第25話 エブリワン・ハズ・ア・プラン

 エリートフォースの面々が潤沢なボーナスをもらい各々の休暇を楽しんでいたころ、オムニ・ジェネシスではコズモの招集により各代表区の人間が集まり首脳会議を開いていた


 アジェンダは「今後の軍事力強化」についてである。


 今回は知的生命体対策部の面々には参加を控えてもらった。後ほどご丁寧なクレームが届くことであろう。


「ご足労ありがとうございます。皆さまが出そろいましたので、これよりサミットを始めさせていただきます。」


 ステラが口火を切って会議が始まる。


 それからすぐにビリー将軍が先の戦いの様子とカオスファイターが全滅するまでの経緯を説明する。


「先の大戦では、総数614もの『ライフ』獲得により、我々は大いなる成功を納めたと言えるでしょう…」


 ビリー将軍の長い説明に、ヒュンサブ副将軍は目を開けたまま寝ていたが、区の代表者たちは一字一句漏らさずに聞いていた。


「…そういうわけでして、現在我々の兵力そして資源力では、ブラックワームの軍勢に対抗できない可能性があることを考慮しなくてはいけません。圧倒的な数の前に、我々はジリ貧の戦いを強いられてしまうのです…」


 神妙な面持ちで説明を聞き入っていた各区の代表たちの頭の中は、そのほとんどがコズモやビリー将軍の心配やよそに、いかに今回の件で利権を得るか、が占めていた。


 600強の『ライフ』を手に入れたのだ、数百年は安泰だ−という思いがあった。


「その軍事力強化とは、具体的にはどのようなことをするのでしょうか。」


 第6区、エリア31−36を代表するデビンジャはいつものニコニコして何も言わないスタイルを崩し、眉間に皺を寄せて不満そうに座っていた。


 利権のことで頭がいっぱいの代表たちの中で、反暴力主義で博愛主義者として知られるこのデビンジャだけは軍事力強化という言葉にアレルギー反応を起こした。


 彼女の中で軍事力強化という言葉は虐殺と類義語となるようだ。


(そらきた!)


 文句を言う人物がいるなら、真っ先に彼女であろうとコズモは踏んでいた。彼女のことは嫌いではなかったが、ここは納得してもらわねばなるまい。


 彼女は、権威主義への反抗を頑なに突き通し続ける姿勢により政府と対立することもしばしばあったが、それこそが艦内では必要なバランスであるとコズモは考えていた。


 透明性の徹底、貧困を産まないシステム開発、不正を許さない管理社会、こういったことの実現に彼女は大いに貢献し、現在は区の代表者となっている。


「ミス・デビンジャ。勘違いしないでもらいたいのだが、今回の軍事力強化は私やビリー将軍が利己的な野心を持って行うものではないのです。人類を守っていくための最低限の処置とお考えになってほしい。」


 コズモが訴える。


「大層な大義をお抱えなようですが、いつもそのようなを掲げて大きなお金を儲けているのはどなたたちかしらね。」


「ミス・デビンジャ。今回出撃したソルジャーたちは、言うなればオムニ・ジェネシス最強部隊だったのすが、百万対五百の数の差です。蹴りがついたのは一瞬ですよ!」


 デビンジャは懐疑的であった。


「資金源は、増税かしら?それとも誰かの資金洗浄?非公式団体との癒着?」


「増税は免れないでしょうが、クリーンなお金です。というより、そんなことを気にしている場合ではないのです。皆が一丸となって臨まなくてはいけないのです。」


「あら、ここにいる区の代表者の方々は、すでに頭の中は利権のことでいっぱいだと思いますけど。ああ、、というのはそういう意味ですか。みんなで利権を奪い合って儲けよう、と。」


 代表たちは口をポカンと開けて互いに顔を見合わせた。デビンジャは腕を組んで椅子の背に大きくのけぞった。


「ミス・デビンジャ!誤解もいいところです!いいですか!今回の軍事力強化で我々が提案しようと考えているカオスファイターの増産数は10万機です!遊びが入る余地はありません。そのぐらいないと勝てないということです。」


 この数字を聞いた途端、区の代表たちの目つきが変わった。


 今度はデビンジャが口をポカンと開けた。


「あ…あの、1機製造するのに数億オム二ドルもかかるというカオスファイターを、10万機、ですって!?気でも触れたのですか!?そんなお金が流通しているわけないでしょう!」


「もちろん、これは新しい『ライフ』というリソースが手に入ったから可能になったということです。一機につきの価格は大幅に下げなくてはいけません。」


 デビンジャの浅黒い肌についている大きな目は見開くことでさらに大きくなり、元々高い鼻の穴も開いて迫力のある顔つきになった。


 デビンジャが何か言いかけたところで、ステラが割って入った。


「ここからは、私が話しましょう。」


 ステラがデビンジャをじっくりと見据える。


「我々はハルモニアを監視し続けてきました。全ての場所を調べたわけではないですが、都市部と見られる場所には実に多くのゾアンが集落が存在しています。推定ですが、ハルモニアに生息するゾアンの個体数は200億を超えると思われます。」


 ここで動揺が走る。200億とは、地球に人類がいた時の総人口の二倍だ。


「ハルモニアに存在する巨大軍事施設は、どうやら急ピッチでブラックワームを開発しているようです。軍備施設から毎秒のように飛び出してくる新しいブラックワームたちが確認されています。前回我々が接敵した100万ものブラックワームは氷山の一角と言うべきで、『ゾアン軍』のほんの一握りでしかありません。」


 デビンジャは黙って聞いている。


「今、資料やデータ、及び、実際の、映像を10分ほどお見せしましょう。」


 そういうと、ステラは会議ボードに、ハルモニア表面数カ所を同時に観測している様子を分割画面で見せた。


 数分おきにどこかからかブラックワームが打ち出されている様子が映し出されていた。


「よろしければ、過去何十時間も遡ることができますが、この24時間で観測しただけでも10万匹ほど飛び出してきています。ハルモニアには今の軍勢だともはや近寄ることもできないでしょう。『ライフ』だってもう奪えないかもしれない。」


 会議室は静まり返ってしまう。


「しかも相手は捨て身のカミカゼアタック。わかりますか?こちらが用意する10万というカオスファイターの数は、今作れる限度というだけで、本来足りているとは言えないのです。」


 ステラが一息ついた時、賢いデビンジャはすでに議論は不毛、と考えた、「もういいです。分かりました。」と、だらりと下げた腕で長い黒いストレートの髪をいじりながら、ポツリと言った。


「これらの情報に誤謬がないことを証明する資料も送っておきますね。」


 ステラは駄目押しをした。「いえ、その必要は・・・あ、いや、はい、一応、お願いします。」デビンジャは観念した様子で、これ以上のことは何も言わなかった。


 会議はこの後、政府の方針で更なる軍事力強化に進む方向で一致した。


 これにより船内は大幅な増税へと向かったが、やむを得ないと認識された。


 ハルモニア軍事施設への核爆弾の投与なども囁かれたが、今のところ近づくことさえ難しいであろうということで保留となった。


 会議室から出た各々の代表者たちは、耳にピタリと吸い付く吸盤のようなものをくっつけ始める。耳に優しいヘッドフォンだ。耳に手を当て名前を言うだけで電話がかかる。


「確か隕石での物資採掘を行うマシンを開発しているアイアン・マインド社は本部がうちの管轄にあったな。すぐに連絡を取れ。カオスファイターの装甲に使われるレアメタル用の採掘マシンの増設と、採掘案の草案をまとめるぞ。」


 コシヌキはサッサと車に乗る。


「うちの管轄には武芸者が多かったな。これからは山ほど軍人が必要になるのと、その者たちを訓練する専門の施設が必要となる。俺は軍部に太いパイプがある。軍と協力して、カオスファイティングアカデミーを創設するぞ!講師にはエリートフォースの面々を迎え入れる。すぐに交渉に入るぞ。」


 ダテは背筋をピンと伸ばして肩を切り歩く。


「エリア1の重機工場を改造し、増設して全てカオスファイター工場へと変えます。エリア1からならば軍事施設と距離的にもクソ近いわ。納入がスムースになるからこれは通るはずよ!」


 グラシリアは拳を握る。


「オムニエンジニアリング大学に、カオスファイター技術学部を新設しよう。軍とタイアップして、これからはより多くのカオスファイターの技術的向上と、エンジニアの派遣が見込まれるよ。」


 学問色が強い第3区の代表ラッセルは髭を撫でた。


「『ライフ』エネルギー研究所へ多額の資金援助をしなさい。これから恐らく大量のエネルギーが売れることになるわ。『ライフ』エネルギー実用を最適化し、この分野のエネルギー開発を独占するわよ。」


 実利主義的なビジネスマンが集まりやすい第5区の代表テイトはスカートを少し捲し立てて階段を登っていた。


 各々が、この件に関わるために知恵を絞って動き始めた。


 かくして、オムニ・ジェネシスは、宇宙へ飛び出て以来、初めてで、しかも極めて大幅な軍事力強化に踏み切ることになったのであった。





第26話 『暗殺集団 黒血ブラックブラッド』に続く

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