第32話 歯車を回す者たち ①

 カオスファイター10万機が納入され、大規模な『ライフ』回収作戦へと向かう前夜。


 オムニ・ジェネシス老舗のレストラン『La Kitaro』の駐車場に車が停まる。


 ティアナとフーコは車を降りると、2人並んでレストランまで歩いて行く。


「それでさ、もう、来てると思う?」


「え、そんなの知らないよ。」


「ええ〜、もういたらどうしよう〜。」


 単に友達同士が集まって会食する、だけのはずだったが、思わぬ大物の同席にティアナは動揺していた。


「まったく、ティアナお嬢さんは、相変わらず権力者に弱いんだから。あなたもリトル・チーキーのクルーなんだから、十分既存権力側の人間だからね。」


「え、私が!?その割には大した給料貰ってないんですけど!」


「貧乏貴族ってやつかしら。おほほほ。」


 フーコがニヤけ顔で挑発すると、ティアナは口をすぼめて「もう!」と言いながらフーコの肩を叩いた。


「いい?私は、『権力者』にはけっこう慣れてるの。といつも仕事しているからね。でもほら、あの人って、40年ぐらい前のあの…」


「ギャング殲滅作戦の指導者って言いたいんだろ。無法地帯になったエリア40を粛清しようとして、多数の死者を出した…」


「でしょでしょ〜。ヤバかったよね〜。めちゃくちゃ怖い人だったらどうしよう〜。」


「まあ、マリアンヌの恋人ってことらしいから、そんなことないと思うけど。でもさ、本当に驚いちゃったよ。あのマリアンヌがね〜。」


「マリアンヌさんは、こう、なんか抜けてるから、騙されてたりするんじゃないのかな〜。やっぱり怖い人なんじゃ…」


 度々袖を引っ張るティアナを無視してフーコが個室を覗くと、マリーとマグワイアとマルクスがすでに席について待っていた。


「あなたたち、ギリギリだわね。」


 それに気づいたマリーが時計を確認する。


「お久しぶり〜。ちょっと遅れちゃったかしら。」とフーコが挨拶をして、マルクスが「いやいや、全然、全然、」と返す。


 その後フーコとティアナが席について間も無くマリアンヌとダーマッサーが入ってきた。


(オーラヤバい!)


 ティアナは自分の中で勝手にダーマッサーを大きくしてしまう。


 ダーマッサーは軽く会釈をして、それに合わせてみんなが会釈をする。


 全員揃ったところで、マリーがとりあえずオーダーしましょうというので、皆が一通りオーダーを済ませる。


 もう2年以上前にティアナとフーコで大笑いをしてウェイターを困らせたあの時のレストランである。オーダーをとりに来たのは奇しくも同じウェイターであった。


 ウェイターはフーコとティアナのことをよく覚えているようで、目が合った時にニコリと笑いかけてくれた。


「いやはやしかし、なかなかユニークなメンバーの集まりになりましたな。」


 マルクスが目をキョロキョロさせると、ダーマッサーと目が合った。


「ダーマッサー・グリヤートだ。よろしく頼む。」


 ダーマッサーが握手を求める。


「あ、は、はい!マ、マルクス・ウォンです!よろしくお願いします!」


 マルクスは両手で応じた。


「相変わらずの権威主義というか、ミーハー根性というか、お偉いさんとか有名人の前ではすぐにへりくだるのよね〜。」


 その様子を見ていたマリーはニヤリとした顔を作る。


「お、おい!マリー!なんでお前はいつもいつも!」


 ドッと笑いが起こり、少し緊張の糸が解ける。マリーの狙い通りだ。

 まずまず楽しそうな出だしとなった。


 マグワイアだけが申し訳なさそうにマルクスに苦笑いを向けている。


「あの〜、マグワイアさん。マジで、マリー大丈夫っすか?いじめられてないっすか。苦労してないですか。俺ならいつでも相談に乗りますよ。」


 マルクスがマグワイアに迫ると、「いや、楽しくやっているから大丈夫だ。ははは、心配には及ばない。」と笑って返す。


「うむ、まあまあ合格点にしてあげましょうかね。」


 密かにマグワイアに睨みを効かせていたマリーが突っ込み、マグワイアはまた苦笑いをする。


「あ、わかりマシた!マグワイアさん、完全にシリに敷かれてイマすね!」


 マリアンヌが大きな声で言うと、またも笑いが起こる。


 マグワイアは恥ずかしそうにポリポリと頭を掻いて、マリーは「そんなことないよ〜」と否定した。


「それにしても、格闘技の時はもう鬼人みたいに強くて、対峙しただけでも強烈なプレッシャーなのに、こうして会うとぜっっっっっんぜん違うんだから。」


 フーコがマリアンヌに向き合う。


「そうそう、そういうことってあるわよね。この人(マグワイア)だって、普段はこんな頼りなさそうな感じだけど、格闘技してる時はすごいカッコいいのよ〜〜。」


 マリーはマグワイアの腕を取る。マグワイアは完全に照れてしまって、「いや、そんな…」なんてことをブツブツ言いながら、目の前のドリンクをごくごくと一気に飲み始めた。


「なんか、このマグワイアさんのギャップ感。俺と同じ匂いがする…」


 マルクスがぼやく。


「はぁ〜???あんたの場合は何やっても変態に磨きがかかるだけでしょ!」


 マリーが全否定する。


 この二人のやりとりはもはやコントだ。天然のマリアンヌが加われば、良いトリオになるかもしれない。


 そそくさと料理が運び込まれてくる。近頃では珍しいほど生き生きとしたテーブルにウェイターも張り切っている様子が窺える。


 終始ニコニコしていたダーマッサーは背筋をピンと伸ばし、外側からスプーンとフォークを拾い、コースメニューの前菜の人工肉ビーフタルタルを手際よく食べていく。


 その優雅な仕草に、思わずみんなが見惚れてしまう。みんなもそれに触発され、下品な食べ方をしないように見よう見まねで食事を始めた。


 ティアナはダーマッサーの様子を見て、そんなに怖そうな人じゃない、とホッとした。


 急に気持ちも大きくなり、ダーマッサーに話しかける。


「あの〜、ダーマッサーさんって、どうやってマリアンヌさんとお知り合いになったんですか。」


(ナイス質問!)


 マリアンヌとダーマッサー以外の全員が心の中で思った。




 第33話 『歯車を回す者たち ②』に続く

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