第74話 ダラダラしている時間はない! ②
ズカズカと入口から勢いよく歩いて来る三人に、受付が口早に話しかける。
「あの、どのような御用で!」
ガードマンが銃をちらつかせている。
(俺に任せろ!)
ダニーがサンティティとグレースを振り向き、2人の前に手をかざしてジェスチャーする。
「セブン・タイムズのダニーだ。話の分かる人に伝えてもらいたい。『D5のペットたちとお話ができる人が面会を求めてる』とね。」
ダニーが名刺を見せながら口早に伝える。
「あ、あの、おっしゃっていることの意味が分かりませんが・・・」
「船長、副船長、リトル・チーキーのクルー、誰でもいい。俺が言ったことを伝えてくれ。その人たちなら、この意味がわかるはずだ。」
「ええっと…つまり…」
受付の女性は、混乱しているので、情報を整理しようとしている。
「お嬢さん、余計な詮索はしない方がいい。いいか、よく聞いてくれ。あなたの首が吹っ飛ぶかどうかが、あなたの対応の仕方で変わってくる。もう一度言うぞ、『D5のペットたちとお話ができる人が面会を求めてる』だ。ちなみに『無視されたら、ペットのことは沢山の人と相談して決める』とも言っておいてくれ。」
受付はまだ混乱している様子だったが、ダニーの迫力におされて、とりあえずリトル・チーキーの兄貴分で話やすいバリーに連絡を取る。
バリーはその話を聞いた後、「少し待て」と言い、その数分後、三人は中へ通されることとなった。
受付は相変わらず最後まで意味不明と思っていたが、数分もするとそのことは忘れて、頭の中は今夜の仮想空間での合コンのことでいっぱいになっていた。
機密多い機関の受付は、こういう人がふさわしいのであろう。
厳重なセキュリティチェックの後、中を通されたダニーたちはしばらく待たされた後で意図していなかった大物と面談することになる。
「お待たせしましたわ。」
副船長のステラが警備員を数人引き連れて挨拶に現れた。
ダニーとサンティティとグレースは、突然の副船長の登場に驚きを隠せなかった。
「え、あ、副船長!?ステラ副船長ですね。」
「ええ、自己紹介の必要はないかしら。」
「は、はい。お、お会いできて光栄です。」
勢いで来てしまったが、ダニーもまさかこんな大物といきなり対談することになるとは夢にも思っていなかった。
サンティティもグレースも丁寧な挨拶をする。
「よろしくね。ところであなたたち、随分と風変わりなことを言っていたらしいけど、詳しく聞かせてくれないかしら。」
「はい!ええっと、ここからは、グレースが話した方がいいかな。」
ダニーは自分が主導権を握って話をしようと考えていたが、大物がいきなり本題へ入ろうとしていて完全に不意を突かれた形になった。
脅しを含めたような余計な揺さぶりはやめて正直に話してから、相手の出方を伺った方が良いのでは、と判断した。
グレースはダニーの表情を読み取り、こくりと頷く。
「最初に私が『声』を聞き始めたのが、最後のライフ回収ミッション後からだったのですが…」
これにステラがピクリと反応した。
感情の機微に敏感なグレースは、二人の反応を見逃さなかった。
「『声』ってなに?どういうこと?」
「私が『声』と呼ぶのは、耳に入って来る音のことではありません。脳に直接響いてくる『声』です。そして、『声』の主をずっと辿っていくと、いつも同じところへ行き着くことがわかりました。それが、オムニビル第2内にある、D5ゾーンだということも。」
ステラは片手を顔の前に持ってきて、丁寧に塗られた唇に人差し指がほんの少し当たりそうなところで止めた。
その目は疑惑と混乱と驚嘆がブレンドされたような複雑な深みを帯びていた。
「それで、ですね。しばらく声の主と交信しようと試みていたのですが、どうにも言葉が分からないので、意思疎通はできませんでした。それでも、彼らの感情は伝わってきました。そこで、直接会って話すことができれば、少しづつ意思疎通は進展するものと考え、ここへ来た、というわけです。」
ステラは相変わらずじっと何かを考えているような様子だったが、グレースが次の言葉をつなげる前にそれを遮るように喋り始めた。
「あなたの話、少し唐突すぎて、にわか信じられないような話ですわ。少しここで待っていてくれるかしら。」
ステラはそう言い残すと、早々に護衛を引き連れて部屋を出て行ってしまった。それから10分ほど待たされて、今度はドクタームニエルを連れて戻ってきた。
ドクター・ムニエルは痩せていて、派手なボリュームのある髪型をしていた。クラシックミュージックのバッハをダイエットさせたらこんな感じだろうか。
紹介されると、三人ともこの人物が「科学班のリーダー」ということは知っていたが、知らんぷりをした。
「君の話はとても興味深いものだ。君は一体どのようにして、この『声の主』の声を聞いているというのかな。」
ドクタームニエルが顎を摩りながら質問する。
「はい、正確に言うと、聞こえる、というよりも、直接頭に響いてくる感じです。最初は、耳鳴りかと思ったのですが・・・」
ドクター・ムニエルは少し顔をしかめた。
「しかし、耳鳴りではなかった、と言いたいのかな。一体どうして君はそれを『声』だと思ったのかな。しかも、D5から来ていると?」
「そこへ近づけば近づくほど『声』はハッキリと聞こえるようになりました。慣れてきたら、こちらから何かを発することも試みましたし、向こうもそれに気づいているような感じでした。今は、自分の意思でボリュームみたいなものも調整できます。」
ドクターは、ステラに何か耳打ちをし始めた。ステラはそれを黙って聞いていたが、相変わらず疑惑と混乱の目の色に変わりはなかった。
「グレースさん、あなた、受付に『ペット』という言い方をしましたよね。なぜそのような表現を?」
「はい、似たような言語を探してみましたが、過去に存在したどんな言語を聞いてもまったく異質のものでした。『人』ではないのかな、と…」
グレースがこういうと、ステラは表情が険しくなり、ドクタームニエルは目を見張った。
ステラは相当混乱していて、その疑惑の眼差しに益々磨きがかかったようであるが、ドクター・ムニエルはグレースの言う事に心底興味を持ったようだ。
(攻めるならば、こっち!)
グレースは感情の機微に敏感であり、勘が働く。
「あなたの・・・」
ステラが口火を切ろうとした瞬間、その言葉は遮られる。
「ブラボー!!面白い!是非とも私の科学班のチームに加わってほしい!」
ドクタームニエルは、突然叫んだ。夢が叶った子供のようなキラキラとした眼差しを向けて。
第75話『ダラダラしている時間はない! ③』に続く
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