第94話 イブキ教会議 ①
ハルモニア侵略計画の実行まで後三日…
サンティティが失意の中で肩を落としていた頃、人類の新たな新天地へ向けての準備を進めているのは何も政府や軍の関係者たちだけではなかった。
この日、イブキ教本部は、教皇チェンの崩御以来、久方ぶりに十二人の司祭が揃う。
ペンタクロン司祭とナジーム司祭にとっては実に数年ぶりの帰省である。
もっとも、この二人抜きでの小さい会議は頻繁に行われており、むしろハルモニア侵略後の大体の方針は既に決定していたと言っても良い。
「おお、お戻りになられましたか。親愛なる神の子よ。」
二人の司祭の留守中に教団の舵取りを任されていたグレンデール司祭が立ち上がり挨拶をする。
これにて長テーブルには、十二の司祭が三年弱の時を経て全員揃う。
「親愛なる神の子よ、ご無沙汰しております。」
ナジーム司祭とペンタクロン司祭も挨拶を返し、皆が席につく。
「ご足労ありがとうございます。教皇候補探索の件、現状はどうなっておりますか。」
席につくなり、他愛もない社交辞令的な会話は不要とばかりにグレンデール司祭は質問を投げかける。
ナジーム司祭は、全くもって進展がないといった風に首を横に振る。
司祭たちは皆厳しい表情になる。特にインディオの血を引いているグレンデールは、元々頬の彫も深く唇も固く結ばれていて、見るからに冗談の通じなそうな顔をしているだけに、ある種の怖さが追加されていた。
ここで、シーザー司祭が口をはさむ。
「お二方が教皇探しに出られてから、すでにもう二年以上、いや、そろそろ三年となります。もし予知能力を発動させた人間がいるとすれば、何かしら話題となり、もう見つかっていてもおかしくはないと思うのですが。」
「ええ、しかし、現実にはなかなかそう上手くはいきません。特別な力を持つ人間がいると聞けばそこへ飛んでいき、時間をかけて真相を確かめようとしましたが、いかんせん、すべて眉唾ものでした。」
ナジーム司祭がそう説明すると、場の雰囲気が少し重くなった気がした。
グレンデール司祭が閉じていた目をゆっくりと開ける。
「お二方は知りえないかもしれませんが、教皇チェンがお亡くなりになられてから、教団は著しく求心力を失い、かつては十万人はいたであろう信者たちも、今や三万人以下に減ってしまいました。もちろん、求心力を失った理由には、あのデニシュ神父の事件も関係しております。」
デニシュの名前を聞いて、ペンタクロン司祭の顔が曇る。
真実を知らないペンタクロン司祭は、デニシュが自殺したという報告しか受けていない。
(あの時…前日までデニシュと一緒にいたが、自殺するなんていう素振りはまったく見えなかった…)
ペンタクロン司祭は、デニシュの心の内を理解しきれていなかった自分のせいだと悔やんでいた。
「今こそイブキ教は一丸となり、失われた信用を取り戻し、新天地に根付く人類を導いていくことが大事と考えます。」
グレンデール司祭はナジーム司祭とペンタクロン司祭をじっと見つめる。
いつの間にか、全員の視線がその二人に向いているようである。
「はあ、それは確かにその通りだとは思いますが…」
なぜ皆でこちらを向いているのだろう。
それに、失われた信用を取り戻す、など、どこか企業的な雰囲気を持つ言葉に違和感を感じながらも、ペンタクロン司祭は一定の理解を示した。
「要するに、戻って来い、と言いたいのですかな。」
ナジーム司祭が軽いため息をつく。
グレンデールは、目を細めて頷いた。
これにペンタクロン司祭が反応する。
「そういうわけにはいきません!故教皇は、一刻も早く、預言者を見つけて保護しろと言いました。モタモタしている時間などないのです。」
「ペンタクロン司祭、あなたが日頃の活動を行いながらでも、情報収集はできるでしょう。あなたが司祭として布教活動を行い、指定教会に定住していれば、多くの信者もあなたを頼って戻ってくる事でしょう。」
グレンデール司祭は説得を試みる。多くの信徒がペンタクロン司祭を教皇の息子と位置付けている。現在はナジーム司祭が教皇代理となってはいるが、彼こそが次期教皇となるべきだ、と一定数の信徒の間で声が上がっていることも知っている。
そして、ナジーム司祭は長年教皇の右腕であった人物であり、教団においては今は教皇代理なので最高位にある。
長い間この二人が同時に不在であると、教会は安定しない。
ハルモニア侵略を機に、二人には戻ってきてもらい、カリスマとして君臨して欲しいとグレンデール司祭は考えていた。
しかし…
「はい、確かに信者たちのネットワークに任せておけば一定の情報は入ってくるでしょうが、教皇は私に探しに行けと言ったのです。ならば、私が出向かなくてはいけません。」
グレンデール司祭やシーザー司祭はお互いに困ったな、という風に顔を合わせる。
教皇は確かに、なぜかは分からないが、特にペンタクロンには何を差し置いても新教皇探しを優先しろと念を押していた。
「ペンタクロン司祭、教皇様が仰られていたことは、あなたが探し続けるということが大事、ということで、別に探し回るために各地を旅して回れ、ということではなかったのではないでしょうか。」
シーザー司祭は少し微笑むように話しかける。
「いえ、そのような都合の良い解釈ではいけません。私がこうして探し続けることこそに、意味があるのではという気もしています。故教皇が最後に残した言葉です。早く探しに出ろ、と。今まで見つからなかったからと言って、この旅が決して無駄ではなかったと私は信じています。」
ペンタクロン司祭の言葉に、グレンデール司祭の表情はさらに険しくなる。
第95話『イブキ教会議 ②』へと続く
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます