第49話 ダーマッサーを追え! ②

 カタカタとリズミカルで静かなキーボードのタッチ音が聞こえる。


 スタンプは時々ゲップを出しながら、ゴキュゴキュともう何杯目になるのかの炭酸飲料を飲み干し、ひたすら作業をしている。


 パチッ!


 何かのキーを押した後、腕を組んでスクリーンを見つめている。


 ふぅ〜、と小さく長い息を吐く。


 複数のウインドウから同時進行でデータが流れていく様子がメガネに反射している。


 口を開けたままゆったり呼吸をしていて、鋭い視線はどこか画面以外のものを見ているように思われた。


 舌舐めずりをしたと思うと、上を向いた。


「行きましたね〜。第7区、脆弱ぅ!」


 スタンプがバアアァ、という感じに舌を長く出す。


(なんかキャラクターがちょこちょこ変わるんだよな、この女は。)


 グラシリアは人間ではない生物を見るような目でスタンプを凝視する。


「それで、何か分かったのかしら?」


 グラシリアは、余計なことを言うのは止めておこうと思い、ダイレクトに聞いた。


「ええ、ああ〜、そうですね。マッサーカー本人のデバイスでは、特に怪しいのはないっすけど、あの人、監視されてますね。監視用のウイルスが入ってましたよ。それと、黒血ブラックブラッドにつながる情報ですけど、最近で怪しいのはないっすけど、アーカイブにそれらしいのが引っかかりましたよ。」


「え?どういうこと?」


「そうっすね〜。35年ぐらい前に、この人、黒血ブラックブラッド、でしたっけ?のことを検索してますね〜。あと、第7区のこの年度の財政歳出の内訳、けっこう細工されてますね〜。」


「細工?どういう?」


「なんか、この年、明らかに辻褄の合わなそうな結構な額のお金が減ってるんですよね。」


「どうして辻褄が合わないって分かるの。」


「うう〜ん、例えばっすけど、ここ、『マフィア掃討作戦による器物破損』の項目で、車の修理代とか、壁の修理代とか、色々と書いてあるんですけど、この修理の発注先がとにかく相場の三倍はする悪徳業者を利用していまして、しかもそれをキャッシュで支払っているわけですよ。んでもって、よくよく調べたら、この業者、そもそも民間を装っている第7区の政府関係者の会社なのですよ。」


「…」


 グラシリアは黙って聞いている。


「それだけじゃないっすよ。『マフィア掃討作戦による被害者への賠償金』の項目なんすけど、ここに第7区にしかいないような未登録の住民が多数いて、振り込みとかじゃなくてキャッシュで払ったってなってて、実際に本人たちがお金を受け取ったのか追えないんですよ。」


「…なるほど、それで、その怪しい金額っていうのは、合算するとどのぐらいになるのかしら。」


「細かいところ、どこまで本当なのかよく分からないっすけど、全部嘘だったら五億オムニドルぐらいになるっすよ。」


「そんな大量のお金を!?隠せるような金額じゃないわよ!?」


「はい、そうなんすよ、隠し方もけっこう雑なんすよね。ちょっとずつって感じじゃないんすよね。まるで、急いで支払わなきゃいけなかったって感じっす。」


「それを誰も追わなかったっていうの!?」


「まあ、普通に隠しファイルっすよ、この辺は。それにあの混乱でしたからね。表向きは街の修繕と被害者への賠償金が大量に支払われた、としかメディアには出ていないっすね。第7区は、あの掃討作戦で倫理的な観点から叩かれたりしましたけど、一部では支持されてもいたから、そういう議論ばかりで、誰もそこまで気にしなかったんじゃないっすか。」


「キャッシュなんて第7区でしか出回っていないから、大金を受け取るのにはもっとも都合がいい話だわ。」


 グラシリアは少し何かを考えるように顎に手を当てている。


「他には?」


「いや、いくつかのやり取りが削除された形跡があるぐらいで、削除対象になったメッセージの出所は追えませんでした。」


「…分かったわ!でも凄いわ!スタンプ、やるじゃない!」


「いや〜、タッくんのためなら地獄にでも行きまさあ!」


 そう言うと、スタンプは思い出したように「あっ!」と言う。


「そうそう、一応ですけど、あいつのデバイスから過去の削除履歴の出どころ追って行ったら、なんか、防御されたっぽいっすね〜。ちょこちょこ攻撃したんですけど、なんか破れなかったっすよ〜。」


 グラシリアの表情が硬くなる。


「ちょっと!勝手なことしちゃダメよ!もし逆探知されたらどうするのよ!」


「あ、いや、大丈夫だと思いますよ〜。攻撃したのはダーマッサーのデバイスですし。ウイルスで感染させてですね、私は逃げて、勝手にダーマッサーのデバイスが暴れ出すという、そういう手筈ですぜ。綺麗に痕跡は消したので、こっちは追えませんよ。」


「ん、んん?でもそれだと、ダーマッサーがヤバくない?」


「いや、いいんすよ〜。あの人こんなことしてるんだから、どうせ悪い人っしょ。わ、る、も、の、退治〜、ワ・ル・モ・ノ退治〜。」


 スタンプはPocchariの歌のリズムに合わせてオリジナルな歌を作り始めた。


(こ、こいつ!自分が犯罪者だということを忘れているのか!?)


 グラシリアは呆れたを通り越し、呆気に取られていた。






 第50話『狙われたマリアンヌ』へと続く。

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