第39話 最強のチームはどっちだ?

 ハルモニアから大分離れた場所でオムニ・ジェネシスは優雅な宇宙遊泳をしていた。


 ブラックワームもここまでは来るまい、という場所だ。


 前回大量に手に入れたエネルギー資源により、オムニ・ジェネシスはかつてない活気に満ちていた。


 一時的にエネルギー節約制限が解かれ、オムニ・ジェネシスの住民たちは目が覚めた赤子の若くキャッキャと好き放題にエネルギーの無駄使いを行った。


 政府としては、ここ最近の軍事力強化と軍事活動によりストレスが溜まっていた住民の息抜きを行おうという腹づもりだ。事実、政府の支持率も上がった。


 そんな中、軍の所有するカオスファイター・シミュレーションの部屋に一人、また一人、と人が入ってくる。


 合計で20人ほどになった時、最後にビリー将軍とヒュンサブ副将軍が入ってきた。


 集められた20人は整列させられた。


「よくぞ集まってくれた。感謝する。ここにいる全員が、自分がなぜ呼び出されたのかを知らないであろう。ここにいるメンツ、お互いに顔見知りも多いと思う。いうまでもなく、今ここに集まっているのは、全オムニ・ジェネシスのカオスファイターパイロットの中でも選りすぐり、最高の実力者20人である。」


 黒豹、マルクス、マリアンヌ、フーコ、ブライアン、マグワイア、マリー、ジョンフン、アベベ、そしてカオスファイターアカデミー首席のオットーと次席のカシス、及びその他のエリートアカデミー生や黒豹チームのメンバーや軍のエリート数名で構成された20人だった。


「単刀直入に言おう。これから1ヶ月間の間、このメンバーでチームを組み、訓練に臨んでほしい。目的は、現オムニ・ジェネシスにおける最強のチームを編成することである。」


 ビリー将軍は、後ろに手を組んだまま背筋をピンと伸ばし、ブーツの音をキュっと鳴らしながら勲章のついたタイトな軍服を皆の正面に向ける。


「そして、1ヶ月後、このドリームチームには、新生AIチームとブラックワーム模擬戦で対決してもらう。」


「!!!」


 勘の良いファイターたちは、これが何を意味するのかすぐに理解した。


(噂では聞いていた。しかし、もうすでにその段階まで到達しつつあるのか!?)


「先に言っておくが、私の対AI戦績は、今や537戦、510勝、27敗である。この27敗は、ここ3日間のうちについたものだ。この意味が分かるかね?先の大戦でのデータ、そしてカオスファイターの性能向上が大いに役立ち、カオスファイター戦闘AIは、次のステージに進んだ。」


 黒豹は思わず手を鼻にあてがう。


 最強人間チームと最強AIチームの対戦。


 そして、仮に最強人間チームが敗北することになれば、AIの最強が証明される。


 黒豹の褐色の肌には血管が浮き上がり、大きな目は何かを睨み付けるように前を向いていた。


 黒豹の異名の元となった豹柄のジャケットから湯気でも出ているのではないかと思われるほど闘志がダダ漏れしているその迫力に、黒豹の周囲の人間は距離を取った。


「ビ、ビリー将軍・・・」


「・・・なんだね。ジミーくん。いや、黒豹、とでも言えばいいかな。」


 ビリー将軍は早くも黒豹が軍の意図を悟ったことを理解した。


「もし、我々人間チームがそのAI軍団に負けるようなことがあれば、要するに、カオスファイターのパイロットに、もはや人間はいらない、ってことになりますね。」


「え!?」


 何人かのパイロットたちは黒豹の質問により、ようやく事態を理解した。


「ちょ、ちょっと待ってください。この中にはプロのカオスファイターパイロットとして、それだけで生計を立てている人たちだっているんですよ。それに、アカデミーだって、今年も続々と新入生が加入し、今やオムニ大学をもこえるマンモス校です。それをもう突然必要ないなんて。あまりに急すぎます!」


 アカデミー次席のカシスはそう訴えたが、この訴えは無駄であることを頭では分かっていた。


 AIが使えるならば、コスパ的に見てもこれほど良いことはないのは明白だからだ。


 ビリー将軍はカシスをチラリと睨むと、視線を左斜め下に落とす。


「まるで、もう君たちはAIに勝てない、というような態度をとるのだな。」


 ビリー将軍がため息をつく。


 一同の顔が引き締まる。


「延々と続く勝負の世界において、敗北はいずれやって来ることだ。アカデミーに所属していようが、プロとして活動していようが、永遠に勝ち続けることはできない。これは、スポーツだろうがビジネスだろうが同じことではないかね。」


 ビリー将軍が歩きながら語り始める。


「同じことを繰り返しても勝てないのならば、違うことを始めるのは至極自然なことである。現にここにいる君たちの陰には、人知れず脱落していったパイロットたちが山のようにいたであろう。運がよければ、一瞬でも歴史に名を刻めるような活躍をした者もいたかも知れない。」


 カツン、カツン、とビリー将軍の足音だけが部屋に響く。


「そして、その中には、人生の全てを賭けて臨んだ者たちもいたことだろう。それでも敗北することだってある。そしてその者たちはどうした?いつまでも敗北を引きずって負け犬のままか?」


 ここで、ビリー将軍は歩みを止める。


「私は、まさにそこからが、その人間の器だと思うのだ。貴公らにとって、確かにAIは理不尽だ。しかし、理不尽に負けて腐っていくようなら、それは誰が責任を取るようなことでもない。時代に順応し生き残れなかった、というだけなのだ。残酷だと思うかい?そうだ、我々は、残酷な世界で生きている。」


 ビリー将軍に諭されて、カシスがぐうの音も出なくなったところ、黒豹がカシスの肩に手を置き、皆に聞こえるようなハッキリとした声を上げる。


「ビリー将軍が勝てなかったAIを俺たちが倒したら、俺たちはビリー将軍を超えたってことになりますよね・・・いいじゃないですか!最高のシチュエーションです!お前の出番はまだ早いってことを、AIに教えてやりますよ!」


 ビリー将軍がニヤリとする。


「…検討を祈る。」


 それからというもの、黒豹をリーダーとした新しいチームが発足し、サブリーダーにはマリアンヌとマリーが選ばれた。


 チャレンジャーとして、そして進退がかかるという、かつてないプレッシャーの元、皆が目標に向かってまっしぐらに全力疾走する。


(奪わせない!俺の居場所は、まだここにある!)


 黒豹の脳裏には、かつての自分が見え隠れした。




 第40話『ツール・ド・アース ①』に続く

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