第18話 初めての依頼

 サムエル教官と別れてすぐに、俺は依頼ボードのところに向かった。もう時間も遅いので良い依頼は残ってないだろうけど、とにかくお金を稼がないといけない。


 何か短時間でできて率の良い仕事ないかな。そんなこと難しいことを考えつつFランクの依頼が貼られているところを見る。

 うーん、常時依頼で午前中に集合のやつが多い。やっぱり午後からじゃ難しいのかな……あっ、これは午後からだ! 午後二時からだしちょうど後三十分ぐらい。これにしようかな。

 なになに……屋台の店番で報酬は銅貨五枚か。要件にお釣りを数えられることってある。相場がまだよく分かってはないんだけど、悪くはない気がする。


 俺はそう決めて依頼の紙を剥がして受付に持っていった。今の時間はリタさんじゃないみたいで別の男性が受付にいる。


「この依頼を受けたいんですけど」

「はい。冒険者カードを出してください」

「お願いします」

「ありがとうございます。トーゴさんですね。トーゴさんはこちらの冒険者ギルドで依頼を受けられたことがありますか?」

「いえ、昨日こちらで登録したところなのですが」

「そうでしたか。それならば受注記録がございますので、そちらに記録しておきます。別の街から移動して来られた方の場合、このギルドでの受注記録を作らなければならないんです」

「そうなのですね」


 そうして男性は後ろにある棚から一枚の紙を取り出して、そこに依頼の内容を書き込んでいく。

 それをしばらく待っていると男性が依頼の紙をまた返してくれた。


「お待たせいたしました。依頼達成後、こちらの紙に依頼完了のサインを出来ればもらってきてください。もしペンがない、字が書けないなどで不可能ならばなくても構いません。そしてその紙をまた受付にお持ちいただいたところで依頼達成となります。その時に報酬はお渡しいたします」

「サインは貰えなかったらいいのですか?」

「はい。字が書けない方もいますし、実際は達成してないのに虚偽の申告をしていた場合はすぐにバレますので」


 確かにそうか、相手がいることだしすぐにバレるだろう。


「分かりました。では行ってきます」


 依頼の紙には仕事場所や集合時間も書かれているので、それを見れば辿り着けるようになっている。結構ちゃんとした仕組みになってるよな。

 これが討伐依頼とか採取依頼とかだと、現物を持ってきたら依頼達成になるんだろう。


『ミル行こうか』

『はい!』


 紙に書いてあった屋台の場所は、街の入り口の門を入ってすぐの場所みたいだった。確かに最初にこの街に来た時に屋台があった気がする。


『何の屋台なのかな』

『何でしょうか。串焼きならば嬉しいですね!』

『ふふっ、それはミルが食べたいだけでしょ』

『そんなことはありません! 匂いを、匂いを楽しみたいだけです!』

『確かにいい匂いに囲まれるのはいいよなぁ。でもそれで食べられないのも結構辛いんじゃない?』


 俺がそう言うと、ミルは目の前に串焼きがあるのに食べられない場面を想像したのか、耳がしゅんと垂れ下がって尻尾も元気がなくなった。


『ははっ、ミル可愛いな。お金稼いで余裕ができたら串焼き食べようか』

『はい!』


 そうしてミルと念話をしながら歩いていると、目的の場所に辿り着いた。えっと、門から五つ目の屋台で門から見て右側だから…………あそこだ


「すみません。依頼を受けた冒険者なんですけど」

「あぁ! 来てくれたのか!」


 屋台にいたのはまだ二十代前半に見えるお兄さんだった。そしてミルご要望の串焼きの屋台だ。


「もし誰も受けてくれなかったら、せっかくの材料を無駄にしちまうところだった。本当にありがとう!」

「この後にご予定でもあるんですか?」

「実はな、聞いてくれよ。今日彼女との記念日だったの忘れてたんだよ! それで食材も仕入れちゃったし屋台も借りちゃったしで仕事してたんだけど、流石に午後にはデートしないとやばいんだ。本当に助かる!」

「それは大変ですね……」


 俺的にはすっごくどうでもいいんだけど、お兄さん的には一大事みたいだ。


「そうなんだよ。分かってくれるか! お前いいやつだな」

「まあ……。それで、何の仕事をすれば?」

「串焼きを焼いて売って欲しいんだ。全部串に刺してそこの氷が入ってる木箱に入れてあるから、ここで焼いてこの塩とスパイスをかけて売ってくれ。一本小銅貨五枚だからな」

「わかりました。仕事は午後六時までって書いてありましたけど、その時間にはお兄さんが戻ってきますか?」

「おう、必ず戻ってくる! 片付けは俺がやるから気にしないでくれ。そんなことはないと思うけど、もし途中で売るもんがなくなったら荷物の番だけ頼む。じゃあ俺行くわ!」


 お兄さんは凄く慌ただしく、ミルの存在に気づくこともなく大通りを駆けて何処かに行ってしまった。

 うん、とりあえず頑張ろうか。


『ミル、じゃあ俺は肉を焼いたりするから、ミルは屋台の前でお座りして尻尾を振ってお客さんを呼んでくれる?』

『分かりました!』


 多分めちゃくちゃお客さんが釣れると思う。今までこの街で接してきた人は皆ミルにメロメロだし、さらに街を歩いてても結構話しかけられるのだ。

 ミルはこの街のアイドルになる日も近いな。


 そんな馬鹿なことを考えつつ、俺は木箱から串に刺さった肉を取り出して焼いていく。火はちょうどいい感じになってるので上手く焼けそうだ。

 火力を足したい時は、多分この炭を足せばいいんだろう。この屋台の串焼きは炭火焼きで、すっごく美味しそうな匂いが漂ってくる。

 売る前にかけてって言われたスパイスも複雑な香りがして美味しそうだ。色々ブレンドしてるのかも。


 そうして屋台の諸々を確認しつつ肉を焼いていると、早速ミルに釣られて一人の女の子がやってきた。


「お母さん! あの子可愛い!」

「ちょっと、ダメよ! 従魔に勝手に触っちゃいけません!」


 お母さんは必死に女の子を止めようとしてるけど、女の子が優勢みたいだ。


「触っても大丈夫ですよ。優しく触ってあげてね」


 俺がそう声をかけると女の子は嬉しそうにミルのところまで駆けて行き、恐る恐るミルの背中に触れた。


「きゃ〜、ふわふわだよ! お母さんふわふわ!」

「ふふっ、ミルの毛並みは凄いでしょ」

「うん! ミルちゃんって言うの?」

「そうなんだ」

「ミルちゃん可愛いね!」


 女の子はそう言って今度は首元にモフッと抱きつく。おおっ、この子怖いもの知らずだな。お母さんはハラハラしている様子だ。

 ここで早速串焼きの宣伝。


「お母さん、串焼き一本食べていきませんか? 凄く美味しいですよ。ミルも大好きな串焼きなんだ」


 最後の言葉は女の子に向けて。すると女の子は思惑通りに立ち上がり口を開いた。


「お母さん、串焼き食べたい!」


 ふふっ、これこそミルと俺のコンビネーション技。串焼き売り。……ちょっとネーミングがダサかったかも。


「もうっ、一本だけよ」

「やった〜!」

「一本もらえるかしら?」

「はい。小銅貨五枚です!」

「小銅貨五枚ね、はい」

「ありがとうございます。もう少しお待ちください」


 俺はさっきから焼いていた肉に塩とスパイスをかけてもう少しじっくりと焼き、お母さんに手渡した。


「どうぞ」

「ありがとう」

「こちらこそありがとうございます!」

「お兄ちゃんありがとう。ミルちゃんもバイバイ!」

「バイバーイ」


 俺は女の子に手を振ってお見送りした。そしてその後にミルと視線を合わせて頷き合う。


『ミル、完璧だね』

『たくさん売れそうです!』


 それからもミルに寄ってくる人が結構いて、串焼きは順調に売れていった。そして時間が夕方近くになると外から帰ってきた冒険者が増えてきて、冒険者は可愛さというよりも白狼の従魔という存在に興味を示してくれた。そしてその上で串焼きも買ってくれたのでまたバカ売れだ。

 

『売り切った〜!』

『さすがトーゴ様です!』


 時刻は午後五時半。しっかりと時間内で売り切れた。うん、かなりの達成感。そして屋台の店主も楽しいかも。


『頑張ったね。ミルのおかげだよ。ありがとー!』

『はい!』


 俺がありがとうと言いつつミルに抱きつくと、ミルは俺の顔をぺろぺろ舐めてくれる。ふふっ、くすぐったい。


『ちょっとお腹空いたかな』

『ずっといい匂いでお腹空きました』

『冒険者ギルドに寄ったら早く帰ろうか。宿のご飯美味しいから』

『はい。とても美味しいです!』


 そうしてミルと話しつつ休憩していると、午後六時前にお兄さんが戻ってきた。


「え、え!? もしかして売り切れたの!?」

「はい。全部売り切れです」

「君、君すごいね! いつも何十本かは余るんだよ。それで僕達の夜ご飯と朝ご飯になるんだ」

「残しておいた方が良かったですか……?」

「そんなことない! 本当にありがとう! これで今日は久しぶりに串焼き以外が食べられる……」


 お兄さんはかなり感動した様子で少し涙ぐんでいる。そんなに串焼きばっかり食べてたのか。病気にならないように気をつけたほうがいいよ……?


「売上は全てここにあるので確認してください」

「分かった。ありがとう。――うん。完璧!」

「良かったです。ではこちらの紙にサインをもらえますか? もし無理ならばいいのですが」

「俺ペンとか持ってないよ。それに字も書けないし」

「それなら大丈夫です。ギルドにそう言っておきますね」

「うん。じゃあ今日は本当にありがとね! 助かったよ」

「良かったです。今度はお客として来ますね」

「待ってるよ」


 そうして俺はお兄さんと別れて、ミルと共に冒険者ギルドに戻った。ちょっと疲れたな。

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