第38話 悔いなく歩んで行く

 _____話は少し戻り、ブラックワームの回収に成功し、初めてゾアンと人類が出会う前のこと。


「グレース・ブラストライトさん。」


 オムニ第8病院の診察所で名前を呼ばれたグレースは、指名した医者の元へと案内される。


 ドクター・サンティティ・ティヤブット


 専門は脳外科。


 グレースが診察室に入ると、美少年という方が似合うような、どこか儚い雰囲気を持つ医者に迎えられた。


「あなたが、ドクター・サンティティさん?」


 グレースが尋ねる。


「…はい。初めまして。ようこそ、いらっしゃいました。」


 サンティティはそう言うとカルテのようなものを見て、グレースのことをジロジロと見る。


「あ、あの、あなたに会ってくれって言われて…」


 サンティティはいきなりグレースに向けて指をビッと立てる。グレースはビクッとなる。


「分かっています。ただ、ここで詳しい話をするのは少し憚れますね。」


 サンティティはそういうと、何やらコールボタンのようなものを押す。すぐに看護婦らしきスタッフが出てきて、こちらへどうそ、とグレースをまた別の場所へと案内する。


 グレースは何も言わずについていく。到着した場所には、大きな機械が置かれていた。


(何かしら?CTスキャンみたいなものかしら。)


「どのみち、検査するように頼まれていたので、今からあなたの脳をスキャンしますね。」


「ちょ、ちょっと待ってください。いきなりスキャンなんて、唐突すぎません?」


 グレースがそう言うと、サンティティが顔を近づけてきて、小声で囁く。


(あなたも、自分の脳がどうなっているのか、知りたいんじゃないですか。ゴーストに、言われたのでしょう。)


 サンティティに悪意がないことはグレースにはなんとなく分かったが、もう少しデリカシーがあって欲しいものだと考えた。


 顔も近いし!


 それでも、確かに自分も興味があるので、お願いすることにした。


「私が診断書を書けば100%保険でカバーされるので、ご心配なく。」


 サンティティがそう言うと、待機していたスタッフの人がグレースをサポートするために部屋に入ってくる。


「先生が直接動かすのですか?」


 看護婦の一人が尋ねると、サンティティは


「この人は私の友人でね。『私が全ての責任を持つこと』がご希望だ。私以外の人にはどうも人間不信の気があってね。全部私がやるから、君たちはサポートについてくれれば十分だからね。」


 とこれを返し、自分はモニタリングの席に座る。


(何を勝手なこと言ってるの、この人!?)


 グレースはドクターを白い目で見ていたが、そのまま寝かされて、身体を括り付けられる。かなりギュッと縛り付けられた。


 そのまま円形の筒に頭が入っていって、円筒は少しづつ回転していく。


 その間、食べ物を思い浮かべろとか、計算式に答えろだとか、これから言うことを暗記しろだとか、えっちなことを考えろとか、頭に来たことを思い出せとか、その他でも色々なことを質問され、その通りにしながらも、段々と腹が立ってきたぐらいのところで終わりとなった。


 終わった後、グレースには疲労感が残った。


「あの、身体を縛るの、必要だったんですか。」


「え?あ、あれ?まあ、たまに起き上がっちゃう人とかいるからね。」


「えっちなこと考えろとか、ああいうのってどうなんですか。」


「ああ、興奮状態を作り出すには手っ取り早いからね。脳の様子がよく分かる。君なんか、特に若いし。」


「は、はあ…」


 サンティティがそう言うと、グレースはまた別の部屋に案内された。


 ドクター・サンティティが鍵を閉めると、「ここは完全にプライベートな部屋なんだ」と言って、椅子にドカッと腰掛けた。


「最近では病院もプライベートを重視するという方向性が強まってね。身体の事ってデリケートだからね、病院も医者も気を使うんだよね。」


(お前が言うか!)


 と言いたいのをグレースはグッと堪える。


「診断結果も医者以外の人と共有するのを嫌がる人は、そういう希望を出せるんだ。そして、極力患者が人と会わない様に、こうして医者と2人きりでプライベートで話をすることができる完全密閉された部屋もあるのさ。監視モニタもないし、これで、君と2人きりで邪魔が入らない会話ができるね。」


「あ、だからですか?自分で機械を動かしていたの。」


「そりゃそうだよ、君は『僕以外の人には自分の身体の状態を見られたくないんだ』ということにしてね。」


「な、なるほど。じゃあ、あのスキャンは形だけ?」


「まさか!これがメインディッシュだよ!君が脳改造手術を受けたというのが事実なのか、確認する必要もあったしね。何よりも、君が別の形でこのことを発見してしまった時のリスクを考えたら、今やっておかないと。それにしても、よく来てくれたよ。ゴーストはさぞ怪しくて無作法だっただろう。」


(いや、あなたも大概だけれどね!)


 とまたまた言いたいのをグッと堪える。


「ご、ゴースト、さん?とは仲がいいのかしら。」


「いや、まあ、腐れ縁ってやつかな。でもごめんよ、彼についての情報は一切漏らしてはいけないことになっているんだ。なんせ、ほら、彼、下手すりゃ殺されちゃうからね。」


 サンティティが嘘を言っている訳ではないことは確かなようだ。グレースは、少しだけ考えて、無理を言うのも良くないと考えた。


「わ、分かりました。こちらからも、ゴーストさんに関して余計な詮索はしないようにします。」


「はーい、ありがとう!それじゃあ、君の脳の診断を始めま〜す。」


(なに?この軽いノリ?)


 ふざけた様子に呆れてしまった。


 サンティティは写真と映像を観始める。


 最初はヘラヘラとしているようだったが、その表情が一瞬で曇ったのがわかった。


 グレースは、サンティティの様子がおかしいことに気づく。


 彼から、ヒシヒシと焦燥感が伝わってきた。


「グレースさん、あ、あなた…い、いや、なんでもありません。」


「ちょっと!ただ事じゃないってことぐらい、私にだって分かるんだから!ハッキリ言って!」


 サンティティの表情は先ほどとはうって変わって物憂げな感じだった。


「いや、その、なんと言ったらいいのか。」


「仰ってください。私には、知る権利があるのでしょう。」


 グレースはそう言いながらも、いつの間にか足がガクガクと震えているのを悟った。


「びょ、病気は、か、完全に治っていません。脳改造は、ギリギリで症状を抑え込んでいるだけです。い、いつ再発してしまうか、分からない、危険な状態です。」


 ただ事でない、ということは分かってはいたが、それでも身体の底から不安が立ち込めるのを感じずにはいられなかった。


「ど、どういう、ことですか。」


「は、ハッキリ言いましょう。あなたの脳は、時限爆弾を抱えているような状態です。い、いつか、と言われても、分かりませんが、明日かもしれないし、1ヶ月後かもしれないし、1年後かもしれませんし…でも、病気の勢いの方が、若干強いように見えます。脳がまだ成長中だから、病気が以前よりも強まっているのでは、と疑われます。」


「それは、死ぬ、ということですか。」


 サンティティは、顔を引き攣らせ、目を瞑って頷く。


「現代医学では、長期的な細胞再生技術で脳細胞を一新させることはできますが、このように短期間で侵食していくような病気には焼け石に水なんです。脳改造を施した本人ならば、もしかしたら病気の進行を遅らせられたかもしれませんが…ゴーストから、この人物は既に死亡していることを聞きました。私の技術では…これは無理です。」


 這い上がれない絶望の穴に落ちてしまったような、そんな感覚がグレースを襲う。


 身体に力が入らない。


 立てる気もしない。


 少しの沈黙があったが、賢いグレースは状況を飲み込んだ。


 パパ、ママ…みんな…


 家族、そして召使いや友人のことを考えたら、急に涙が溢れ出てきた。


「う、う、うう…うえ、うえぇぇぇん…」


 グレースは嗚咽にも似た泣き言をあげた。


 サンティティは何も言わずに見守っている。


 どのぐらいの時間が経っただろうか。


 グレースはついに泣き止んだ。


 そして、顔を上げる。


「泣いても、しょうがないよね。」


「………………」


「ごめんなさい、今日は、とてもお話できそうにないわ。」


「…それは、心配しないで。」


 グレースは、真っ赤に腫らした目を拭い、大きくため息をついた。


「勉強して仕事ばかりで、何してたんだろうね。」


 グレースはまた泣きそうになるのを堪える。


「ありがとうございました。気持ちの整理がついたら、また来ます。」


 グレースは挨拶をして出て行こうとする。


「ごめんよ、知らない方が良かったんじゃないかって…」


 今度はグレースがサンティティに指を向けてそれを遮った。


「分かっています。でも、大丈夫です。」


 そういうと、無理矢理にでも作った笑顔を向ける。


「あなたのやろうとしていることを邪魔もしません。このことは皆には内緒にしておきます。ただ…」


 グレースは一瞬口を固く結ぶ。


「…ただ、私にもしものことがあったら、このことを家族に伝えてくれますか。そして、家族には、『私は一切の悔いもなく、素晴らしい人生を謳歌しました。』と言っていたとお伝えください。」


 そういうと、グレースは立ち上がった。


「あなたは、とても強いお人だ。」


 部屋を出るグレースを背中越しに見つめながら、サンティティが言った。


 自分で帰ると言って無理にヴァレリーを1人で返して、グレースは街を歩いていた。


(私は、なんのために生まれてきたんだろう……)


 グレースは俯きながらフラフラとした足取りで歩いていた。


 何時間も歩いただろうか。やがて、お腹が空いてくる。


 グレースは、足を止めた。


(とりあえず、食べよう!人生最後の瞬間まで、後悔のないように!)


 グレースは、入ったことのないレストランの扉を開けた。






 第39話『最強のチームはどっちだ?』に続く

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