第72話 ゾアン体実験の様子
タン、タン、タン。
乾いたリズミカルな音が聞こえてくる。
同時に、バン、バン、バン、と一流の格闘家がサンドバックを蹴っているような鈍く大きい音が響く。
「はて、どうでしょうか?」
ドクター・ムニエルはゾアンを観察する。
突然の攻撃に、ゾアンたちは脇下から翼を出し、それで顔面を覆った。
「うむ!急所が頭であることは人間と変わりないですね!やはり、地上の生物だと目は出来るだけ高い位置につくものだから、その神経を繋げる脳も近い場所にあると考えるのが自然でしょう。」
しかし、予想外だったのはゾアンの耐久力である。
死体の解剖結果から予測して銃弾の威力を設定したつもりだった。
弱らせて捕まえて、もっと広い場所へ移動させようか、という意図の一端もあり、死なない程度に、ぐらいで考えていたのに、銃弾はほぼ効いてない。
皮膚と筋肉の間にもう一つ層があったが、ここで銃弾は止まったのだろう。
「筋肉を縮小させると、鋼のような硬度を得るようですね。このレベルの銃弾だと、傷もつかない、と。予想以上でしたね。」
ゾアンは、銃が出てきた元を特定すると、そこまで疾走していき、一瞬で壁から飛び出ていた銃をへし折った。
「ああ、もう、早く戻さないから…まあ、いいでしょう。予算はまだまだありますし。それにしても、脚も速いですね。今、最大で何キロ出ていましたか。」
「今ので最大61キロです。」
「神経強化剤と筋肉増強剤を投与したアスリートと同じぐらいの速さですね。それにしても、謎が多い生物ですね。通常、空を飛べるような生物は体重も軽く平地で脚は速くはないものですが。」
身体は太くはない。ただし、筋肉の密度が半端ないため、相当な強さを誇る。
解剖により、翼はかなりの大きさにまでなることはわかっている。
恐らくだが、すごい勢いでバタつかせる筋力を持っているのであろう。
「ああ〜〜〜、早く飛んでいるところを見たい!もっと大きな場所に移動させたい〜〜!!」
ドクター・ムニエルはジタバタする。周囲の研究員は、苦笑いを浮かべながら、また始まったか、という様子だ。
「よし、次は電撃に対する耐久度を確認しましょう……」
「サンプル個体Aに対し、これより電撃耐久試験へ入ります。」
グオオオンっと機械音が鳴り響く。マジックミラー越しに見ていると、ゾアンに反応はない。やはり耳はないようだ。
「レベル1、5ⅿA」
5キロボルトの電流が閃光と共にゾアンを襲う。
しかし、ちくちくする程度なのか、ボリボリと腕を掻いているだけだ。
「レベル2,10ⅿA」
またしても閃光が走る。今度は少し身体をうねらせる程度だった。ゾアンはキョロキョロと電撃の出どころを探る。しかし、電撃は常に場所を変えて出てくるので避けられない。
「レベル3,20ⅿA」
今度は少しだけ痛いのか、身体をビクっとさせた。
「レベル4・・・」
このような進め方で、少し間を置きながら、最後はレベル18まで到達した。
このレベルだと、流石のゾアンも断末魔のような叫び声をあげて、皮膚が爛れてしまった。
「や、やりすぎましたかね…しかし、電撃への耐久度も高いですね。驚きました。」
ドクター・ムニエルは感心したような調子で喋る。
「うむ、あれだけの生物多様性の世界だ、文明のアドバンテージがあるとはいえ、その頂点に君臨する者が弱いわけがない。よし、今度は個体Bを使って、衝撃テストを行うことにしよう。」
「イエス、サー!」
「それにしても、やはり遠目に見るだけでは分からないことばかりだな…」
ドクター・ムニエルは目を細める。
「設定は、どうしましょうか?」
「ここまでの耐久力を考えるならば、20Gぐらいまでは耐えるだろう。」
「に、20Gですか?大丈夫ですかね?」
「君も科学者のはしくれなら、ギリギリを攻めなさい。その領域にこそ、未知への突破口があるのだよ。」
「はい!ドクタームニエル!精進します!」
この日の試験後、個体Bは腕と肋骨を骨折したようだった。
(あの筋肉化け物がなぜあんな文明を築けているのか、不思議でたまらんですね。)
この日の実験の終了後、ドクタームニエルは鼻歌交じりにコーヒーを啜りながら、一つのファイルに目を通していた。
そこには、『ハルモニア侵略計画(素案)』と書かれていた。
第51話『ダラダラしている時間はない! ①』
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