第95話 イブキ教会議 ②

 多くの司祭たちが腕を組んで睨めっこを始める中、シーザー司祭が顎をさすりながらボソリと喋る。


「ペンタクロン司祭、お言葉ですが、司祭が不在の間、信者が最も多く離れていった地域は、司祭の管轄の区域でありましたよ。」


 ペンタクロン司祭も眉をひそめ、シーザー司祭を真っ直ぐに見据える。シーザー司祭はペンタクロン司祭と目を合わせずに喋り続ける。


「それに、デニシュ神父も、ペンタクロン司祭の管轄区域で活動する神父でした…司祭がいなくなってから、あの地区は徐々に管理が行き届かなくなっていった、ということが伺えます。」


 教皇不在の今、教団の最高権力はこの十二人の司祭である。司祭には指定教会が割り当てられており、その周辺で活動を行う神父たちのまとめ役も担っている。


 地域に根ざす司祭は信者たちの大きな支えにもなっているのだから、シーザー司祭の言うことはもっともな事でもある。


 今やペンタクロン司祭とナジーム司祭の指定教会はリーダーが不在の状態が続いているのだ。


 しかし、ペンタクロン司祭は、何やら商業的な臭いがするこの物の言い方が気に入らなかった。


「それはどういう事ですか。デニシュ神父の一件や信者離れに対して私が責任を取れとでも言いたのですか。」


 ペンタクロン司祭は不機嫌そうに腕を組み始める。


「そういう意味ではありません。ただ、司祭が戻ってくれば、そのような事態は未然に防げるのではないのか、と…」


 シーザー司祭は、含みを絡めたような言い方をする。


「一つお伺いしたい。こちらのシーザー司祭が仰られているようなことに、他の皆様も概ね同じ考えを持っている、という理解で正しいですか。」


 ペンタクロン司祭に突然話を振られた他の司祭たちは数名がどっちつかずの態度であったが、大多数はシーザー司祭の言う事がもっともだ、という意見であった。


 ペンタクロン司祭は軽く咳払いをする。


「信用だの管理だのと、この教団はいつ大手の企業にでもなったつもりですか。そもそも教義の根本には、教皇チェンの予言があったのではないですか。それを蔑ろにする様な意見は、この教団の根底を揺るがすことになりかねませんよ。」


 多くの司祭が気まずそうに目を逸らす中、グレンデール司祭は意を決したように喋り始める。


「ペンタクロン司祭、もちろん故教皇の言葉を蔑ろにするつもりなど毛頭ありません。しかしながら、現実問題として、信者離れにより教団の資金不足は深刻です。チャールズ神父の件でも…いや、これは余計な事でした。」


「チャールズ?チャールズがどうかしたのか?」


 チャールズ神父…ペンタクロン司祭管轄の区域の神父の一人である。


「…破門にしました。」


「なに!?そんな事は聞いてないぞ。」


「ペンタクロン司祭は不在でしたから…」


 シーザー司祭が割って入る。


 そんなシーザー司祭の皮肉をよそに、ペンタクロン司祭は「どうしてだ」とグレンデール司祭に詰め寄る。


「彼はどうやら、デニシュ神父の悪事を知り、彼を脅迫していたようで…資金の流れがありました。そして彼自身も、デニシュ神父同様、信者に手を出していたという事実が発覚しました。」


「な…!?」


 ペンタクロン司祭は言葉を失う。


「ちょ…この件は警察には…?」


「言えるわけないでしょう。ただでさえ求心力を失っている状態です。教団の進退に関わります。この件を隠蔽するためにどれだけのお金を費やしたと思っているのですか。」


「ちょ、ちょっと待ってください。いつからこの教団は秘密結社も気取るようになったのですか。チャールズは明らかに犯罪者…警察の厄介になるべきでしょう。教団の保身のために秘密裏に犯罪を裁くなど、あってはなりません。」


 教団を守ることに対してのペンタクロン司祭との温度差の違いにグレンデール司祭は顔を引き攣らせる。


「保身、とおっしゃいますが、そもそも俗社会の基準で我々は動いてなどいません。我々は、我々の掟でチャールズを裁きました。ペンタクロン司祭。しばらく教団を離れたせいで、俗社会に毒されてしまわれましたかな。」


 この言葉には、今度はペンタクロン司祭がムッとする。


「それは横暴な言い方ですな。俗社会の基準で動いていない、などとは。教団は常にあなたの言う俗社会の人々と共にあったからこそ認めてもらい、信者もついてくるのです。歴史をごらんなさい。閉ざした世界を持った宗教など争いの元でしかない。自らの世界に閉じこもる教団に未来などありませんよ。」


「それは…!」


「いいですか、この教団は罪を犯した者にでも帰ってくる場所を与えてきました。それが教団の精神です。むしろ、裁きはこの船の司法に任せるべきであり、我々は救いの手を差し出すべき…教皇チェンなら間違いなくそうしていたでしょう。破門にして法を無視するなど、完全にあべこべですぞ。」


「ペンタクロン司祭!あなたは随分と俗社会に肩入れして我々の教団に不都合を働くことが大好きなようですが、裏で働く我々の苦労を少しも理解していただけないのは心外でありますぞ!そもそもこの三年弱、真面目に次期教皇を探していたのかさえ我々には確かめようもない…」


「なにを、そんな言いがかりをつけても…!?」



「そこまでだ!!」



 ペンタクロン司祭とグレンデール司祭の声が荒くなってきた時、ナジーム司祭の全てを飲み込む恫喝が会議室に響き渡った。


 皆がビクっとしてナジーム司祭へ視線を向ける。


「話は分かりました。チャールズの件は、今この場で争っても仕方のないこと。私は概ねペンタクロン司祭の考え方に賛成であるが、先ずは直接本人と話をして事実確認をしたい。事実ならば、私は自主を促したい。これでよろしいな。」


 ナジーム司祭の鋭い眼光に、司祭はみんな黙ってしまい、反対する者もいなかったので、ナジーム司祭は話を続けた。


「指定教会へ戻ってくる件であるが、教皇チェンの意思を継いで旅に出る者は、ペンタクロン司祭以外に考えられない。よって、彼はこのまま旅に出すことにする。しかし、私は残ろう。現在は教皇代理という立場に置かれているが、次期教皇が見つかれば私はまた司祭という立場をとる。それでよろしいな。」


「ま、まあ、ナジーム司祭が残ってくれるなら…」


 シーザー司祭も妥協し、司祭全員がこれに合意する。


 その後、少し大まかな方針を話し合った後、会議が終了する。


 ペンタクロン司祭が帰る準備をしていると、グレンデール司祭が声をかけてくる。


「ペンタクロン司祭…カッとなってすまなかった。」


「いえ、グレンデール司祭、全てはあなたが教団を思ってのこと。私の言葉には配慮がなかった。こちらこそ、申し訳ない。」


 ペンタクロン司祭が深々と頭を下げると、グレンデール司祭は「どうか表を挙げてください」と促し、二人は手を取り合った。


「…ペンタクロン司祭、もう教皇が崩御されて、約三年となります。最後のお告げ…もしかしたら、何かの間違いだったのではないでしょうか。おいそれと教皇様のような不思議な力を持つ者が現れるなんて、少し信じがたい気もします…」


 グレンデール司祭は、少し唸りながら首を傾げる。


「グレンデール司祭…私は、一ミリも疑ってなどいませんよ。必ず、教皇を見つけ出すことになるでしょう。」


 ペンタクロン司祭は、ニコリとして、会議室を後にした。





 第96話『カルマの代償 ①』へと続く。

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