第32話 出産

 その日もいつものように肉屋の荷運びをしてから畑に向かった。いつもなら畑にはイゴルさんを始めとして皆がいるんだけど、今日は誰もいない。

 どうしたんだろう、もしかして休み?


 不思議に思いながら家の方に向かってみると、中から話し声や走り回る音が聞こえてくる。慌ただしいけど何かトラブルがあったのかな。

 

「すみません、トーゴです」


 俺はドアをノックして中に呼びかけてみた。するとしばらくしてドアが開く。開けてくれたのはイゴルさんだ。


「トーゴ、もうそんな時間か……」


 イゴルさんはかなり憔悴している様子だ。


「何かあったのですか?」


 思わずそう聞くと、イゴルさんは少しだけ迷うようなそぶりを見せた後に重い口を開いてくれた。


「……トーゴにはいつかは言わないといけないだろうから伝えるけど、妻の陣痛が始まって、産婆さんに来てもらってるんだ」

「そうだったのですね! もう少しで生まれるのでしょうか? もしお邪魔なら今日は帰りますが……」

「いや、それが……逆子らしくてね。もしかしたら子供は助からないかもと。あとは妻も危険かもしれないんだ。普通の出産よりも何倍も死ぬ可能性は高いと言われて……。本当ならエクスヒールを使える魔法使いがいればいいんだけど、こんな田舎にはいないから、祈るしかできないんだ……」


 イゴルさんはそう言って力無い笑みを浮かべた。

 まさかそんなことになってるなんて……俺はそう驚きつつも、俺がこの場にいることに心から安堵した。だって俺はエクスヒールが使える。パーフェクトヒールだって使えるんだ。

 俺がここにくる前に、赤ちゃんとイゴルさんの奥さんが亡くなったなんてことにならなくて良かった……


「イゴルさん、俺は光魔法が使えます。エクスヒールも、パーフェクトヒールも」


 俺のその言葉に、イゴルさんは瞳をこれでもかというほど見開いてしばらく固まった。そしてそのあとに言葉の意味を理解したのか、俺の肩をガシッと掴み叫ぶ。


「ほ、本当かい!?」

「はい。冒険者ギルドにも光属性と登録してあります」


 実は回復系の魔法は大切だと思って、寝る前に何回か練習したのだ。ヒールもエクスヒールもパーフェクトヒールも全て発動できた。でもそこまで大怪我を負った人や病気の人に試したわけではないから、効果はわからないんだけど……


「なんで君ほどの人材がこんなところにいるんだ……?」

「あの、パーフェクトヒールが使えるって言ったらまずいでしょうか?」


 流石に言わないほうがいいかなと思って、今までは魔力量の多さを隠していた。でも人命がかかってるときに隠してる場合じゃないだろう。


「王族の専属じゃないことが驚きだよ……」


 あっ、そんなレベルなんだ。王族に囲い込まれるのはやだなぁ。もしバレたらいつでも呼んでくれれば駆けつけるから、自由にさせてくださいって言おうかな。


「できれば秘密にしていただけますか?」

「それはもちろん。……それよりも、魔法を使ってくれるのかい? お金はあまり払えないんだけど……」

「イゴルさんの奥さんのためじゃないですか。別にお金なんていりませんよ」

「トーゴ……本当に、本当にありがとう」


 イゴルさんはそう言って目に涙を浮かべた。


「では中に入れてもらえますか?」

「ああ、入ってくれ」

『ミルは外で待っててもらえる? ごめんね』


 出産の時は出来る限り衛生的にしたほうがいいだろうし、ミルが入るのを嫌がる人もいると思ってそう告げた。するとミルは心得たように頷いてくれる。


『分かりました。トーゴ様、頑張ってください』

『ありがとう』


 そうしてミルと別れて家の中に入ると、リビングの机にはイゴルさんのお父さんと子供達三人が沈んだ様子で座っていた。


「イゴルっ、こんな時になんで他人を入れるんだ!」


 お父さんは俺を見た途端にそう怒鳴りつけた。やっぱりお父さんには嫌われてるよな……確実に前の冒険者のせいだ。


 でもお父さんのおかげで一つ大発見ができたからいいんだけど。実はマップでお父さんの表示を確認したら、青でも緑でもなくて黒になってたのだ。だから黒は魔物だけじゃなくて、俺に悪感情を持ってる人も含まれるってことがわかった。


「トーゴは妻を助けてくれるんだぞっ! そんな言い方をするな!」


 イゴルさんも気が立っているのかすぐに怒鳴り返す。そんなイゴルさんにお父さんもカチンときたのかまた言い返してと、大喧嘩になりそうだ。

 俺がそんな二人を仲介しようと口を開いたその瞬間、奥の扉が開きイゴルさんのお母さんが出てきた。


「あんた達うるさいよ! 役に立たないんだから仕事でもしてなっ!」


 そしてそう怒鳴りつけてまたドアを閉める。お母さんがあそこまで怒ってるのは初めて見たな……

 その怒りに二人はすっかり意気消沈したようだ。お父さんは力無く椅子に座り込んだ。


「トーゴ、見苦しいところを見せてごめんね。あのドアの先が寝室だからあっちに妻がいるんだ」


 イゴルさんはそう言いながらドアを叩いた。


「開けてもいいかい? トーゴが来てくれたんだ。トーゴは光魔法が使えるらしくて、エクスヒールも……」


 そこまで言ったところでドアが勢いよく開いた。開けたのは知らない年配の女性だ。多分産婆さんだろう。


「それは本当かい!?」

「は、はい。本当です」

「じゃあその服の上からこれを着て、手を綺麗に洗って中に入りな。早くだよ」


 産婆さんにはそう言われて、白いシーツに首を通す穴が空いてるだけみたいな服を渡される。


「トーゴ、妻をよろしく頼むよ」


 イゴルさんにそう頭を下げられた。お父さんは俺が光魔法を使えるという事実に驚いて固まっているようだ。


「全力を尽くします」



 俺は服を着て手を綺麗に洗い、寝室に足を踏み入れた。


 中に入るとイゴルさんの奥さんはかなり辛そうで、脂汗を額に浮かべながらうめいて苦しんでいる。口には布が挟まれていてそれを噛んでいるみたいだ。


「早くこっちへ来てくれ。本当に光魔法が使えるんだね? エクスヒールが使えるんだね?」

「はい」

「エクスヒールは何回使えるんだ? 二回使えるか?」

「使えます」

「あんた最高だよ! それなら子供も母親も必ず助けられる!」


 産婆さんはそう言って俺の背中を叩いた。うっ、痛いです。

 それよりもパーフェクトヒールはいいのかな? でもエクスヒールが使えればいいみたいだし、さらに二回使えることが必要ならエクスヒールじゃなきゃダメだ。

 ここは流れに従っておこう。


「トーゴさん、本当に使えるのかい……?」


 そう聞いてきたのはイゴルさんのお母さんだ。


「はい。使えます」

「本当に、本当にありがとう」

「ト、トーゴ、ありがとう。巻き込んでごめんなさいね……」


 今度はイゴルさんの奥さんだ。辛そうにしながらもそう言ってくれる。


「気にしないでください。困っている時はお互い様ですよ」


 少しでも奥さんを安心させたいと思ってにっこりと笑いかけると、奥さんは少しだけ微笑んでくれた。


「うぅ、ううう、あぁあっ」


 でもすぐにまた痛みがきたのかうめき出してしまう。本当に辛そうだ。見てる限りでは今すぐにでも命の危険があるんじゃないかと思ってしまう。少しでも楽にしてあげたいけど、俺はどうすることもできない。

 出産って、本当に凄いな。

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