第100話 業の代償 ⑤ 第一部 Finale
EMPと思われる発光により新型カオスファイターとの通信が切れる五分ほど前…
グレースはベッドに横たわりながら、隣で心配そうに彼女の様子を見つめるサンティティと手を繋いでいた。
ここ数日、酷い頭痛に悩まされて、寝たきりの状態になってしまっていた。
壁に内蔵されているテレビのモニターには、新型カオスファイターが大気圏を抜けてゾアン基地上空で浮いている様子と、それを見て歓喜の雄叫びをあげている民衆との映像が交互に映し出されて
その様子を、グレースは悲しげな瞳で見つめている。
「消しちゃおうか、こんな番組。」
グレースの様子に気がついたサンティティがリモコンに手を伸ばそうとする。
「待って…」
グレースが制止する。
「最後まで…見届けなきゃ。」
グレースのその言葉を聞いて、二人は無言でスクリーンを眺める事にした。
間も無く、ミサイルが打ち出される。
…これで終わりか、と思ったら、傷一つつかない建物に、二人は思わず顔をしかめる。
その後、カオスファイターと連絡がつかなくなった、と生中継で混乱が入る。
そして、AIミズナからの突然の船内緊急放送…強力なEMPが迫っている、と。
「え…?」
グレースとサンティティはお互いを見つめて、両手を取り合っている。
「この作戦、失敗…したの?」
信じられないという様子で目を泳がせる二人。船のほとんどの人間がそうであったように…
それも束の間、今度は消息不明とされていた天才科学者ミズナ本人だという人物が、船を不時着させると言い始めた…
「…た、大変だ!すぐにポッドに入らな…」
サンティティがそう言った瞬間、グレースは起き上がり、サンティティの肩を強く掴む。
「お願い!私を彼らのところまで連れて行って!」
グレースの目を見つめると、その力強さに抗える訳がなく、サンティティは頷く。
すぐにグレースをおんぶすると、サンティティは全力でスペッツ、マンゴー、ミドリコニトの三体が閉じ込められているD5へ向けて駆け出し始めた。
その間に、グレースが脳波でコミュニケーションを図る。
〔作戦、失敗、ゾアン、無事!〕
【………ドウイウ イミダ?】
今までずっとグレースを無視し続けてきたスペッツが返事をした。
〔攻撃、失敗、船、ハルモニアに落ちる〕
一瞬困惑した感情が読み取れたが、すぐに理解したのか、突然ノイズが流れる。
【ゞゞゞゞゞゞゞゞゞ】
スペッツを始め、ゾアンたちが飛び跳ねて喜んでいる様子が伺えた。
当然と言えば当然…自分の種を大虐殺しようとしていたエイリアンが失敗した、というのだから。
〔…今、私がそこへ行く。船、揺れる。危ない。安全な場所、入る〕
【ワカッタ…】
複雑な構文はまだ無理だが、もうかなりの言葉を覚えていた。
サンティティは息も絶え絶えに、残り7分のところで第一入船ホールにまで辿り着いた。
「ゼエ、ゼエ、つ、着いたよ!」
サンティティは息を切らしながら、グレースをおぶったまま第一入船ホールとゾアン研究のために併設されていた研究所の間の扉の前まで来た。
「ありがとう!この扉を開けて!中からじゃ開かないの。」
「分かった!」
サンティティは少し離れてグレースを降ろすと、扉の前のハンドルバーを握る。思っていたよりも重たい。
「ぐぐぬぬぬ、なんだこのレトロな扉は。ハンドルバーで開ける扉なんて、何時代のドアだよ!?早く一緒にポッドに入らないと〜!」
〔みんな、聞いて!これから、船、揺れるから、みんなポッドに入る。そこなら、安全。〕
【…ワカッタ。コキョウ、カエレル…アリガトウ。イッショ、ジョオウ、アイニイク。ハナシアウ、デキル。】
〔ごめんなさい、それは…無理そう。〕
【ムリ?ナゼ?】
〔私、もう少しで、死ぬから。〕
【シヌ?ナゼ?】
グレースは一生懸命に扉を開けようとするサンティティを眺めてから、俯いた。
〔病気…脳の〕
【…ビョウキ?サンティティ、イシャ?】
〔サンティティも、治せない…ごめんなさい。これからが大事な時なのに。私はここまでしか…〕
ゾアンたちは互いに向き合うと、マンゴーがブラックワームの死骸のところへ飛んでいき、何かを取り出しているようだった。
同時に、ゼーゼーと息を切らして、やっとのことでサンティティがドアが開く。
オムニ・ジェネシスの回転にブレーキがかかるまで、残り五分。
ゾアンたちがドアから出てくると、その迫力にサンティティは尻餅をついてしまった。
マンゴーが手に何やら透明のゼリーのようなものを持って、グレースにズンズンと迫っていく。
「な、何をする気だ!」
サンティティが立ち上がる。
「待って!敵意は…ないわ。」
グレースがサンティティを嗜める。
マンゴーは透明のゼリー状の物体をグレースの頭に乗っけると、その物体からネバネバとした粘液が出てくる。
【マンゴー、イシャ、ドウブツ】
マンゴーが翳した粘液はグレースの頭に完全に吸い付くようにへばりつき、粘液がボタボタと垂れて、グレースは目を瞑りながら顔の粘液を手で払う。
次の瞬間、グレースは粘液お構いなしに目を見開いた。
「うぎゃ!!?」
【ジュ&^$イモ】
マンゴーが何かを言うと、すぐにスペッツとミドリコニトがグレースのところまで駆けて行って、彼女の手足を抑える。
「ぎゃああぁぁぁぁぁぁぁあ!!」
グレースが絶叫する。
何が起きているのか分からないサンティティは、やめろ、やめろ、と言ってゾアンに殴りかかるが、サンティティのことは完全に無視している。ゾアンたちはそれどころではない、という感じだ。
【ノイズ…コレカ!】
マンゴーは何か物凄く集中しているようだ。
暴れ回るサンティティを、ミドリコニトが片手で抱き寄せて動けないように固定した。
「がぁぁぁぁぁああああ!」
グレースは相変わらず叫び声を上げている。
「やめろぉぉぉぉぉ!」
サンティティも叫ぶ。
【ガマン…】
マンゴーはグレースに語るように喋ってはいるが、当の本人には聞こえちゃいなかった。
【モウスコシ…】
1分ほど続いたであろうか。グレースからすれば、永遠にも感じる時間であった。
【オワリ…】
マンゴーはそう言うと、頭につけていた物を丁寧に剥がしていく。
「はぁ〜〜〜…」
グレースは全ての痛みから解放され、グッタリとした。
物凄い汗を掻いたが、気がつくと、信じられないほど頭がスッキリしている。こんな感覚は今までで一度も無かった。
【グレース、ヘンナシクミ、ナオシタ。】
「え…?」
グレースはキョトンとしている。
「グレース!!大丈夫!?」
ミドリコニトから解放されたサンティティが駆け寄る。
「さ、サンティティ…私、頭痛が、治った…」
サンティティが目を見張る。それから、ゾアンたちの方を見る。
言葉こそは分からないが、グレースのためにこの三体が動いてくれていた、そして、一生懸命に、なにかをやってくれたのだ、と理解した。
医者の身のサンティティとしては、得体の知れない治療を期待してそれを許可することなどできない…しかし、今この場だけは、この三体がやってくれた事に、一縷の希望をもっていたくなってしまった。
オムニ・ジェネシスの回転が止まるまで、一分を切る。
マンゴーはグレースを抱え上げ、ポッドのある所までひとっ飛びで行った。
【コレ、アンゼンノ、バショ?】
グレースが頷くと、彼女をポッドの中に寝かせる。
すぐにミドリコニトが今度はサンティティを抱えて、ポッドまでひとっ飛びする。
「あ、ありがとう!」
サンティティが感謝の意を述べて、ポッドに入る。言葉は理解していないが、サンティティの感謝は伝わった気がした。
しかし、ゾアンたちはポッドの入ることが間に合わず、回転が止まると同時に壁に叩きつけられる。
〔みんな!?〕
水溶液がギリギリ間に合ったグレースが声をかけた次の瞬間、三体は空中を飛んでいた。
瞬間的にバランスを崩したようだが、どうやら大丈夫なようだ。
数分もすると回転が止まり、轟音と共に大気圏へ突入する。揺れが収まり、大気圏を抜けたことが分かる。オムニ・ジェネシスは、そのまま不時着の軌道に入った。
ゾアンたちは、第一入船ホールへ戻っていく。
【グレース、ワタシタチ、ココカラデル…デグチ、アル…コキョウ、チカイ、ワカル】
グレースは水溶液の中で、少し寂しそうに笑う。
〔みんな、お元気で…〕
【グレース、アリガトウ】
【アリガトウ】
【アリガトウ】
【アリガトウ…】
【アリガトウ…】
【アリガトウ…】
【アリガトウ…】
【アリガトウ…】
何度も何度も何度も、感謝の気持ちを述べられた。グレースの目に涙が溢れてくる。
〔元気でね、みんな…〕
そしてゾアンは第一入船ホールのハッチを開ける。
【グレース、オワカレダ…】
外を覗いたスペッツは、さらにもう一つ加える。
【オチルバショ、バケモノ、タクサン…ワタシタチ、イナイ…キヲツケテ…】
〔…分かったわ、ありがとう…〕
どうやらゆったりと別れの余韻に浸れるような状況でもないようだ。
【サヨウナラ…】
【サヨウナラ…】
【サヨウナラ…】
〔さようなら…また会おう!〕
グレースがそう言うと、ふっと皆が微笑んだ気がした。
そして、オムニ・ジェネシスから、三体の翼を持つ者は故郷を目指し空へと飛び立った……
ハルモニアの大地に写る三つの影…見上げると、それはそれは優雅に飛ぶゾアンたちであったそうな…
オムニ・ジェネシスVOL 1 (第一部) ビート・エモーション 完
ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。
沢山の方に読んでいただき、星やフォローや応援をいただき、それらがとても励みとなりました。ありがとうございます。感謝の気持ちしかありません。
オムニ・ジェネシスVOL 2 (第二部)の執筆まで、少しお時間をいただきます。
外伝や、その他の小説の執筆も始めます。よろしくお願い致します。
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