第40話 ツール・ド・アース ①

 世界的な戦争が終わり十年が過ぎ、まだ地球がソーラーフレアで焼失する数十年前、人々が平和を享受していた頃の話。


 翼とプロペラが連動しているロードバイクを漕ぎ、夏のベーリング海峡を渡る集団があった。


 PWR(パワーウェイトレシオ)5.0以上の勢いで漕いでいる限り、高度が落ちることはない。


 ***PWRとは、ペダルを踏むパワーの1時間における平均値を体重で割った数字***


(ここまでのPWRは6.4。勝負はこの海峡を抜けた後だな。)


 ジミー・ワンは、スリーイン、スリーアウトの安定した呼吸で海峡を抜けた後のスプリントのためにスタミナを温存しようとする。


 強風に煽られているとはいえ、空を飛んでいるので時速100キロほどは出ている。


 直線距離96キロ。真っ直ぐには進めないコースなので実質100キロほど漕がなくては渡ることはできない、1時間ほどの海峡ライドだ。


 海に落ちれば脱落であるが、生粋のサイクリストたちにとって、このレベルの速度維持は苦難にはならない。


 問題は寒さにある。


 流線形のウインドシールドにより北風は凌げてはいるとはいえ、気温は10度以下。体力が削られていく。


『ジミー、少し右に流されているぞ。』


 サポートチームから音声が入る。


『分かっている、突風が吹いた。今コースに戻る。』


『風が強い。高度も少しだけ下げた方がいいな。』


『ラジャー。』


 補給食を取り出す。


 ペダリングを緩め脚を回復させる。


 直線的に進むために海上に浮いているランドマークを常に確認し、方向の微調整を繰り返して進む……



 ーーー ツール・ド・アース ーーー



 4年に一度あるこの行事はこの当時、地球上で最も過酷なスポーツと言わしめた。


 コースの全走行距離4万キロ。地球の円周ほどだ。


 毎日70キロから250キロほど走行し、各日のタイムを足していく。


 ゴールした時に最も総合タイムの速かった個人のいるチームが総合優勝を決める。


 最終ステージは245、詰まるところ、245日のライドである。そしてこの日はステージ185、残り約2ヶ月だ。


『ベーリング海峡を超えたら、いよいよアメリオ大陸か!』


 ジミーが回線でチームメイトに語りかける。


『ああ、俺たちの故郷だ。歓声がすごいだろうな。今の内、耳栓でもつけておいたらどうだ。』


『冗談言うなよ、あれを聞くためにここまで頑張ってきたんじゃないか。』


『ははは、若いってのはいいねえ。俺はもう、ホーン岬で地元の名産デノワイエ牛を食べながら目一杯浴びるほど酒を飲むことで頭が一杯だぜ。』


 ホーン岬は南アメリオ最南端。ゴールの場所だ。


『何言ってるんだ!優勝も総合優勝も狙うだろ。勝手に終わるなよ。』


 サイクリスト達が通った一つ一つの国で優勝が存在する。


 地元のチームが優勝を決めただけでも、国の経済が傾くほどの影響力を誇る。


 そのため、最初から国別だけを狙うチームもあるぐらいである。


『ジミー、余計なお喋りはそこまでだ。体力を温存することに集中しろ。』


 コーチからお叱りを受けたジミーは舌を出した後、無言でライドを続けた。


(ここまで色々あったなあ。キャタピラつけて砂漠を渡ったり、標高6500メートルで酸素マスクつけて走ったり、山道をマウンテンバイクに乗り換えて大ジャンプもしたり…誰だよ、こんなとんでもないレースを考えたのは!)


 過酷なレースにより、過半数のサイクリストはステージ100にも到達せずギブアップする。


 選ばれた、特別な人間だけがその先へと進めるのだ。


(こんなの、楽しすぎだろ!)


 ジミーは目をギラギラさせると、ペダリングに力が入る。


 1人、また1人と追い抜いていく。


 U22(22歳以下)のNo.1を象徴する黒いジャージーがグイグイと攻める。

 21歳の若き豹は、熟練のサイクリストたち相手に堂々と渡り合っていた。


 トップまでの総合タイム差、わずか2分。


(温まってきたぜ!このままぶち抜いてやる!)


 ジミーが先頭に追いつかんとする勢いで加速を始めると、映像に釘付けだったアメリオ大陸の民たちは熱狂に包まれた。





 第41話『ツール・ド・アース ②』に続く


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