第58話 仲の良い兄弟
マテオがホルヘさんと目線を合わせ、一呼吸置いて口を開く。
「ホルヘさん、この村ではここ十年の間に、新しく見られるようになった植物などはありませんか?」
「新しい植物ですか……? そういえば、果物があります。ミルテユと名付けた黄色のベリーで、この村の近くの森にいくつか生えているのを十年ほど前に見つけ、村の皆で楽しんでいるのです」
「その実は皆さんで平等に食べているのですか?」
「いえ、村長であるうちが一番多くもらっています。そしてうちでは娘が大好きなので、いつもほとんど娘にあげていますが……」
そのミルテユって果物気になるな……もしかしたら原因かもしれない。多く食べると魔物を引き寄せる匂いを発するとか、食べる時に指などについた匂いが魔物を引き寄せるとか……そんなことないかな?
「そのミルテユはいつが収穫時期なのですか?」
「ちょうど今です」
「もしかして、魔物の被害が多いのはいつもこの時期なのでは?」
「確かに……そうかもしれません」
これはその果物の可能性が高い気がする。早急に調べないとかな。予想以上に厄介な依頼かも……
「その果物のことを調べたほうが良いかもしれません。もう本日は時間が遅いので、明日案内していただけますか? それから娘さんにも一度会わせていただきたいです」
「そこまでしていただいても良いのでしょうか……?」
ホルヘさんはマテオの顔を見ながら申し訳なさそうにそう呟いた。確かに俺達への依頼はグレーウルフ五頭の討伐のみ。別に原因を探る必要はないのだ。でも聞いちゃったからには、放置というのも後味が悪い。
「このまま何もしないというのも後味が悪いですから、少し調査だけはいたします。しかしそれはあくまでも依頼とは関係なしに私達独自でということになりますので、途中で中断しても理解していただければと思います。グレーウルフの討伐もしっかりと行います」
「本当に、本当にありがとうございます……」
ホルヘさんと奥さんはそう言って泣き出してしまった。そこまで追い詰められてたのか……
「あの……聞いても良いのか分かりませんが、もしかして依頼料はホルヘさんの私財からなのでしょうか?」
俺はどうしても気になって、恐る恐るその疑問を口にした。
「はい。最初は村からお金を出していたのですが、娘のせいだと噂が広まってからは、冒険者に依頼をするのではなく娘を捨てれば良いじゃないかと言われるようになってしまい……やむを得ず私が依頼料を。しかしそれもいつまで保つのか……」
やっぱりそうなのか……この人達は家族想いの優しい人達なんだな。そして村の人達は冷たい。でも自分や自分の家族が襲われるかもしれないと考えたら、仕方がないのかもしれないけど……
「……そうなのですね。娘さんはどちらにいらっしゃるのでしょうか?」
「娘はこの家の奥の部屋に。外に出ると村人から嫌な視線を向けられ、時には物理的に暴力を受けたこともあり、塞ぎ込んでしまいまして……」
「お一人で部屋にいるのですか?」
「いえ、下の息子が正義感の強い子でして、姉を守るんだといつも一緒にいるのです」
「それは、とても優しい子ですね」
「ええ、娘も息子のおかげで笑顔を見せるのです。本当に良い子に育ってくれました。それにとても力が強い子で、物理的にも姉を守れるのです。……では案内しますね」
そうしてホルヘさんが家の奥に俺達を案内してくれて、ドアをゆっくりとノックした。
「レイレ、ウィリー、入っても良いかい? お客さんが来てるんだ。魔物を追い払ってくれる冒険者の方々だよ」
「姉ちゃんを連れて行く奴らじゃないのか!?」
「ウィリー、この方々は大丈夫だ。魔物がこの村に寄り付く原因まで探ってくれるらしい」
「……本当か?」
「ああ、大丈夫だ」
ホルヘさんのその言葉から数十秒後、扉が内側からゆっくりと開いた。そしてまず顔を出したのは、想像よりも背が高い男の子だ。赤髪に赤色の瞳で、強気な表情をしている。さっきの話からしてこの子が弟だよな? 予想以上に成長しててびっくりした。まだ十歳ぐらいには到底見えない。
その奥には娘さんらしき子が見える。男の子と同じ色の髪と瞳を持つ華奢な女の子だ。明らかにこの女の子が妹に見えるよ……男の子とは対照的に怯えるような表情をしている。怖がらせないように気をつけないとだな。
「二人とも、自己紹介をしなさい」
「俺はウィリー、この家の次男だ」
「わ、私はレイレです。よろしくお願いします」
「初めまして、俺はトーゴだよ。中に入っても大丈夫?」
一番歳が近いのは俺なので、他の皆よりは怖くないかなと思って声をかけてみた。すると警戒しながらも頷いてくれる。
「ありがとう」
俺は部屋の中に一歩だけ入り、怖がらせないように少し体を屈ませた。
「後ろにいるのは左からマテオ、パブロ、サージ。俺達は冒険者で、村を襲う魔物を倒しにきたんだ」
「あの……ありがとう。迷惑をかけてごめんなさい……」
レイレは申し訳なさそうに体を縮こまらせそう謝った。
「別に姉ちゃんが謝ることじゃないだろ! 姉ちゃんは何も悪いことしてないんだから」
「ウィリーの言う通りだよ。村ではレイレちゃんが原因だって言われてるみたいだけど、心当たりはないんだよね?」
「うん……全くないの」
「魔物に襲われた時に、魔物と意思疎通ができそうだなって思ったことはある?」
「……ううん」
やっぱりテイム関係のスキルじゃなさそうだな。そうなるとさっき話してた果物が問題の可能性は高いかも。
「お前も姉ちゃんを疑ってるのかよ!?」
「違うよ。ちゃんと事実を確認したかっただけ。俺の中ではレイレちゃんじゃなくて原因として疑ってるのはミルテユだよ」
ウィリーは俺に詰め寄ってきたけど、俺のその言葉を聞いて勢いが収まる。
「ミルテユが原因って、どういうことだよ?」
「魔物によく襲われるようになったのが十年ほど前からで、ミルテユが採れるようになったのもその時期。さらに村の誰よりもレイレちゃんがその実をたくさん食べている。そしてレイレちゃんが魔物によく襲われていた。この三つの事実を考えたら、ミルテユが問題の可能性もあると思わない?」
「確かに……」
「レイレちゃん、ミルテユは好き?」
「うん。甘くて瑞々しくて……凄く美味しいの。だからいつもたくさん食べてて。あ、これがミルテユだよ」
レイレは机の上に乗っていた木皿の上にある果物を指差した。見た目は拳大サイズの黄色い果物で、オレンジのような見た目だ。
「どうやって食べるの?」
「こうして爪で切れ込みを入れて皮を剥ぐの。そして中の実を食べるんだよ……はいどうぞ」
レイレは俺と話して少しは慣れたのか、さっきまでよりもリラックスして俺にミルテユを剥いてくれた。
「ありがとう。……美味しい」
見た目はオレンジなのに、味はかなり当たりの苺って感じだ。これは食べちゃうよ。こんな植物作った記憶ないし、やっぱり植物も進化してるんだろうな。
「美味しいよね! 皆さんもどうぞ」
レイレはまだドアのところに立っていた皆にもミルテユを渡す。
「ありがとう」
「いただくぜ……何だこれ、めっちゃ美味ぇ!」
「本当だな。これはいくらでも食べられる……」
明日はこの実が本当に魔物を惹きつけるのか、調査しないとだな。その生えてる木に魔物が群がらないってことは、皮を剥かないと匂いが放出されないのかもしれない。
「明日はこの実を調査してみるよ。木に生ってない場合も考えて、ここにあるミルテユをもらっても良い?」
「うん。あげる」
「ありがとう。じゃあ貰ってくよ」
そうして俺はミルテユを五個受け取りアイテムボックスに仕舞った。そしてそろそろリビングに戻るか、そう思ったところでウィリーがミルを見つけた。
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