あ、一つ言っておくけど、この操縦者は、自力でかなりのGと着陸時の衝撃に耐えなきゃいけないからね。相当な衝撃になると思うわ。もうハルモニアスーツを着ている暇はないから、相当危険なミッションよ!」


「それなら、もちろん俺がやる!」


 バリーが即答する。


 コズモが目をギラつかせる。


「バカを言うな、俺も元々一等パイロットだ。それに、この船は俺がリーダーだ。俺が操縦する。」


 コズモがバリーに対して叫ぶ。バリーはコズモを無視してミズナへ問う。


「俺は特一等パイロットだ。俺は死んでもいいが船長はそうはいかん。俺なら安全に不時着させられる。どうすればいいんだ!?」


「話が早くていいね!マニュアル用の操縦はコズモ船長の席でできるわ。設定も任せて!コズモ船長は我儘いわないの!」


「ふざけるな!この船のために命を張るのはこの俺だ!」


 コズモが相変わらず吠えているそばで、バリーがずかずかとコズモの元へとやってくる。


 コズモはバリーを突き飛ばそうとしたが、交わされて、代わりにコズモの身体にかつてない衝撃が走る。


 バリーの手にはスタンガンが握られていた。


 ステラがキャっと叫び、「何をするの!?」と問うと、「心配ねえ、気絶しているだけだ。」と言う。


「へへ、こんなもの持っているの、怪しいと思うか。これはな、息子が携帯していたのを俺が奪ったんだ。こんなもんで何をしようとしていたのか…俺は、親として失格だ。だから、せめてバカな息子の前では、かっこつけさせてくれ。」


 バリーがスタンガンを見つめる。


「もぉぉぉぉ~!どうでもいいけど、お願いだから余計な事で無駄な時間を使わないで!後15分よ!モタモタしないで!自動操縦マニュアルはもうモニターに映してあるからね!」


 ミズナはとにかく早口で捲し立てる。


「すぐにコズモくんをポッドに運んでいって!というか、関係ない人は、みんなコールドスリープ用のポッドに入って!ポッドを閉めたら、自動的に酸素吸引が可能な粘着性水溶液が出るようにできてるからね!それが不時着の衝撃も吸収してくれるし、安全よ!」


 ミズナは息継ぎをして、また怒涛に喋り出す。


「ついでに言うと、水溶液そのものが皮膚とか肺とか消化器官に付着して、そのままハルモニアスーツになるからね!マニュアルをポッドの中で読めるようにしておくからね!あと、EMPが届く直前に、この船の内枠の回転のブレーキをかけるわよ!最終的には勝手に止まるわ。居住区が不時着時に下に来るようには出来るからね。あと、ポッドに入っていなかったら吹っ飛んじゃうから、間に合ってね!あ、あと、重要なことが!」


 ミズナは一気に喋りすぎたのか、少しハァ、ハァ、と言っている。


「いい!?第七区を切り離すわ!この地区で保存されている反物質が制御を失うと、危ないったらありゃしないからね!今から全速力で第七区と他の区の間を行ったり来たりさせる交通機関を回すわ。乗り物に乗り込めば、自動的に空いているポッドで降ろしてくれるようにするから!第七区の人たちは特に急いで!」


「ちょっと!手短に船内放送させて!」


 緊迫した状況の中、ステラが急にミズナの言葉を遮る。そして、すぐに何かを操作しながら全オムニ・ジェネシスの住民に聞こえるように船内放送を繋ぐ。


「現時点でポッドに入っていない人がいたら、すぐにポッドを見つけて入って!すべてのロックされているドアは立ち入り区域だろうが関係なく開けました!開いているポッドがあるところは立体ホログラムマーキングと導線もつけたわ!サインを追っていけばポッドがあるわ!みんな、今すぐポッドへ向かって!」


 ステラはこれだけ言うと、後は任せたわ!と言って、自分もポッドに入り始めた。


 事実、船の中のほぼ全員がこの時点では状況を把握しポッドへと入り始めていた。


 コズモはクルーに運ばれ、リトル・チーキーのすぐ外のポッドに入れられた。


「残り8分!私もそろそろポッドに入るわね!最後に…!不時着後は、しばらくの間落下物があるだろうから、簡単には開けないでね!それと、EMPで機械が破壊されたら、この船内放送ももう出来ないわ!出来るだけ早く復旧するようにはしますが!いい?何があるかは分からないけど、各自、自分で判断してやっていくしかないわ!とにかくみんな、生き残って!私からはそれだけ!後、私のメッセージは、EMPを食らうギリギリまで自動ループさせるからね!」


 ミズナはそう言うと、自分の部屋についているポッドの中に入り込んでいった。






 第100話『業の代償⑤〜Vol 1 _finale』へと続く

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