第21話 別の依頼と街の外
『ミル、疲れたよ〜』
『トーゴ様お疲れ様です!』
『ありがと〜』
俺はあまりにも疲れて道端に座り込み、ミルのもふもふな背中に顔を押し付けた。
やばい、幸せ。このまま寝たい。
ミルは俺を気遣うように控えめに尻尾を振ってくれている。うん、可愛すぎるな。
そうして俺はミルにぎゅっと抱きつき疲れを癒して、しばらくしてから気力を振り絞って立ち上がった。そして冒険者ギルドに向かってまた歩き出す。
本当ならこの依頼をやった後にもう一つ依頼をこなして、そしてお昼ご飯を食べて午後に鍛練って形がいいんだろう。でもこの後に依頼をするの辛すぎる。うん、もう少しだけ慣れたらにしようかな……
でも冒険者ギルドの食堂でご飯を食べると一人銅貨三枚、ミルと二人で銅貨六枚。宿が一泊二食付きで銀貨一枚、ミルのご飯も頼むとさらに銅貨五枚。
合計で銀貨二枚と銅貨一枚必要になる。目を逸らしていた現実だ。
俺が今稼いだお金は銅貨八枚。銀貨一枚と銅貨三枚足りない。はぁ、全然ダメじゃん!
これは休んでる場合じゃない。とりあえず鍛練もいいけどそれは夕方にしよう。そして夕方までは仕事をしよう。そうじゃないと野垂れ死ぬ! 流石にこれ以上借金をするわけにもいかないし……
Eランクの街の外に出る依頼を受ければ報酬は増えるだろうけど、今の俺の弱さで街の外に行くのはいくらミルがいて魔法が使えたとしても……ちょっと不安なのだ。魔法は試したこともほとんどないし。
それに依頼を失敗しても大変だし、依頼を受けるってことは危険な場所にいかないといけないってことだし……
うん、危険は犯さないに限るな。とにかく頑張れ俺。倒れないギリギリで頑張るんだ。
俺はこの世界の神なのに、なんでこんなに苦労してるんだよ〜。もう泣きたくなってくる。
そうして内心では弱音を吐きつつ、でもミルに心配をかけないように頑張って足を動かしていると冒険者ギルドに辿り着いた。受付で依頼達成の報告をして銅貨八枚をもらい、すぐに次の依頼を探しに向かう。
もうできる限り報酬が高いやつにしよう。とにかく報酬が大切だ。Eランクも受けられるんだしそっちも見ていこう。
そう考えて依頼を眺めていると、二つの依頼が目に入った。一つは畑仕事の手伝いを募集する依頼だ。報酬は銅貨五枚と高くないんだけど、昼食付きって書かれているのだ。これはやるしかない。俺の分の昼食しかもらえなくてもそれをミルと分ければいいだろう。
一ヶ月間の長期募集って書いてあるし、この期間が畑仕事の忙しい時期なのかな。一ヶ月なんて俺にとって最高の依頼だ。しかも時間は午後二時まで。俺は悩むことなくこの依頼に飛びついた。
そして次はEランクの方にあった依頼。計算の家庭教師ってやつだ。なんで冒険者ギルドに依頼を出してるのか知らないけど、報酬が銀貨一枚と銅貨五枚なのだ! しかも時間は午後三時から四時の一時間。これ最高だよね。俺はこちらの依頼にも悩むことなく飛びつき受付に向かった。
そして今は手続きを済ませて畑に向かって歩いている。畑は塀の外にあるみたいで、俺がこの街に入ってきた門とは逆側にある門から外に出るらしい。
『ミル、これから畑仕事と家庭教師の仕事だよ』
『はい! 良い依頼があって良かったですね』
『本当だよ』
これから毎日肉屋の荷運びをやって、それが終わったら畑仕事をして、そしてその後に家庭教師をすれば一日に銀貨二枚と銅貨八枚稼げる。さらに昼食も貰えるから、毎日銀貨一枚と銅貨三枚貯金できるってことだ。少し希望が見えてきたな。
明日からはその仕事が終わってからランニングと筋トレをやって、それから宿に帰ってお風呂入って夜ご飯食べて寝る。それを一ヶ月続けよう。その生活を一ヶ月……うん、やっぱり泣けてくる。この世界で生きていくの大変だ。
でもミルのためにも頑張らないと。ミルを飢えさせたりしない!
そう気合を入れつつ歩いていると、門に辿り着いた。この街はそこまで広くないのが逆にありがたい。
門で冒険者ギルドカードを見せて外に出る。
うわぁ〜、凄い。一面に畑が広がっている。ポツポツと家もあることから、農家の人たちは門の外に住んでるみたいだ。この辺は魔物にそこまで怖がる必要はないのかな。
『やっぱり外は気持ちいいな〜』
『はい! やはり広いところはいいですね!』
ミルは走り回りたそうにソワソワとしている。ここで大きくなることはできないけど、走り回るぐらいはいいかな。
『ミル、人がいたら怖がるから、近づかないようにして走ってきてもいいよ』
『本当ですか!?』
『うん。狭い街の中にずっといてごめんね』
『大丈夫です。でも、ありがとうございます!』
ミルは瞳を輝かせて尻尾をちぎれんばかりに振って走り出した。畑の中に通ってる道を凄い勢いで走っていき、しばらく先まで行くとまた同じ勢いで戻ってくる。それを何回か繰り返して少し満足したようだ。
『トーゴ様、楽しいですね!』
『それなら良かったよ。これからは毎日ここに来るから』
『ありがとうございます!』
ミルは凄く嬉しそうだ。やっぱりミルにも我慢させてるよな。最初の草原あたりならそこまで危険はなさそうだったし、定期的に行けるといいんだけど。でも仕事を毎日やらないと生きていけないし……
もう少しお金が貯まったら、午前中だけでもミルと散歩に行こうかな。できる限り街の近くの草原で危険がないように。
そんなことを考えつつ依頼にあった家まで歩いていくと、その家の前の畑に人がいるのがわかった。老夫婦と若夫婦、それから十歳ぐらいからもっと小さい子までの子供が三人だ。
「すみませーん! 冒険者ギルドから依頼を受けてきました!」
俺は畑に入っていいのかわからず少し遠くからそう呼びかけると、若い男性がこちらに気づいてくれた。そしてこっちに歩いてきてくれる。
「依頼を受けたトーゴです。よろしくお願いします」
「僕はイゴル、よろしくね。依頼を受けてくれてありがとう。期間は一ヶ月なんだけど問題ない?」
「はい。逆に毎日仕事があるのはありがたいです」
「それなら良かった。その子はトーゴの従魔?」
「そうです。名前はミルです。俺の言うことをちゃんと聞く良い子なので安心してください」
「分かった。じゃあよろしく」
「はい!」
そうしてイゴルさんと簡単な挨拶をして、他の皆さんのところに連れていかれる。
「皆集まってー。冒険者ギルドから助っ人に来てくれたトーゴだよ。一ヶ月一緒に仕事をすることになるからよろしくね」
「トーゴです。よろしくお願いします!」
俺が元気よく挨拶をすると、ほとんどの人はにこやかに迎え入れてくれた。しかしおじいさんだけは顰めっ面だ。
「トーゴには僕の妻の代わりに仕事をお願いしたいんだ。妻はそろそろ出産だから畑仕事は難しくてね」
イゴルさんにそう言われて奥さんを見てみると、確かに大きいお腹を抱えていた。これで仕事をするのは大変だろう。
「トーゴさんよろしくね。私はもう大変で」
「はい。精一杯代わりを努めさせていただきます」
「お主、そんな細腕で何ができるんじゃ。本当に大丈夫か?」
俺が奥さんと話をしていたら、横からおじいさんに厳しい顔でそう言われた。おじいさんにはなぜか最初から嫌われてるみたいだ……
「確かにまだ筋肉はあんまりないんですけど、精一杯頑張りますので」
「父さん! なんでそんなに機嫌悪いんだよ」
「ふんっ、前に来たやつは最悪だったじゃないか。真剣に畑と向き合わず適当に仕事をやりおって。挙句の果てに冒険者ギルドに苦情を入れたら、うちの野菜は腐ってるだの言いふらしおって!」
うわぁ……そんな人がいたのか。それはこの態度も頷けるかも。
「その人はもう冒険者ギルドカードは剥奪されたって聞いただろ。もうこの街にもいないらしいじゃないか」
「だが他にも同じようなやつがいるかもしれんじゃろうが!」
「そんなこと言ってたら誰にも頼めないだろ!」
イゴルさんとお父さんの喧嘩が始まってしまった。奥さんとお母さんは呆れてるからいつものことなのかもしれないけど、俺はどうすればいいんですか!
そうして険悪なムードが漂っている中、奥さんの後ろに隠れていた一番小さな子供がミルの所に駆け寄った。まだ五歳ぐらいかな。
「お兄ちゃん! 触ってもだいじょうぶ?」
男の子は俺を見上げてそう聞いてくる。イゴルさんはまだお父さんと喧嘩中なので、俺はその子と目線を合わせるようにしゃがんで笑いかけた。
「うん。優しく触ってあげて」
俺のその言葉を聞くと、男の子はミルの頭を優しく撫で始めた。ミルはそれに目を細めてうっとりとした表情を浮かべ、尻尾をパタパタと振る。
「きゃー! かわいいね!」
男の子はそう言ってミルに笑いかけている。確かにミルも可愛いんだけど、君がめちゃくちゃ可愛いよ!
そんな平和な様子にイゴルさんとお父さんも気が削がれたのか、喧嘩は終わったみたいだ。
「とにかく、トーゴに手伝ってもらうからな」
「ふんっ、勝手にしろ!」
なんか前途多難な感じだけど、とりあえず働けることにはなったみたいだ。前の人のせいでマイナススタートだけど認めてもらえるように真剣に頑張ろう。
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