第59話 空っぽだから、何でも入る
「め、めちゃめちゃ強いっすね…」
ITエンジニアのスタンプは目を見開いて連れ出されていく№6の映像を眺めていた。
今回の
先ず、第二区代表のダテの計らいがあり、スタンプは病院内のコンピューターの管理権限を得ていたということがある。
すぐに外部からメインコンピューターへハッキングが来たので、二重でハッキングをかけて泳がせておいた。
ダクトから侵入したドローンも、各地に配置されたセンサーが反応したおかげで把握できていて、同じようにドローンを送って催眠ガスを回収。
その後、無害のガスへと変えておいた。
さらに、No.4がチェックしていた病院のスケジュールや監視カメラへのアクセスから、侵入ルートやおおよその時間も特定していた。
ガスの噴射、侵入してきた時の様子などを、逐次フーコたちに無線で伝えていたのだ。
前の晩に、ダテには主治医を説得するように言って、マリアンヌの手術をその日の内に終わらせておくようにと指示も出しておいた。
正直なところ、スタンプの心情としては、いくら強いとは言え殺人集団相手にフーコ一人で何とかなるとは思っていなかった。怪我が治ったばかりのマリアンヌがいても難しいのではと思っていた。
それもあり、いざという時には病院の院長に全てをなすりつける準備も整っていた。
同じ日に、同じ棟にいた患者は全員他の棟に移している。
ダテはマリアンヌを重要参考人と位置づけ、病院に融通を聞かせてもらった。理由は言っていない。
病院も、商売になるので余計な詮索はしなかった。
そもそも、入院者のほとんどはピクニック気分で泊っているような連中ばかりなので、部屋がアップグレードされることを知ると喜んで移っていった。
費用はダテとグラシリアが支払った。
こうして
スタンプはいつでも撤退する準備ができていたが、いざ箱を開けてみると、フーコ&マリアンヌペアの圧勝劇。
スタンプは開いた口が塞がらなかった。
「こ、これは凄いことです!生きたままで現役のエージェントが捕まったことなんてないのではないですか。」
第一区代表のグラシリアも興奮気味だ。
もともと、フーコをこちら側のエージェントにした時点でそういう計画ではあったが、実際に成功するところを見て鼻息を荒げた。
ダテはフーコに投げられた腰の痛みが酷いらしく寝転がったままであったが「やったか!それは凄いな!」とガッツポーズをしていた。
「このクズ野郎、どうしますか。」
スタンプは№6の行動を病院に入ってきた時から見ていただけだが、彼のことをクズと認定していた。
(また自分のことを棚に上げて!)
ダテとグラシリアは互いの顔をチラリとみて共通意識の確認をとったが、それ以上はなにも言わないでおいた。
「犯罪者輸送用の車を止めてあるわ。B4まで降りてきて頂戴。」
グラシリアはフーコとマリアンヌに無線で通知する。
フーコは罵声を浴びせ続ける№6に再び金的を浴びせ、その後大人しくなった。
もう一発蹴れば金的ガードは壊れてしまっていただろう。
輸送用の車はバンボディのトレーラーのように外から何が入っているのか見えない構造になっている。無人車であるが、運転席にはフーコが座った。
怪我が治ったばかりのマリアンヌを入院させたままにしておきたかったが、また狙われないとも限らないので一緒に連れていくことにした。
車が発進すると、流石のフーコも疲れたのか、運転席でぐったりしてしまった。
マリアンヌは、そんなフーコの様子を見て微笑んでいた。
車が走り始めてから1分ほど経ってからのことである。
犯罪者を輸送する車の荷台部分の天井に数センチほどの穴が空く。そしてその穴から、中を覗く目があった。
No.6がその目に気づく。
気づかれたことを悟ると、シーっと口元に手を当てたところを見せる。
No.4である。
その小さな穴にワイヤーの端を詰め込み固定して、フリーフォールの容量でNo.4は荷台の横にスルスルと降りて来た。
そして、荷台の横、No.6のすぐ近くにも穴を開ける。
「No.6、そこにいるか?小声で話せ。」
「…クックック、せんぱ〜い。完璧なタイミングっすよ〜。」
No.6はニヤリとした。
「ボスの命令だ…連れ戻してこい、とな。」
「クックック、まあ、この拘束具が取れれば、前にいる2人をぶっ殺してミッションは完了だな。」
「…その前に、外を見てみろ。」
「え、ああ?」
No.6はNo.4が開けた穴を覗き込む。
次の瞬間、毒針がその目を貫いた。
「ア、ッガッガガ」
No.6は痙攣し始める。
「最後の教えだ…先輩を舐めるな。」
「き…さ…」
「ああ、後、ボスはこうも言ってたよ。使い物にならないようなら、処分しろ、ともな。」
No.6はそのまま生き絶えた。
No.4は車が速度を落としたタイミングで離脱した。
__________________
「フー、フー、フー…ッグ!」
No.4は追手が来ないことを確認して、ようやくズルズルと座り込んだ。
レバーを打たれた時のダメージはトレーニング時にも味わったことがあるが、恐らくそれ以上のダメージ。あの時でさえ数日は痛みが続いた。
(ボ、ボスに、連絡しないと。)
緊急連絡用のデバイスを手に取った時に、あることに気づき血の気が引く。
脳周波砲を落としてきてしまった。
あの装置は
(病院にまだ落ちているかもしれない…いやその可能性は薄いか…それに、また罠を貼られているかもしれない。)
No.4は病院へ行くのは諦め、全ての責をNo.6に擦りつけようと考えた。
緊急連絡用のデバイスなど、滅多に使われるものではない。任務が失敗した時などのみでしか使われないからだ。
頭の中でストーリーをまとめ、電話をかける。
『…No.6はどうなった。』
「死亡しました。」
『…死因は?』
「酷く大きな怪我を負わされていて、一緒に離脱するのは不可能と判断し、私が殺しました。」
『…なるほど。他に報告することは?』
「…No.6に持たせていた脳周波砲を回収されてしまったと思われます。」
『…わかった。ご苦労であった。』
(…それだけ?もっと咎められると思っていたが…No.6の件も、やけにあっさり…?)
『ところでメトロよ。』
急にボスの声色が変わり、名前を呼ばれたNo.4は一瞬で冷や汗が出た。ボスから名前で呼ばれたことなどない。
『今日の報告、嘘偽りはないな?』
「何一つ、偽りを申してはおりません。」
『…そうか、もう帰ってもいいぞ。今回はミッション失敗なので報酬はなしだ。』
「はい、心得ております。」
そういうと、電話が切れる。メトロは吹き出ている汗を拭いた。
電話が切れた向こう側では『ボス』がゆったりと紅茶を啜っている。
「騒がしくなってきましたね。穏やかとは程遠い。」
「僕が行きましょうか。」
「いや、それには及びませんよ。それもまた、無意味なことです。」
「No.4は嘘つきだからね。気をつけた方がいいよ。」
「祖国を裏切り、その国も裏切り、そして細かい裏切りを繰り返して私たちへと辿り着いた天涯孤独の元工作員。それでいいのです。彼女は空っぽなのです。だからこそ、何でもやってくれます。」
「ふ〜ん。よく分からないな〜。」
ボスの向かい側に座っている男は、紅茶と一緒に出されているビスケットをそっと噛んだ。
第60話『
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