第96話 業の代償 ①
第一区代表のグラシリアは、新型カオスファイター最終チェックの現場に居合わせていた。カオスファイターの製造は第一区で請け負ったのだから、当然と言えば当然のことだ。
旧型はあくまでも宇宙空間での戦いのみに特化していたが、新型は重力の影響下でもほぼ性能を落とさずに戦えるようになっている。
新型のカオスファイターには排ガス変換機能(GFシステム)とノズル変換対応噴射口(NCタイプ)が追加され、噴射口と噴射の強さを微調整できるようにした。
エネルギーの多くを重力に逆らうために使用するということと、風の抵抗によるエネルギーロスを最小限に抑えるため、完全な球形ではなく、楕円になり平になって飛行するようにした。要するに、空飛ぶ円盤である。
大昔地球上で目撃条件があったとされている未確認飛行物体の証言記録を元に、素粒子を超高速で激突させミニブラックホールを生成して浮力を得ることや、惑星の磁場を利用し重力に逆らう方法も検討されたが、不安要素が多いため却下された。結局は、ジェット噴射での移動だ。
この新型カオスファイターならば、十分な余力を残したままゾアンの軍事基地全ての破壊が可能であるとAIは演算している。
「あ~、グラシリア代表じゃないっすか。」
気怠そうな声が聞こえてくる。
「スタンプ、ごきげんよう。新型の調子はどうかしら。」
スタンプは新型カオスファイターに組み込まれているAIプログラムの脆弱性と動作状態を確認するエンジニアとして雇われていた。
恩赦という条件がなければ、『絶対にこんなところでは働かない』らしい。
しかし、グラシリアからすると、元々部屋にこもってストーカー活動しかしていなかったスタンプが、下心があるとはいえこうして皆の役に立つ仕事をしていることが、自分の事のように誇らしかった。
「どうもこうも、もうとっくに何度もチェックが終わって、さらに作戦が始まるまで何度もチェックしろって言われて、もう無駄なことの繰り返し、っす。やめさせてもらえませんか、って感じっすよ。」
「あはは、貴方らしいわね。良いではないですか。何度見直しをしてもボロが出ないほど、しっかりとした物を作った、ということですよ。今回の新型カオスファイターのソフト設計者リストの中に、貴方の名前も載ることになっています。名誉なことですわよ。」
「そうなんすか…まあ、私、そういうの疎いんで。でも、やっと終われるんですね。」
「そうですわね。」
「そんでもって、今日、数時間後にハルモニアに攻め入って制圧したら、先ずは軍の人がハルモニアの大地に降りて、そんでもって頃合いを見て徐々にテラフォーミングしながらハルモニアへ移住するって計画っすよね。」
「その通りですわ。」
「ハルモニアって、そこいら中が動物だらけなんですよね。しかも、念のため外へ出るときはいつもハルモニアスーツっていうの着ないといけないんですよね。」
「ええ、地球の大気に類似しているとはいえ、実際に降り立ってみないとどんな弊害が出るかわかりませんからね。ハルモニアスーツは大気フィルタリング機能が付いていて、有害物質は勝手に弾いてくれます。それに、ハルモニアスーツは無色透明で皮膚を包み込んで、柔軟ながらも硬いゴムのような強度を誇ります。正体不明の動物たちから身を守るためのスーツでもあるのですよ。」
「いや~、ぶっちゃけますと~。私は美味いもの食べれて好きな時に寝れてPOCCHARIのたっくんとエッチしながらストレスフリーな生活できれば満足なんすよね〜。ハルモニア移住とかも、正直面倒臭いっす。ちなみに寝るときはパジャマ着ないで下着っす。」
たっくんとエッチしながら…という言葉にグラシリアは思わず突っ込みを入れそうになったが、まだそんな事を言っているのか、とガミガミ言っても響かないことはもう承知の上なので黙っていることにした。
前回連れて行ったPOCCHARIのコンサートでは監視員の目を盗んで逃げ出して前列に行こうとするし、拘束したらしたらで殺すだの死ねだの色々と暴れてくれたようで、目も当てられない状況であった事を聞き、厳しい罰則も与えたつもりだったが…
たっくん、本当にごめんなさい。せめてこの女があなたの目に触れないように善処します…
「…ま、まあ、貴方らしいですわね。でもだからと言って、メンテナンスで手を抜いたら駄目ですわよ。」
「軍の連中の無茶っぷりにはマジでムカついてますけど、一応真面目にやってますよ、私も死にたくないんで。でもですね、AIの戦力分析見ましたけど、ハルモニアの軍事力、正直ザコっすよ。この新型だったら今の半分の戦力もいらないですよ。なので、半分ぐらい不良品だったとしても、問題なし。」
スタンプは、どこで覚えてきたのか、ハッスルハッスルとか言いながら、腰を振っている。
「貴方のその自由奔放な態度、羨ましいですわね。」
「まあ〜、生粋の社会不適合者なんで〜、あは、あはは。」
スタンプの変わった笑い声が響く中、ビー、っと音が鳴り、戦闘シミュレーションのデータが立体モニターへと映り出される。相変わらずシミュレーションでは圧倒的な軍事力を持ってゾアンたちを制圧しているようだ。こちら側の被害はほぼゼロの状態でハルモニアに点在するゾアン基地は破壊されている。
「軍からは、抵抗する意思が見られなくなったら攻撃をやめて奴らを捕虜にしろ、そういうプログラムを組め、とか言われてるんですけど、そもそも相手がどういう状態だったら抵抗する意思が見られなくなったか、わからなくないですか。捕虜にしろっつったって、縄投げでもしろってんですかね。カオスファイターはカウボーイかよ。本当、プログラムとかAIを何でもできるみたいに勘違いして、作る方の身にも、なって欲しいですよ。」
その後、幾度となく様々なシチュエーションでのシミュレーションとギリギリまでのチューニングを経て、ついにスタンプの仕事が終わる。
流石のスタンプも憔悴しきった様子で、ポテチはどこだ〜と言いながらふらふらとソファまで歩いて頭からどかっと倒れ込んだ。
うつ伏せになりながら尻をボリボリと掻いたせいで、スカートの下からパンダの刺繍の入った下着が半分ほどベロンと見えてしまって、スカートを直そうともしないのでそのまま露わになっていた。
それを気にすることなく、スタンプは「ふぃ〜、疲れた〜」とだらしない顔をしてうつ伏せのままピクリとも動かない。
グラシリアはそれを戦慄の表情で眺めている。
(こ、この子、引きこもりが長すぎて他人の目というものがある事に気づいていないのかしら!?)
ため息を付いて「スタンプ!」と厳しい口調で起こそうとするが、反応がない。
男性エンジニアたちが見ないフリをしながらも、チラチラと視線を向けてパンダの姿を目に焼き付けようとしているところを、グラシリアがブランケットをかけて隠す。
間も無く、スタンプはそのまま眠ってしまったようだ。
役目が終わったグラシリアも、カオスファイターが発射される瞬間を見ようとその場に残ることにした。
スタンプが寝ているソファに腰をかけると、それに気付いたスタンプがモソモソと動いてグラシリアの太ももに頭を乗せる。
(まあ、まるで子どもみたいね!?)
気持ちよさそうにスヤスヤ眠るスタンプを見て、グラシリアはもう一度、大きなため息をついた。
そして間も無く、新型カオスファイター発射のカウントダウンが始まった。
第97話『業の代償 ②』へと続く
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