第17話 お昼ご飯とお金

 教官と向かい合わせで席につき料理を注文する。ここの食堂のお昼はおまかせメニューしかないらしい。


「おまかせを三つ」


 教官が当たり前のように三つ頼んでくれた。ミルの分もだよな……嬉しい。


「ありがとう」

「当然だ」


 教官って最初は強面で怖いと思ってたけど、めちゃくちゃ良い人だ。


「はいよ。サムエル、それは新しい弟子か?」

「そうだ。久しぶりに有望なやつだ」

「お前がそう言うなんて珍しいな。坊主名前は?」

「トーゴだよ」

「トーゴか、頑張れよ。そっちはお前の従魔か?」

「うん! ミルって言うんだ」


 俺がそう言うと、食堂のおじさんは恐る恐るミルに近づいた。そして少し遠くにしゃがみ込んでミルの顔を正面から見つめる。


「大人しいしいい子だな。それに凛々しい顔をしてる」

「ミルは本当にいい子で可愛いんだよ。ね、ミル!」


 俺はミルが褒められるのは自分が褒められるのよりも嬉しくて、思わず顔が笑み崩れる。


「毛並みもいいな」

「もふもふでふわふわだよ」

『ミル、おじさんが触ってもいい?』

『もちろんです!』

「触ってもいいよ」

「いいのか? ……噛まれねぇか?」

「そんなことしないから大丈夫」


 食堂のおじさんはしゃがんだ姿勢のまま一歩前に進むと、恐る恐る手を伸ばしてミルの背中を触った。ミルは大人しくおすわりをしたままで尻尾をパタパタ振っている。


「……すげぇ触り心地いいな」

「でしょ!」


 それからおじさんはしばらくミルを撫で続け、数分経って満足したのか仕事に戻っていった。


「教官は食堂のおじさんと知り合いなの?」

「ああ、冒険者時代からずっとあそこで食堂やってるからな。俺は特にこの食堂の常連だったんだ」

「そうなんだ。そういえば教官はサムエルって名前なんだ。名前で呼んだほうがいい?」

「呼び方は教官のままでいい」

「はーい」


 名前を呼ばないと忘れちゃいそうなんだけどな。サムエルさん、サムエル教官。たまにはサムエル教官って呼ぼうかな。

 俺がそんなことを考えていると、教官は腰に下げていた麻袋を外して机の上に置いた。


「じゃあ料理が来るまでの間に金について教えるぞ」


 そう言って布袋からお金を次々と取り出してくれる。全部で五種類みたいだ。


「こっち側から安い金だ。これが鉄貨、次が小銅貨、銅貨、銀貨、金貨だ。さらにその上に大金貨があるんだが、それは貴族や商人しか使わないな。全て十枚で一つ上の硬貨と同価値になる」

 

 鉄貨、小銅貨、銅貨、銀貨、金貨、大金貨って順番か。意外と覚えやすくていい。それに全部十枚でっていうのもわかりやすい。


「この食堂のおまかせっていくらなの?」

「銅貨三枚だ」


 うーん、じゃあ大雑把に銅貨が百円ぐらいかな? うん、とりあえずその認識でいこう。


「教えてくれてありがと。なんとなく分かったよ」

「それなら良かった」


 そうして話していると、おまかせの昼食が運ばれてきた。


「はいよ。今日はシチューとパンだ。シチューは一回ならおかわりできるからな」

「凄い、美味しそう!!」


 湯気がたってる熱々のシチューだ。大きめの野菜も沢山入っていて食べ応えがありそう。


「俺のシチューは美味いぞ。何せ野生のフォレストカウから取った牛乳を使ってるからな」

「野性の?」


  確かフォレストカウって、牛乳が取れるように穏やかで家畜化できるように作った魔物だよな? 

 魔法は使えないように魔力は最低限にしたから弱いはずなんだけど、野生でも生きていけてるんだ。


「おう! 普通は街の外で家畜として飼ってるフォレストカウの牛乳を使うだろ? でも野生のやつの方が甘味が強くて味が濃くて美味いんだよな。だから冒険者に依頼出して取って来てもらってるんだ」

「へぇ〜拘ってるんだ」

「おうよ! おかわり欲しかったら呼べよな」


 食堂のおじさんはご機嫌で厨房に戻っていった。


「じゃあ食べるか。神に祝福を、糧に感謝を」

「神に祝福を、糧に感謝を」


 俺は食前の祈りを口にして、すぐにスプーンでシチューを一口分掬い口に入れる。


「美味っ! 何これ、本当に美味しい……」

「美味いだろ? 沢山食べないと強くなれないからどんどん食べろ」

「うん。ありがとう」

『ミル、美味しいね』

『はい! これは味が濃いですね』


 ミルも気に入ったみたいで、はぐはぐと一生懸命食べている。尻尾がゆらゆらと揺れているからかなり気に入ったみたいだ。


 それから俺はパンをシチューに浸しつつ、味わってシチューを食べた。さっき運動してお腹が空いてたのもあり、おかわりまで食べきった自分には驚いた。


「ふぅ〜、凄く美味しかったです」

「それなら良かった」

「味が濃くて美味しいっていうのがわかります。野生のフォレストカウってこの近くにいるんですか?」

「そこらの草原にも森にもどこにでもいるだろ?」

「俺の村の近くにはあんまりいなかったんです」

「そうなのか。確かにフォレストカウは弱いから、他の魔物があまりいないところにいるからな」

「そうなんですね」


 やっぱり弱いのか。住む場所を変えてなんとか生き延びてるって感じなのかな。それだともう少し強くしないと数が激減しちゃう可能性もあるだろう……うぅ、設定を微調節したい!

 でもとりあえず、人間が家畜化してるなら問題ないかな。そこでは生き残るだろう。


「野生のフォレストカウの搾乳依頼は確かEランクだったから、トーゴも武器を持てるようになったら受けてみたらいいんじゃないか?」

「Eランクなんだ。じゃあ頑張って鍛えてやってみようかな。野生のフォレストカウからどうやって搾乳するの?」

「ちょっとコツがあるんだ。フォレストカウはオレン草が大好物でな。オレン草をいくつか摘んでそれを食べさせてる間に搾乳できる」


 オレン草なんて作ったっけ……あんまり覚えてない。今度植物図鑑みたいなやつも買いたいな。


「オレン草が好きなんだ。覚えとくよ」

「ああ、一度依頼を受けてみるといい。フォレストカウは温厚で攻撃もしてこないしな」

「うん! フォレストカウって肉は食べるの?」

「いや、肉は筋張ってて美味くない。だからほとんどの場合は搾乳だけして討伐することはないな。ただあいつらはすぐに増えるから、増えすぎたらたまに間引くけどな」


 繁殖力が高いのか、それなら数は減らないのかも。もう自分でもどんな設定をしたのか忘れてきているのだ。というか、下界に降りてみてまた調節すればいいかって思っていた。


 あのアルダリティエフとかいう邪神のせいで! また思い出したら腹が立ってきた。

 はぁ〜、あいつからこの世界を取り返せるのはいつになるのか。先は長いな……


「よしっ、じゃあ俺は行く。トーゴもちゃんと仕事して金稼げよ」

「あっ、そうだった。のんびりしてる時間なかったんだ。サムエル教官、お昼ご飯ありがとうございました」


 俺はちゃんとお礼を言って頭を下げた。


「……何やってんだ?」

「え、お礼、だけど……?」

「俺は貴族じゃないぞ?」


 えっと、もしかして、この世界って貴族にしか頭下げないの?


「頭を下げるのは貴族にだけ?」

「ああ、貴族に対しては跪いて頭を下げるだろ? 貴族の使用人とかは立ったまま頭を下げてることもあるな」

「そうなんだ……」

「トーゴの村は頭下げる文化だったのか?」

「うんと……村長が、頭を下げろ! っていう人だったんだ。その癖で」

「それは……怖い村長だったんだな」


 架空の村長だけどなんかごめん。悪者にしちゃった!


「これからは無闇に頭を下げないように気をつけるよ」

「ああ、それがいいな。じゃあ俺は行くぞ。しっかり訓練しろよ」

「うん。本当にありがとう!」


 そうして俺はサムエル教官と別れた。午後は街中でできる依頼をやろう。


『ミル、午後は依頼をやるけど付き合ってくれる?』

『もちろんです!』

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