第75話 ダラダラしている時間はない! ③
「ドクター!勝手に決めては困ります。それに、この娘の言うことを信じるつもりですか!?」
ステラは驚いたようにドクター・ムニエルの方へ向き直る。
そうだった!このドクターには政治も駆け引きも金も関係ない!ゾアンに関わることならば、みんなおもちゃなのだ。
「信じるもなにも、もし嘘をついているとしたら、監禁して自白剤でも使って、なぜD5のことを知っているのか、洗いざらい喋って貰えばいいじゃないですか。自白させる手段など、いくらでもある。」
グレースたちは身構える。
(チィ、こう来るか!?もはや切り札を使うべきか!)
ダニーが思惑する。
「ちょ、本人たちの前で、物騒なことを言わないでください!」
グレースたちの緊張を感じ取り、ステラが慌ててドクターを嗜める。
「じゃあ、何かね。シラを切って知らぬ存ぜぬでこのまま返すのかね?彼女は有名な検事だったね。証拠を集めるのは得意な人だよ。ここまで来て何もしないで返すと、何をするかわかったもんじゃないよ。君たちとしてはそれは不本意じゃないかね。」
ステラは黙って聞いている。
「それに、彼女たちの言っていることが本当だったら、彼女を実験チームの一員として引き込んで、協力を得ることが最も生産的だと考えるよ。」
場が静まる。
ダニーは『自分らから連絡がなかったり、こちらからSOSシグナルを送れば、ジャーナリスト仲間たちがこぞってこの建物についての記事を拡散し、それから乗り込んで来るぞ。』というハッタリを用意していたので、それを言うべきか迷った。
「あのね、グレースさん。疑っているわけではないのですが、普通に考えて、こんな世迷言のような話を聞かされて、はいそうですか、と納得できることの方がおかしい、ということはわかっていただけるかしら。」
ステラから邪悪な意思は感じ取れない、ということはグレースには分かった。グレースはサンティティとダニーを振り返り、目でこのことを伝えた。
少なくとも、常識人的なステラの対応に、少なからずみんなホッとしている。
むしろ、油断できないのはドクター・ムニエルである。
この、目的のために手段を選ばないというような男は要注意人物と感じた。
「はい、ごもっともなお話です。私も、こんな話は誰も信じてくれないだろうと、今の今まで隠してきました。しかし、あの物憂げな、悲しげな心の叫びが聞こえてくると…私はもう、いてもたってもいられなくて…」
グレースは、あぁ、悲しいわ、という感じに、わざと大袈裟におでこに手の甲を当てて顔を上げて目を閉じる。
(あ、あともうひと押し!)
グレースは考えながら、さらに、あぁ、なんて可哀想な、悲痛な声なんでしょう、と言いながら、今度は下を向き、両手で頭を抱え、首を振る。
ステラは困った顔をし始めた。
ドクターがまた入れ知恵を始める。
「ステラ副船長、あなたはこの娘がどこかからD5の噂を聞きつけて、我々を騙そうとでっち上げの嘘の話をして、D5に潜入しようとして秘密をみんなにバラそうとしている、とお考えになられている。」
「いや、そう言い切っているわけではなく、可能性として・・・」
「最後までお聞きください。先ほども同じようなことを言いましたが、この娘の言っていることが本当であるならば、我々の実験は大きな進歩を遂げることになる。嘘であれば、いったいなぜこんなことをしようとしたのか、吐かせればよろしい!嘘をついていることなんて、すぐに分かります!」
「それもそうですけど…」
ドクタームニエルの勢いに反論するほどの弁をステラは失っていた。
「もはやあなたがここにいて彼女らの話を真面目に聞こうとした時点で、彼女らをこのまま返すのはよろしくない。どうせ、この人たちはここに来ることを誰かに話しているのでしょう。この人たちが行方不明になると、政府にとってはありがたくない噂が出回るでしょうな。しかもダニー氏はメディア関係…現時点では、この人たちの協力を得て、さらにはこの人たちの協力者も踏まえて自由にさせて機密保持させる方が得策でしょう。」
(ほお、ドクター、良いことを言うじゃないか。)
ダニーは感心した。
「監禁もダメ、脅迫もダメ、このまま返すのもダメ、だったら、協力関係を築くのが、最も良き方法でしょう!(まあ、隙を見て麻薬で洗脳するのはアリですが。)」
ステラも、ドクターの身勝手に腹を立てつつも、不思議と納得してしまう。
「わ、分かりました…」
ステラはそう言うと、グレースたちに向き直る。
「いいですか、あなたたち。これを聞いたら、後戻りできませんよ。先ずは機密保持の契約にサインをお願いすることになりますが。」
三人はお互いの顔を見合わせる。
「もちろんです…内容をよく読ませてください。」
グレースが答える。
サンティティもダニーも首を縦に振っている。
ステラはため息をつくと、護衛を呼んで、機密保持契約書を持ってくるように要請する。
「グレースさんも、法律に関わる人間。契約の遵守は人として守るべきもの、ということは、分かっていただけていると思いますが。もちろん、他の二人にも…」
持ってこられた紙を手渡しながら、ステラは鋭い眼差しを向ける。
「もちろん!愚問ですわ!」
グレースはにっこりと笑った。
第76話『ハルモニア侵略計画』へと続く
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