第48話 ダーマッサーを追え! ①

「そう…またなにかあったらお願いしますわ。」


 オムニ・ジェネシス第一区(エリア1〜6)を束ねるグラシリアは通話を切ってから、コンピューターでカタカタとキーボードを打ち続けているエンジニアのスタンプの方へ首を向ける。


 彼女は視線を感じて首を横に振る。グラシリアは軽い溜息をつく。


 逆探知は失敗したらしい。


「・・・も~~。なんでそこまでして正体隠すのかしら。」


 ゴーストは一切の足取りを掴ませない。


 グラシリアは、いい加減信用してくれてもいいじゃないかと憤った。私も危ない橋を渡っているのだ、と。


「でも、区代表と政府関係者全員を含めても、彼はグラシリア代表としか連絡とらないですよね。信用されてるんじゃないっすか。」


 ITエンジニアのスタンプは、覇気のない低い声を出しながらコンピューターの脇からヌッと顔を覗かせる。


 すでにほとんどの政府の要人へのハッキングは済ませており、ゴーストや黒血ブラックブラッドとの関係は一通り洗っている。


 ここ最近で怪しいやり取りがあった形跡は見当たらなかった。


「あの~、前から気になっていたんですけど、グラシリア代表って、なんでそんな物騒な団体を追ってるんですか。」


 スタンプはさらさらした黒髪に前髪パッツンのボブヘアで眼鏡をかけていて、かなりインテリに見える。


 ハッカーとしての腕前も一流であるので、黙っているだけならそれなりにインテリ的な威圧感もあるのだろう。


 しかし、イマイチ雑な喋り方をするのと、だらし無い様子がそれらを全て台無しにしていた。


 言っている側から、バリバリとデスク前にあるポテチを頬張りはじめ、糖分だらけの炭酸飲料をガブガブと飲む。


「失礼〜。ゲェっぷ。」


 豪快にゲップをすると、フーっとため息をついてダラッと背もたれに身を預ける。


「あの、スタンプさん。あなたの仕事っぷりはとても評価していますが、もう少し乙女らしく、というより、シャキっとしたらどうですか。」


「いや〜、もう肩凝ったっすよ。上がっていいっすか。」


「…いえ、まだですわ。ダーマッサーのデバイスへのハッキングが残っていますわね。それをレポートしてからなら上がってもらって大丈夫ですわ。」


「ええ〜、マジっすか〜。」


 スタンプは左手で右肩のさすりながら、面倒臭そうに身体を起こす。


「グラシリア代表と違って、おっぱいがでかいんで、肩が凝るんすよね〜。」


「ッグ!」


 グラシリアの額にクッキリとした青筋が見られたが、この女が無自覚で言っていることは重々承知していたので、とりあえず仕事を終わらせてもらうためにグッと堪えた。


「ま、まあ、私も(乳が)ないわけではないですから、それなりに凝りますけど、ま、まあ、でかいと大変ですわね。」


「いや、マジそれっすよ。ダイエット薬とかあんのに、貧乳薬とかはないんすよね〜。」


(そんな薬に需要あるわけねえだろ!)


 グラシリアは心の中で突っ込んだ。


「まあ、お陰で背が小さいのにヘビー級だったボディも、腹だけはペッコリしてますけどね。ヘッヘッヘ、もっとポテチが食える。」


 スタンプはそう言うと、またバリバリとポテチを頬張り始める。


 グラシリアはそのだらし無い様子を見て、ため息をつく。


 仕方がない、そもそもこいつは大義があってここにいるわけではない。


「まあ、このレポートが終わったら、ご褒美にこれをあげますよ。」


 グラシリアはホログラムでデカデカとポスターのような写真を出す。その写真の下側には、シートナンバーや整理番号が書かれている。


「え!!!これって、もしかして!タッくん!?Pocchariのコンサート!?」


 スタンプは勢いよく席から立ち上がる。


「まあ、迷惑をかけない程度なら、という条件で、特別に、ですわね。ただし、見張りをつけますわよ。」


 スタンプは、パアァァァと目を輝かせたかと思うと、鼻息が荒くなる。


 スタンプはこのPocchariというアイドルグループにハマっていて、度重なる迷惑行為により注意を受け、最終的には盗聴行為によりお縄についた。


 盗聴は完璧に隠蔽されてはいたが、盗聴していたという行為がバレるような発言を繰り返し、タッくんというアイドルにラブコールをバラまきながら突撃しまくった問題人物である。


 本来なら悪質なストーカー行為により、しばらくの間は刑務所に入れられるところではあったが、並ならぬハッキングの才能にグラシリアは目をつけた。


 とにかく、機密情報をこじ開けようと、執念にも似た勤勉さを持ってハッキングを行う女だ。


 ターゲットのデバイスをウイルスに感染させてから脆弱にして一気に突っ込んでいく、というようなエゲツないやり方を得意とし、裏の仕事にはもってこいであった。


「そんな、そんな、そんなものを用意していたのですか!神!神!神!」


 スタンプの興奮はおさまらない。


「言っておきますけど、彼にバレるのもダメですからね!マスクをつけて、見るだけですからね!それに、このハッキングに失敗したら、あげませんからね!」


「はい!はい!もちろんです!」


 スタンプは俄然元気になると、炭酸飲料を一気に飲み干して、タカのような目でカタカタと作業を始める。


(知らない人だけど、ごめんなさいね、タッくん。)


 グラシリアは罪悪感から、両手を合わせて祈りを捧げた。






 第49話『ダーマッサーを追え ②』

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